6話 テイマーとして冒険をはじめます
「では、参ろうか」
オーウェンはそういうと、大剣を両手で脇に構えた。
抜き身になった刀身がぬらりとひかり、その大剣が秘めた威力を俺に教える。
オーウェンが抜刀して対峙している相手、それは誰あろう、俺だった。
「オーウェンさん、ちょっとま……」
「ぬ、ん」
俺の言葉はオーウェンをとめることはできなかった。
大きく半円の軌跡を描く横凪ぎは、鋭く正確に、俺に向かって迫りくる。
周囲の空間ごと巻き込む面の一撃を、俺はとうていかわしきれない。
が、いんっ!
鈍い音をたて、冷たい刃が俺の脇腹あたりにめり込んでいく……
―――――――
「なるほど、凄いもんじゃのう」
しりもちをついた俺を助け起こしながら、オーウェンは感心したようにそう言った。
「もう、酷いじゃないですか、オーウェンさん」
「すまん、すまん。まあ、充分手加減はしたつもりじゃ。許せ」
「それにしたって……」
俺が習得しているスキル、『フェンリルの毛皮』の効果を試してみたいと言ったのはオーウェンである。
テイマーのギルドカードを手に入れて、いい気分になっていた俺は、ほいほいとその提案にのってしまった。
結果、俺はギルド最高位剣士の振るう剣を、その身にうけるハメになったのだ。
オーウェンの剣は強烈で、俺を2メートルばかり浮き上がらせて吹き飛ばしたが、当の俺は無傷である。
オーウェンの言うとおり、手加減されていた、というのもあるのだろうが、それにしても『フェンリルの毛皮』の効果あってのことである。
いつのまにか近寄って、すんすんと鼻先で様子を探るようにするタロの頭を、俺は思いきりなでてやった。
「この堅さ、ちょっとした城壁並かのう。どうじゃ、次は本気で打ち込ませてもらえんか?」
「お断りします」
興味深そうにそういうオーウェンだったが、俺は即座に断った。
「しかし、妙な話ではある。ロッカ君はテイマーじゃったの」
「そうです、ね」
名残惜しそうに、大剣を鞘に収めながら、オーウェンは言う。
「たしかにテイマーはメジャーな職業ではないから、儂もなにからなにまで知っておる、というわけではないのじゃが・・・・・・」
オーウェンは俺の体を頭から足先までさらりと見やる。
「テイマーが使役する動物やモンスターによってスキルを習得する、なんて話ははじめて聞く話じゃ」
「そうなんですか?」
俺にとっても、それは意外な話だった。事実、テイマーのギルドカードといっしょにもらった、冒険者ギルド発行の『初心者テイマーの手引き』にも書いてある。
『テイマーは、テイムした相手によって、ステータスに恩恵をうけることができます』
「それはたしかにそうなんじゃが・・・・・・」
俺がその内容を告げると、オーウェンはあごひげを掻きながら、困ったような顔をする。
「恩恵を受けられるのは、そこに書いてある通り、普通はステータスのほうに、なんじゃよ。スキルの習得、なんて話はやっぱり聞いたことはないのう。もっとも・・・・・・」
オーウェンは視線をタロの方へ向けた。
「ロッカ君が連れているのは、ほかならぬフェンリルのタロ君じゃからのう。例外があってもおかしくはないのじゃが」
彼はぽつりとそういった。
―――――――
「それでは、こちら魔石の引き受け金になります」
受付嬢が差し出した貨幣袋は、見た目にもずしりとしている。告げられた金額も、予想よりはるかに多いものだった。
「それではロッカ君。あとの処理は儂が責任をもってやっておこう。あの馬鹿者へのおしおきもふくめて、の」
タロの閃光弾で腰を抜かした試験官のゲインは、受付嬢によってどこかへ引きずられていったまま、それきり姿を見せていない。
俺としてはタロが破壊した試験人形のその後も気になるところではあったが、そのあたりもオーウェンがうまくやってくれるようだ。
「オーウェンさん、いろいろお世話になりました」
「なあに、若い冒険者の手助けをするのは、儂のようなじじいのたしなみというものじゃ」
言うと、老剣士は豪快に笑う。
「お互い、冒険者を続けていたら、また会うこともあるじゃろ。そのときはよろしく、な」
「はい。そのときは是非、俺のほうに手助けをさせてください」
「うむ。期待しとるよ」
今度はオーウェンから差し出された手を、俺は握った。
「それではロッカさん。よい冒険者ライフを」
手を振る受付嬢にも見送られて、俺は冒険者ギルドを後にした。
―――――――
「スキルの習得か。タロはどう思う?」
街を出て、山のふもとにある草原に立つと、俺はタロに聞いてみた。
タロは頭を下げ、お辞儀をするようなしぐさで俺の足をちょんとつつく。
そんなことはいいから遊ぼうよ。
そんな仕草をするタロに、俺は苦笑いする。
「ほら、タロ、いってこい」
言って遠くを指し示すと、タロは嬉しそうに駆けだした。
俺はギルドで手に入れておいた、テイマー基本セットの包みを取り出して、べりばりと封を開ける。
中には小分けされた各種エサ袋と、10枚ほどのお札がきれいに収まっている。
エサについては市販されているものに少し手を加えたもの、といったところらしいが、お札の方は特殊な魔力が込められている特製のものだという。
『口寄せの札』
と呼ばれるテイマー職専用のアイテムだ。
安い値段ではなかったが、魔石はそれを補ってあまるほどに高く売れていた。
まさにタロ様々だ。
俺はとりあえず口寄せの札を懐にしまい、エサの中から小動物用のそれを手に取った。
このあたりにいる動物、といえば野兎あたりだろうか。
それをぱらぱらとあたりに撒いて少し待つと、はたしてぴょこ、と兎の耳が草の間からのぞいて見えた。
「凄いもんだな」
俺はひとりごちる。
今回は買い求めたエサだけれど、一流のテイマーは自分で獲物が好むエサを自作するのだと『初心者テイマーの心得』に書いてあった。
そのうち試してみるのもいいかもしれない。
俺は息を殺していたが、兎はこちらの様子には気づいているように見える。
それでもエサがよほど魅力的なのか、兎は逃げ出そうとせず、ぴょこぴょことせわしなく耳が動いているのだった。
俺は兎の警戒を解くようにゆっくりと後ずさる。
兎もそれに合わせてゆっくりと前進してきた。
そうして、兎は用意された餌に向け、飛びついてむしゃぶりつく。
俺はしばらくそれを眺める。
ひとつの餌を食べ終えた兎はもう夢中になって、次の餌へとかぶりついている。
「今、だ!」
俺はがばと跳ね起きて、兎に向かって駆け寄った。
相手の動きをとめる、というのがテイマーの基本スキル『テイム』を使用するための、大前提である。
俺はそのために、兎を捕まえようと一直線に兎を目指す。
餌に集中しきっている兎を捕まえるのは、簡単なことに思えた。
が、
俺が兎に手を伸ばした瞬間、その耳がびくりと動いた。
ぴょん、とはねた後ろ脚が、俺の指先をかすめて去っていく。
「しまった」
ぎりぎりのところで、兎の野生が餌の誘惑に勝ったようだ。
兎は、残念だったな、というように俺の方を見る。
「くっそー」
しょうがない、もう一度やり直しだ。
そう思ったその時、兎の後ろに、黒い影がゆらりと舞い降りる。
「うぉふ」
ひと鳴きしたタロの方を、見る隙もなく。
首根っこを咥えられた兎は、俺の前に差し出された。