4話 テイマーの試験を受けることになりました
街の中心部から少し外れた場所にギルドはあった。
ギルド、正確には冒険者ギルドは、まわりに比べてもいちだんと豪奢な建物だ。
俺が通いなれた都会のギルドに比べれば、これでもまだ規模は小さいほうだから、冒険者ギルドという全国的な組織の力は、それだけでも知ることができるというものだ。
ほんの一部の例外を除けば、冒険者が冒険者ギルドに加入するのは必須事項といってよい。
冒険者として試験を受け、会費を払ってギルドカードを発行してもらうことで、俺たちは様々な恩恵をうけることができるのである。
ランクに応じたクエストの斡旋から、各種情報の提供。実績と実力による冒険者ランクの管理などは、どれも冒険者にとって有用なものばかりだ。
俺が今回ここを訪れた目的、魔石の買取というのも、冒険者ギルドの大きな事業のひとつである。
身分証替わりにもなるギルドカードさえ持っていれば、市井の商人に売るよりもいくらか色をつけてもらえる上に、手続きも簡単だ。
俺のような駆け出しの冒険者にとっては、ありがたいシステムである。
―――――――
「ゴブリンと、それからホブゴブリンの魔石ですね」
「あとこれは、天然もの、でしょうか」
差し出した魔石を見て、ギルドの受付嬢は手慣れた様子でそういった。
都会のギルドとは違い、どこかのどかな雰囲気のあるタイレム冒険者ギルドでは、それほど待つことなく受付へと案内される。
周囲ののどかさにあわせるように、ふんわりとした笑顔の受付嬢が俺に対した。
「えっと、ロッカさん。こちらの天然魔石のほうは、鑑定するのにちょっとだけお時間いただきますけど、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
彼女は続けて俺のギルドカードを手に取った。
「それじゃあその間に、買取の手続きもすましちゃいますね。ギルドカードをお預かりしても?」
「はい。おねがいします」
うふふ、とわらいながら、受付嬢がバックヤードへさがっていった。
外に待たせているタロは大丈夫だろうか。
「あの、ロッカさん?」
買取値段のこと以上に、タロのことが気にかかっていた俺の予想よりもはるかに早く、受付嬢が戻ってきて声をかける。
「もうしわけないんですけど、このギルドカード、失効しているみたいなんです」
―――――――
「ギルドカードの更新期限が二ヶ月前。それから一ヶ月間、更新猶予があったんですけど・・・・・・」
受付嬢はすまなさそうにそういった。
俺のギルドカードは勇者アドルフのパーティーへと就職が決まった、その直前に習得したもので、確かに更新日は二ヶ月前ほどに設定されていたはずだ。
二ヶ月前、といえば、ちょうどタロのことでどたばたとしていた時期である。
さらにいえば、その時は冒険者を続けようとは考えていなかったから、ギルドカードの更新のことに考えが及んでいなかったというのがほんとうのところだ。
「それじゃあ、今からだと、更新はできないんですか?」
「申し訳ないんですけど、そうなんです。いまからだと、規定により、再取得という形になってしまうんです」
俺は少し考えた。
俺のような駆け出し冒険者にとって、冒険者ギルドへの登録は考えるまでもない必須項目のようなものだ。
「それじゃあ、取り直します。それで、試験っていつあるんですか?」
そう聞くと、受付嬢はにっこりわらって、ぱんと手を胸の前であわせた。
「それがですね、当ギルドの今月の試験日は、今日なんですよ。午前中の試験はもう受付がおわっちゃったんですけど、午後でしたらいまから受け付ければ間に合いますよ」
どうやら、不幸中の幸い、というやつらしかった。
―――――――
「テイマー、ですか?ロッカさんは剣士だったのでは?」
不幸中の幸いはもうひとつ続いたようで、俺の試験担当官は、なんと顔見知りのギルド職員だった。
