5話 再試験を受けることになりました
「なっ」
絶句する俺にゲインがにやにやと笑いながら言う。
「いやあ、残念残念。ですがこれもルールです。次の試験はひと月後です。お疲れ様でした」
「いや、なにかの間違いじゃないんですか?いくらなんでもあれで70点を切るなんてことは・・・・・・」
自信があったのももちろんだが、なにより初級者向けの試験である。
よほど適性がないでもなければうかるのが普通だから、この結果には納得がいかなかった。
「ふん、勇者の七光りが。まえからきにくわなかったんだよ」
低いトーンで、ゲインがぽつりといった。
聞き間違えだろうか。けれども俺が聞き返す隙もなく、ゲインは続ける
「とにかく、試験結果は覆りません。お気の毒ですがまた次回お越しください」
ギルドカードがなければ、冒険者としての行動は大幅に制限されてしまう。
一か月もの間、そのような状態に置かれるのは願い下げだ。
「たのむよ、なんとか……」
「七光り野郎が、おればかりがこんな田舎町に左遷されて……おまえも道連れにしてやるよ」
もう一度、ゲインが低い声でそう言った。
どうやら先ほどの言葉も聞き間違えではなかったらしい。
ゲインは追いすがるおれを振り払うようにすると、ぱんぱんと点数板をたたいてから踵をかえそうとした。
「ふうむ、おかしいのう」
後ろから、そう声がした。
―――――――
鎧の的の部分を、コンコンと指の関節で叩きながら、いつの間にか初老の男がそこにいた。
「オーウェン、さん?」
俺が呼びかけると、オーウェンは片手を挙げてそれにこたえる。
それから彼はゲインの方へ向き直った。
「ロッカ君は儂から見てもいっぱしの冒険者として不足はなかった。それが初級試験に不合格とは、の」
「誰ですか?あなたは。部外者が試験場に勝手に立ち入らないでいただきたい」
ゲインは不機嫌さを隠さずに、そう言った。
「まったくの部外者、というわけでもないんじゃがの」
ばたん、と音を立てて、広場入り口の扉が開くと、中から先ほどの受付嬢が顔を出す。
「ああ、こんなところにいたんですか、オーウェンさん」
受付嬢は広場へ歩み入ると、ゲインへ言う。
「ご存じかもしれませんけど、この方がかのギルド最高位剣士、S級冒険者のバルド・オーウェンさんなんですよ!!」
俺が今試験を受けている冒険者ランク、F級を底辺として、Sは最上位の等級だ。
一般の冒険者が一生を冒険に捧げ、一流と呼ばれるようになってはじめて、B級に認定されるそうである。
その上のA級ともなれば、なにか大きな功績を残した冒険者でなければ認定されないと聞くし、さらに上、S級のことについては、そもそもどうやってなるのかを考えたことすらなかった。
ただの冒険者でないことは感じていたが、まさかS級の冒険者だったなんて。
おれは改めて、今度は尊敬の思いを抱きながらオーウェンを見る。
彼はむずがゆそうに、顎髭を軽くなでた。
「ま、そういうことじゃ。それで、どうなのかなゲイン君。試験におかしなところはなかったのかのう」
ゲインは一瞬言葉に詰まる。
「S級。ギルド最高位剣士、ですか」
それから大きく咳払いしてつづけた
「だからなんだというのか。この試験は試験官の領域です。たとえS級だろうと、こちらの領域に立ち入らないでもらいたいですな」
むきにでもなっているのか、ゲインは引き下がらなかった。
「ま、それもそうじゃの」
オーウェンの方はそれをうけてそう言った。
頼むよ、オーウェンさん。俺は心の中で突っ込みながらオーウェンを見る。
彼は俺にだけわかるようにニッと笑って、ゲインに続けた。
「ひとつ、言わせてもらえるかのう。そもそもが、じゃ。ロッカ君はテイマーとしてギルドカードを発行してもらおうと、試験をうけているはず、じゃな」
「そうですが、それがなにか?」
「ならば、この試験はやはりおかしいのう。そもそもテイマーの試験に剣士の試験を代用しようとするのが間違いではないか、の」
「だから、なんだというのです。この田舎町ではテイマー用の細かな試験などできませんよ。それはロッカさんも納得しているはずですが?」
ゲインはイライラを隠さずにそう返す。
