【短編】呪われ魔女と残念騎士 ~私を悪役令嬢として断罪されるおつもりかもしれませんけど、あなたの方こそ呪われちゃっていますわよ?~
「ひどいですわ。私とレオン様の仲を引き裂くなんて!」
良家のご令嬢とは思えぬ形相で、罵声を浴びせてくるこの方は……だれでしたっけ?
私、アリス・クロウは自分の屋敷の前でその女性と睨み合っていた。自分の記憶を辿っていると、思い当たる人物が一人。
「ああ、ローズベリー家のお嬢様でいらっしゃいますか。あの、大変失礼ですが、確かにお相手の方からご相談を受けましたが、私は何もしていませんよ」
「よくもっ!そのような嘘が吐けますわね。この、魔女!!」
(信じる気もなさそうね)
「ご自分を客観的にご覧になってください。……ご自身に破談されるような原因があることがおわかりになるのではありませんか」
私の最大限のドスの利いた声でお答えすると、その女性は悪態をつきながら豪華な馬車で去っていった。
まったく、ひどい濡れ衣ですわ。
クロウ家は、黒魔術で国を支えてきた由緒正しい一族。漏れなく私もその術を受け継いでいるのだけれど、世間には私が呪術で色恋沙汰のトラブルを起こしていると誤解されているよう。この愛想のない暗い性格も災いして、陰では『黒百合の魔女』などと呼ばれているらしいですわ。
「ぎゃーー!!」
今度は家の中から叫び声。まったく、今日は騒がしい一日ですわね。
「あら、フェリクス様」
邸内に入ると、見知った人物が床に転がっている。
「やあ、アリス。ちょっとびっくりしてしまって、ははっ」
「これですか?最近始末を依頼された『呪いの人形』アンナベルちゃん」
「なんで触れるの!こわいこわいこっち持ってこないでっ」
このやたら騒がしい方はフェリクス・ニフリート様。私の婚約者ということになりますわね。フェリクス様は騎士の家系で、私などとはご縁のない方でしたが、何故か婚約話が舞い込み、成立してしまったお相手。まあ、クロウ家の国政への影響などを考えると、繋がりを持つのも悪い話ではないでしょうから。
フェリクス様は少しリアクションがオーバーすぎる点に目を瞑れば、見た目も人当たりも良い方なので、これまでもたくさんの婚約話が持ち上がっていたとのこと。ご本人はこの婚約に決して乗り気でないでしょうに、こちらへ足繁く通ってこられる。お可哀想に。真面目な性格ですのね。
「ところで、なぜ私の出かけている間に先にお屋敷にいらっしゃるのです?」
「……今日約束していたと思ったけど」
(ああ、さっきの騒ぎですっかり忘れていましたわ)
「その顔、絶対忘れてたよね。今日は、お願いがあって来たんだ。今度パーティーがあって、一緒に」
「お断りしますわ」
……
「あの、さ、もう少し考える素振りをしてくれてもいいんじゃないかな?」
「お言葉ですが、私のような者を連れていくメリットはないでしょう?ただでさえ下がってしまったフェリクス様の評判もさらにどん底まっしぐらですよ?」
「嫌だ。絶対一緒に行く」
「……あほの子ですか?」
「今日はどんな罵倒も甘んじて受け入れる!一緒に行ってもらうのは決定事項だ!」
いつになく粘ってくるフェリクス様の話をよくよく聞くと、王族の方主催のパーティーで、女性を同伴させることが決まりとなっているらしい。
「まあ、会場の皆さんの観察も楽しいですし、厄災が降りかかる人当てゲームでもしていましょうかね……良いですよ」
ついに私は折れた。
「ありがとう、アリス。ちゃんとエスコートするから」
なんだかとても嬉しそうなお顔をされていますわ。
その時、フェリクス様の手が自然と伸びてきて、私の髪を撫でる。
「ぎゃあああああ」
「あ、すみません、ちょっといろいろあって、他人に触れられると黒魔術が発動するようにしていました」
「ほんっと頼むからやめて」
