9話 ギルドが騒がしいようです
任意発動スキル、暴走特急。
基礎攻撃力×800%による超強力な突進攻撃
バ、ボ、キン、と派手な音を立てて、目の前の樹が折れて倒れる。
それと同時、もともとは鍋のフタだったらしい円盤状の木片が、割れ裂けてばらばらになっていた。
鍋の蓋はスキル検証のために事前に持っておいたものだ。
ワイルドボアの突進があのありさまだったから、予想していたことなのだけれど、どうやらそれは当たっていたらしい。
突進によって加速衝突した物理ダメージは、全部自分にふりかかってくるようだ。
幸いにも、フェンリルの毛皮の防御効果によって、俺自身が怪我を負うようなことはない。
けれども、目の前で砕けた鍋の蓋のように、装備品や持ち物はそのかぎりではないみたいだ。
スキル発動後、なにかに衝突するまでは、まっすぐにしか進めないというのも注意が必要だろうか。
ひととおりの検証を終えてタロの方を見る。
タロは暇を持て余してか、アゴまで地面につけて寝そべりながら、耳だけをぴくぴくさせてこちらの様子をうかがっていた。
その姿を見て、俺はひとつ、いたずらを思いついた。ちょうどタロの頭のあたりに、そこそこの大きさの岩がある。
あそこに向けて暴走特急で突撃してやれば、タロはびっくりして飛び起きるはずだ。
俺はタロに気取られないよう、じりじりとタロの方を向く。
すこし強くなってきた風に毛並みを揺らして、タロはかわらず寝そべっている。
暴走特急、発動!
ぶわっ、と視界がゆがんで加速する。
ぶもふっ
つぎの瞬間、俺はもふもふのなかにいた。
なんだ?とおもう間もなく、全身が柔らかく包み込まれてもふもふする。
俺はもふもふにおぼれそうになる。
「ぶはっ」
どうにか顔をあげたそのさらに上。
タロがきらきらとした目で俺の方を見下ろしている。
俺が突っ込んだのはタロの胸とおなかの間あたり。
どうやらタロはこちらの動きを察知して、高速移動して俺の突進を受け止めたようだ。
わふわふ
ドッキリをしかけられたと知ってか知らずか。どちらにしてもタロは俺に構われたのがうれしくてたまらないように、しっぽを高速でぱたぱたさせている。
そんなことをされれば、俺ももうこう言わずにはいられない。
「よし、今日はもう、おもいきり遊ぼうか」
タロがますますうれしそうに、一目散にじゃれついてきた。
―――――――
使い切ってしまった救急パックと、それから口寄せの札ももう少し多めに買っておきたい。
タロと久々に、くたくたになるまで遊んだ後、俺はふたたびタイレムのギルドへと戻ってきていた。
木製の扉をゆっくりと開けていくと、途中で中からの喧噪があふれ出る。
受付で騒がしい冒険者に対応しているのは、見知った受付嬢ではなかった。
彼女よりもだいぶ年かさの男は、なにやら渋い顔をみせている。
あたりを見回すと、少し離れて、受付嬢が様子をうかがっているのが見えた。
「どうしたの?」
「ああ、ロッカさん」
受付嬢は俺をみとめ、笑顔を見せた。
「それがですね、うちの管轄のダンジョンで、ドラゴンが出たらしいんですよ」
「ドラゴン?」
ドラゴンのことについては、俺が語るまでもないだろう。
強力なモンスターの代表格。テイマー初心者の手引きの表紙も、なにを隠そうドラゴンである。
ドラゴン属は種類も多く、その強さも様々だ。そこから一番弱い種を抜き出しても、B級の冒険者パーティーがかろうじて相手取れるほどの強さだという。
最上級の、それこそ古竜ともなれば、人語さえ自在に操り、山一つを消し飛ばすことすら可能な伝説級の存在である。
ドラゴンスレイヤー、という称号が特別に存在するほどだ。
冒険者にとって、ドラゴンとの対決は、あこがれのひとつといってもいいだろう。
テイマーの俺にとっても、いつかはテイムしてみたい対手ではある。
ドラゴンテイマー、という称号はまだないようだけれど、テイムに成功したら申請してみたいものだ。
「わたしたちが管理しているダンジョンは、このあたりにもいくつかあるんですけど」
受付嬢は説明を続ける。
「この街から一番近いところ。難易度でいうと初級者向けのダンジョンですね。そこにドラゴンが出たっていうんです」
「ドラゴンが出るのに初級者向けなの?」
「もちろん、そんなことはないです。記録にあるかぎり、百年以上。ドラゴンだけじゃなくて、初級者向け以上のモンスターが出たことはないはずなんですけれど・・・・・・」
受付嬢は小首をかしげた。
どうやら、よほどイレギュラーな事態らしい。
「それで、どうするの?」
「そうですね。もしオーウェンさんがいれば討伐をお願いするところだったんですけど・・・・・・」
確かに、S級冒険者のオーウェンであれば、ドラゴン相手でも不足はないだろう。
「オーウェンさん、辺境に用事ができたらしくて、馬に乗ってでちゃったんです」
聞けば、オーウェンはこの街でも一番の駿馬に乗って出たらしく、追いつくのは簡単なことではないらしい。
「だから討伐対を結成することになるでしょうね」
「それは、どのくらいかかるの?」
「そうですねえ」
受付嬢は少し考えるふうにした。
「いま受付にいる、逃げ帰って・・・・・・いえいえ、無事にご帰還いただいたあの人たちなんですけど、みなさんC級ランクの冒険者さんたちなんですよね」
C級といえば、冒険者としては中級者以上だろう。初級ダンジョンにはふさわしくないようには思える。
「最深部でボス狩りを専門にやっていたみたいなんですけど・・・・・・あの人たちがかなわなかった相手ですから、こちらもそれなりに準備を整えないといけないんです。ですから」
討伐隊が結成されるには、最低でも三、四日。場合によっては一週間以上がかかるようだ。
「それ、俺も参加することはできないかな?」
「ロッカさんが、ですか?うーん。」
受付嬢はそう言ってから、両の手をぱんとあわせる。
「そうですね。ロッカさんにはタロさんもいますし、特別に、わたしが推薦してあげてもいいですよ」
彼女は薄い胸を精一杯張ってみせた。
「そのときは、お願いします」
いいながら、俺はあらためて受付の方をうかがった。
「それで、あなた方はたしか5人のパーティーでしたな。」
年かさの男、受付嬢によれば このギルドのサブマスターなのだという。は手元の資料をみながら聞いている。
聞かれたほうの人数は三。二人欠けているのがわかるからこその質問だろうか。
三人は顔を見合わせてから、ひとりがかみつくように声を上げた。
「一人がドラゴンにやられちまって、大怪我をしてさ。それでもう一人がそいつを守るって残ったんだよ」
「それでは、あなたがたはその二人をおきざりにした、と?」
サブマスターの顔はますます険しくなる。
「俺たちだって必死だったんだ。なんたってドラゴンあいてだぜ。わかるだろ」
「それに、残った一人は元B級冒険者だ。俺たちよりずっと格上だから・・・・・・だからきっと大丈夫だよ」
「そうだ。そこに書いてあるだろ。最近売り出し中の、あの勇者アドルフのパーティーにいたって」
後ろ暗さを隠すためか、必要以上にがなりたてる彼らに押されるように、サブマスターは資料に顔を落とした。
「リンネ・クロスヘイムさん。職業は、ヒーラー、ですか」