「そこは考えようじゃ。剣士用の試験、この場合は的あてじゃな。それであってもテイマー用にアレンジすることは可能じゃろう。具体的には、ロッカ君が使役するモンスターを使ってこの試験に挑戦する、とかの」
ゲインは口に手をやって、考えるようにした。
「それで、納得するのなら、いいでしょう。ただしもう一度だけですよ。これ以上はたとえS級だろうと、最高位剣士だろうと、口出しは認めません」
あっさり認めたところをみるに、ゲインはやはりなにか不正でもしていたのだろうか。
「どうかね、ロッカ君」
そうであっても、俺にその不正を追及するだけの力はない。
ならば、再試験はありがたい申し出だった。
「わかりました。それでお願いします」
オーウェンが、大きく頷いた。
―――――――
いっそ優雅といえるほどに、広場へと歩み入ってきたタロをみて、ゲインは絶句したようだった。
俺程度がつれているのは、たとえばゴブリンのような低級モンスターとでも思っていたのだろう。
「タロ、よろしくな」
タロは差し出した俺の手をぺろりと舐めてそれにこたえる。
「さっさと準備を……」
促すゲインに対して、タロは低い唸りで返す。
俺に対する彼の悪意を、敏感に感じ取っているようだった。
「ヒッ」
と情けない声を飲み込んで、ゲインはなんとか涼しい顔をして見せている。
俺はタロの首を抱くようにして、その首元に顔をうずめた。
「いいか、タロ、俺は右側の的をやる。タロは左側のを頼む。威力はいらない。速く、正確にな」
俺はそれを、心の中で強く思った。タロの暖かさに触れながら思うと、それがより正確に伝わることを俺はいつから識っていた。
タロはわかった、というように、俺の頬をざらりと舐めた。
「はい、それじゃスタート」
俺たちの準備完了の宣言を待たず、ゲインがいきなりはじまりを告げた。
けれどもそれに合わせるように、俺とタロとはさっとわかれて目標へと走り出していた。
ひとつ、ふたつ、みっつ!
タロといっしょに受けているのがそうさせるのか、先ほどよりも体が軽い感じがした。
もっと速く、より正確に!それらを意識しながら、次々にターゲットを片付けていく。
見れば、タロはほとんど瞬間移動といったふうに人形の間を駆けながら、前足で器用に的を叩いていく。
よっつ、いつつ
俺がそれだけ叩き終えたその頃には、タロはもう、自分の担当する6つの的を叩き終わり、最後のひとつの前にいる。
むっつ
最後は任せた、というように、タロが鼻先で指し示したその先に、俺は思い切り木剣を振り下ろした。
「69点!いやあ、おしい、おしいですが不合格です。残念ですなー」
点数板を振りかざして、ゲインがそう言うのが聞こえた。
「ご大層なものをつれてきたようですが、所詮は犬。正確性がたりないんですよ」
彼は人形の一体に歩み寄って、そこに描かれた的をばんばんたたきながら続ける。
「見かけ倒しとはまさにこのこと。いやあ、やはり七光りは七光り。はいはい、これでおしまいです。帰った帰った」
「おぬし、さすがにそれは・・・・・・」
もはやなりふりかまわない感じのゲインをみながら、オーウェンがぽつりといった。
隣で、受付嬢もしらけた目をしてゲインをみている。
なにしろ先ほどの三倍の速さで試験をクリアしたはずだ。
攻撃が的をとらえていたのも確実だったから、誰の目から見ても結果がおかしいのはあきらかだった。
「タロ」
俺も受付嬢と同じような目をしながら、タロの肩口をぽんとたたいた。
不正はもう確実だったし、このうえタロを馬鹿にされるのには、もう黙ってはいられない。
「やっちゃえ」
「わふ」
タロはどこかうれしそうに小さく吠えた。
次の瞬間、タロの周囲に光の粒が舞い始める。
舞いながら、それは徐々に大きくなる。
やがて、握り拳ほどの大きさになった光の弾はタロの周りをゆっくり漂った。
数えれば数は12。
「うぉふ」
次にタロが鋭く吠えるや、光弾が一度、タロの前方に収束してからぱっとはじける。
それらはたちまち宙を飛んで、12の目標へと殺到する。
次の瞬間、それぞれの人形の的を、光弾があやまたず、狙い撃った。
「へ?」
間抜けな声を出すゲインにわずか遅れて、すべての人形が音を立てて爆散した。