空から降りかかったミミズを必死に払いのけながら、フェリクス様は帰って行った。
◇ ◇ ◇
あっという間にパーティーの日。お城へ行くのは久しぶりですわね。
「アリス!今日はありがとう。とても……きれいだ」
黒いドレスは普段とそう変わらないと思うのだけど、フェリクス様は会うなり褒めて下さる。
「あの、そう言っていただけるのはありがたいですが、世間の皆様との評価の乖離が激しすぎると思いますわ」
気を遣うのも、大変ですわね。
「今日は……触れても大丈夫なの?」
「ええ、そうですね。魔術はかけていませんので」
フェリクス様が私の手を取り、馬車へ引き入れて下さった。
私という招かれざる客に、会場の皆さんはとても驚いている様子。こそこそと何か言われていますわね。確かに、このような社交の場に私がいることなど、非常に珍しいですから。
どう見ても避けられているのに、私を連れて皆へ挨拶して回るフェリクス様は鉄の心臓をお持ちなのかしら。
「少し、休憩してもよろしいですか?フェリクス様は皆様と楽しんでいらしてください」
人混みに酔った私は、テラスで一人、ほっと一息つく。
やっぱり、あまり無理して来て楽しい場所ではないですわね。この後ダンスもあるとか……考えただけで気が重いですわ。
「アリス様、少しよろしいですか?」
「……はい。なんでしょう?」
気付くと私の前に気の強そうなご令嬢が立っている。2・3人の取り巻きの方々も後ろに控えている。私が話しかけられるのは今日初めてのこと。ずいぶんと勇気のある方ですわね。
「私、クリスティアナですわ。覚えておいでですわよね?皆様にも聞いてほしいお話がありますので、一度部屋へ戻りません?」
誰でしたっけ、このお方。というか、これ……どう考えても嫌な予感しかしないですわね。
「あなたがフェリクス様を怪しげな術でたぶらかしているのはわかっていますのよ」
「……」
「何かおっしゃったらどうです?」
ありがちなシチュ来たー!!私は会場の皆様に見つめられながら、クリスティアナ様たちに囲まれていた。
「私がそのような魔法を使うわけがありませんわ」
「全く、信じられませんわね」
そこへ、フェリクス様が騒ぎを聞きつけてやって来る。
「いや、アリスの言うことは本当だ。クロウ家の人間は人の心を操る魔法は絶対に使わない」
「あら、フェリクス様、よくお知りになっていますわね」
「アリス……ちょっと呑気過ぎない?」
何代か前の王の治世に、黒魔術で王の心を操ろうとして処刑された貴族の者がいたとか。呪いに関わった魔術一族は没落し、我がクロウ家もそれを教訓とし、禁忌として伝え続けている。それを知っているフェリクス様にちょっと驚きなのですけど。
「ふんっ、証拠もありますわよ。アメリア、例の者を!」
取り巻きの中から一歩前に出てきたのは、先日勝手に怒って帰っていったご令嬢。
「皆様、これをご覧ください。アリス様が人の心を操るために使った宝石ですわ」
会場からどよめきが起きる。
「コイヌーラの宝石!どこでそれを?」
呪いの宝石!……これは、厄介ですわね。
取り巻きの皆さん含め、クリスティアナ様の周りに黒い霧が立ち込め始める。
「な、何なのこれは!!」
「ちょっと、話が違いましてよ!」
「アリス、なんかものすごい負のオーラが出てるけど、いいの?あれ」
「フェリクス様……いつの間にか、ものっすごい遠くに退避しておりますわね」
霧の中からこの世のものではない黒い影が現れ、ご令嬢たちを取り囲んでいる。
私は10メートルほど後ろのテーブルに隠れているフェリクス様に向かって話す。
「よろしいのではありません?自分で蒔いた種ですし、私を貶めようとした方々を助ける義理はありませんよね」
「お願い助けてっ!!」
「私が……用意したんです。ごめんなさい!」
