第3話
「謝ることができるか、手をついて謝ることができるか!」
兄はついに父に向って言い放った。
きっかけが何かは分からない。
兄は、父のことを思い出すと、パニックのようになってしまい、心療内科の医者からもそのことには注意するようにと言われていた。
しかし、戸籍という書類上のつながりが、兄を苦しませ続けたのかもしれない。
ただ、この言葉は、兄の心の中に残っていた最後の父への愛情だったと、私は思っている。
この時、父が謝っていれば、形だけでも謝っていれば、少しずつでも家族の関係を修復できたのかもしれない。
その機会を兄は作ってくれたのだ、父のために。
「なんだ、それが親に対する態度か!」
「俺が子どもの頃はな!」
父の言葉とともに、兄は泣き出した。
中年の男が声を上げて泣いたのである。
多分、兄の中に残っていたわずかな親への思いや、家族を取り戻したいという思いが裏切られ、もうどうにもならないと確信したのだろう。
私もその場にいたら、多分、一緒に泣いていたと思う、大声をあげて。
そのような話を後日、母から聞いた。
「刺されなかっただけ、良かったと思った方がいいよ。」
「刺されたとしても、不思議だとは思わない。」
私は親にそう告げた。
この先、そういうことが起こるかもしれないと思いながらも、止める気など全く起きなかった。
そうするしかないのならば、それでいい。
「親子だからと言って、いつまでもかかわり続ける必要はない。」
「もうお互いにかかわらず、それぞれの道を歩んでいけばいい。」
このとき、私はそう決心した。
もう、父とかかわることはないだろう、そして、兄とも妹とも。
兄や妹とかかわれば、どうしても「父」という共通の重荷を意識してしまう。
父にかかわらない、父のことを考えないということは、兄や妹ともかかわらないということを意味していた。
兄妹3人みな同じ思いのうえでの悲しい決断だつた。
ここに、私たち家族は解散したのである。
もう会うこともないだろう。
たとえ誰かが死んだとしても、「ああ、亡くなってしまったのか。」という言葉が出るだけなのかもしれない、いや、死んだことすら気付かないのかもしれない。
しかし、それでもいいと、私は思っている。
私は結局、家族を知らずに育ってしまったが、自分だけの幸せな家族を手に入れることを考えていけばいいのだ。
何かが起こるよりは、それでいいのだ。
いや、何かが起こったとしても、それは仕方のないことと考えよう。
仕方のないことなのだ。
そう思いながら、毎日、欠かさずに新聞を読む。
そして、私は天涯孤独となり、この小説を書いた。
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