58話 俺にファンができました
「ありがとう、ございます。ロッカ先輩」
【暴走特急】で尽き崩れた連携につけ込んで、後方から襲ってきた黒ずくめを一層する。
しんがりをつとめていた冒険者の一人は、俺に向かってそういった。
彼のことをよくよく見れば、今の戦闘で負ったのだろう小傷をそこかしこにこさえている。
さきほどは互角に打ち合っていたようにみえていたけれど、どうやらぎりぎりでもちこたえていたようだ。
俺よりもさらに若く、まだ装備もぴかぴかな彼は荒れた息を整えている。
隊列の先頭のほうで、歓声があがるのが聞こえた。
あちらのほうも、襲撃者の撃退に成功したのだとわかった。
俺は安心して一息ついた。
と、
声をかけてきた冒険者のうしろから、彼のパーティーメンバーらしき魔法使いが、彼をつつきながらなにごとかささやいている。
それから、彼の背中を押して、俺の方へと突きだそうとしているみたいだ。
彼は嫌がるようなそぶりをみせ、その場にとどまろうと抵抗していた。
「ん?どうしたの?」
そう聞いても、いやいやするように顔を左右にふるばかりだ。こころなしか頬が赤いように見える。
いいかげん焦れったくなったのか、彼の後ろからパーティーメンバーが顔を出して、続けて口をも出した。
「こいつ、ロッカさんの大ファンなんですよ」
「え、なんて?」
ファン、という言葉を、俺はもちろん知っている。けれどもそれが、どうにも次の言葉と結びつかなかった。
「そうなんです。俺、まだ駆け出しの冒険者なんですけど、ロッカさんに憧れていて・・・・・・」
仲間に先をこされて覚悟したのか、彼も続けてそういった。
「やるじゃない、ロッカ」
あとから駆けつけてきたリンネが、俺の背中をつんつんつつく。
「いやあ、そんな、憧れるほどのことなんて」
「お噂は、かねがね聞かせてもらっています!ドラゴンをテイムして乗りこなしているだとか、毒の沼に飛び込んで、沈んでいたひとをひとりで引き上げただとか凄すぎです」
なんだろう、この微妙な脚色は。
どうせ盛るならもうちょっと、こう・・・・・・
「それ、誰に聞いたの?」
「受付嬢さんです」
まあ、きっと悪気はないんだろうな。
「そんなことよりさ、」
彼が後ろから、もう一度つつかれた。
それからしばらく抵抗のようすをみせて、それから観念したように、右手を突き出す。
「ロッカ先輩、握手してください」
「……いいけど、ほんとうに?」
「おねがいします」
俺がその手を取るまでに、もう少し時間が必要だった。
―――――――――
襲撃者の存在は俺たちの速度を確実に遅くした。
それからしばらくの間、警戒を強くした俺たちだったが、その後は襲撃もなく肩すかしを味わっている。
「シメオンの一派、戦力がこころもとないっていうの、ほんとうなのかも」
リンネがそういうのに、俺も小さくうなずいた。
「このまま、なにごともなくシメオンまでたどりつければいいんだけどね」
あいかわらずモンスターや、洞窟に住み着く動物すら現われないので、道中は平穏そのものだ。
ともすれば、緊張感を崩しそうになる状況ではあるのだ。けれども今の俺は、そんな余裕をもてないでいる。
それにしてもタロである
どこか飽きっぽいところがあって、こういった時にはすぐに集中力をきらしがちがタロなのに、今日はいまでもすらりと立って、ほとんど吠え声もあげずにすたすたと進んでいる。
その姿は、どうしても俺にその先にあるものを思い起こさせた。
邪神ガルム
今は俺も、その存在を疑ってはいない。
シメオンにアドルフ。ガルム。それからエヴァンジェリンも、か。
敵の強大さには身震いがするほどだ。
それに、今回はリーダーとしてたくさんのメンバーを率いる立場だ。
「緊張を崩しているばあいじゃないよなぁ」
おれはぽつりと口に出した。
ぽす、
とモフモフが俺の顔をつつんだ。
唐突に立ち止まったタロが、薄暗い中に光る目でおれのほうを見下ろしている。
「タロ、どうかしたの」
すい、とタロの顔が俺のそれへと近づいた。
生暖かい感触が頬に触れる。
ぺろり、と頬を嘗めあげて、タロはなにも言わずに歩みを再開していた。
「そんなに、気負わなくてもいいのよ。って、タロちゃんもいっているんじゃない?」
リンネが後ろから小さな声で言う。
「私も含めて、ロッカよりベテランの冒険者が多いんだから、任せちゃえばいいのよ」
俺はタロに嘗められた頬に触れて、ほう、と息をつく。
「そう、かもしれないけど、それでいいのかな?」
「いいんじゃない?少なくとも皆、そのくらいの覚悟はもっているわよ」
「わたしはそうでもないので、きちんと守ってほしいです」
リンネと並んで歩くシャロは、そう言ってからもうひとつ続けた。
「まあ、わたしも余裕があれば、ロッカさんの背中くらいはまかされてあげますよ。もちつもたれつってやつです」
「ありがとう、タロ。それからリンネも、シャロも」
皆のおかげで、今残っているのは心地よい緊張感だ。
俺は顔を上げて、タロに続いて下層への階段をくだっていった。