泣き叫ぶご令嬢方をしばらく見つめる私。見ていた皆も我先にと逃げ出し、会場は騒然としている。
……そろそろ、いい頃合いですかね。
私は呪いの宝石に走り寄った。そして鎮めの呪文を唱える。すると、怪しい霧はどんどん立ち消えていった。
「己の身に余る力を使うことはできません。これに懲りたら二度とこのような愚かな行為はしないよーにっ!」
泣き崩れるご令嬢の皆様。まあ、自業自得ですわね。
「見たか、今の、魔法じゃないか」
「恐ろしい……」
落ち着いてくると、今度は会場の皆の目が私に向く。……まあ、そうなりますわよね。
その時、フェリクス様が私の前にやってきた。(やっと、怖くなくなったみたいですわね)
「皆、聞いてほしい。この騒ぎは、クリスティアナ嬢達が起こしたものだ。アリスのお陰で、この場を収めることができた。そのことをしっかり理解してほしい」
室内は静まり返っている。
「アリスは今までも謂れなき噂をされても、文句ひとつ言わずに我慢してきた。そして今回も、彼女たちを助けるために危険に立ち向かった。……私は、彼女を妻とできることを誇りに思います」
フェリクス様はにっこりと微笑み、私の手をとった。
騒ぎになったパーティーは、そのままお開きとなった。呪いの宝石は王宮保管庫から勝手に持ち出された物とのこと。クリスティアナ様たちがどのようにして手に入れたかはわかりませんが、罪に問われることになるでしょう。まあ、ここからは私の管轄外ですわね。
フェリクス様に屋敷の前まで送ってもらい、別れの挨拶を交わす。
「フェリクス様、今日は私を庇っていただきありがとうございました」
「いや、俺は何もできなかったよ……」
「これに懲りたら、私とあまり関わらないほうがよろしいと思いますよ?」
「……アリス、もしかして俺がアリスに気を遣って嫌々付き合ってると思ってる?」
「ええと、違います??」
ふっとため息をついたフェリクス様が話し始める。
「……3年前、ここにアリスを訪ねて来たことがあるんだ」
(そんなこと、ありましたっけ?)
「その時さっきのあの子……クリスティアナから求婚されていたのだけど……クロウ家の魔術に頼っているという噂を聞いて、文句を言おうと思って来たんだ」
「けっこうよくある話なので、まあ、そういうことがあったといえばあったのでしょう」
「そしたら、クリスティアナとアリスが話している現場に出くわしたんだ。アリスは『人の気持ちを動かしたいなら、魔法などに頼らず自分でぶつかりなさい』と言ってた。それで……」
「それで……?」
「アリスってすごい人なんだな……かっこいいな、と思った」
「そこでその感想に至るのは、フェリクス様くらいですわね」
「それからはクロウ家のことすごく勉強したし、アリスに会えそうな場所にはよく通ったよ。ほとんど公の場に現れないから数度しか会えなかったけど。婚約を受けてくれたときは……すごく嬉しかった」
「ストーカーですか」
「何も言い返せない!……でも、これが俺の正直な気持ちだよ。アリスは……俺が婚約者じゃ嫌、かな……?」
「まあ、……」
(こんな気持ちになるのも、悪くはない……かもしれませんわね)
「あっ、アリスが笑った!うっわマジでレア!もう一度見せて!!」
その後、時間も忘れて私たちは他愛もない会話をした。
「ところでアリス、肩に乗ってる黒猫、いつから連れてた?」
「まあ、フェリクス様にもついにお見えになったんですね」
「……えっ?いやっ、ちょっ……怖い系はほんとにやめてぇ!!!」
私とフェリクス様の未来は、きっと楽しいものになる。……今はそんな気がしていますわ。
お読みくださり、ありがとうございました!
【続編】呪われ魔女と残念騎士~魔女は幸せを願う~(2024/10/13投稿)
にて、二人の別エピソードも書きましたので、ぜひごらんください。