ゲインというギルド職員の男は、おれが勇者アドルフのパーティーで雑用をやっていた時からの知り合いである。
当時売り出し中だったアドルフだ。勇者パーティーとして、ギルドとやりとりする機会は多くあった。それをアドルフ側で担当していたのが俺であり、ギルド側の担当官がゲインである。
当時からなにかと良くしてもらった思い出があり、今も俺の書いた申請用紙をみながら、にこにこと愛想よかった。
「そうなんです。以前は剣士で登録していたんですけど、どうやらテイマーに適性があったようで」
「なるほどですね。ですがそうなると・・・・・・」
この春の人事異動で、タイレムへと人事異動で赴任してきたのだというゲインはぱらぱらと書類をめくった。
「ああ、ここだここだ。ロッカさん。まず残念ながら、ここタイレムではテイマーというクラスの試験はできないんですよ。田舎なので」
「え?」
不安の声を漏らした俺に、ゲインは笑って続ける。
「ですがご安心を。代替手段として、ロッカさんには以前と同じく、剣士用の試験をうけていただきます。ロッカさんは再取得で、Fランク用の試験になりますよね」
「Fランクの試験になりますと、実は元々、内容にそれほどかわりはないんですよ」
「そうなんですね。」
「そうなんです。それで問題なく、テイマー用のギルドカードも発行できますので」
もしかして、これも幸運といっていいのだろうか。
剣士の試験は以前もうけたことがあるから、対策などしなくても、受かる自信がおれにはあった。
「それでは、さっそくはじめさせてもらいますね。説明が必要でしょうか?」
「一応、おねがいします」
「わかりました。どうぞこちらへ。」
―――――――
入り口からちょうど正反対の位置にある扉をくぐって外に出ると、ちょっとした広場のような空間があった。
広場のそこかしこには実寸大の人形がたてられていて、それぞれに鎧を着込まされている。
数は全部で十二体。
人形には一体に一か所づつ、赤いペンキで大きな丸が描かれていた。
「あの丸の中へ、剣で正確に打ち込んでください。全部の人形を叩き終わった時点で、点数がでますので」
ゲインは持っていた板を俺に示す。
魔術的に人形とつながっているのだというその板に、どうやら点数が表示されていくようだ。
「70点以上で合格になります。準備ができたらはじめますよ」
俺は広場を見渡した。
人形の配置はランダムで、的の位置もまちまちである。
ゲインの説明を聞くに、剣撃の威力は問われていないようだから、いかに速く正確に的をたたいていくかが、鍵だろうか。
とはいえ、俺にとっては以前に一度、合格している試験である。
その時は75点と、けっこうギリギリの合格だったから、今回はそれを超えるのが目標といったところか。
「それじゃあ、おねがいします」
広場の入り口に引かれた白線の後ろに立って、俺はゲインにそう告げた。
「いきますよ、それじゃあ」
ゲインは軽く挙げた手を、振り下ろしながら言う。
「スタート」
―――――――
試験用に渡された木剣は意外と手に馴染んだ。
俺は滑り止めの革が巻かれた柄を強く握る。
まず、ひとつ。
横凪にした木剣でひとつめの的を叩く。鎧が乾いた音をたて、剣がしっかりした手応えを伝えてくる。
ふたつ、みっつ。
小走りで次の人形へ向かい、駆け抜けざま、切るように的へと剣をあてていった。
いいじゃない。と俺は思う。
自分が思っていたよりも、自在に剣を操れている。
以前に試験を受けた時と比べても、自分が格段に成長しているのを感じられた。
これも経験、ってやつだろうか。
よっつ、いつつ、むっつ。
どうせなら、高得点を狙ってやれ。
俺は駆けるスピードをさらに上げ、次々に的をこなしていく。
……10、11、
「これで、最後だ!」
俺はスピードに乗ったまま、そこから小さくジャンプした。
そうして、最後の人形を、大上段から切り落とす。
ガゴン、と派手な音を立てて、木剣が鎧の的を貫いた。
軽く息を整えて、俺はゲインの方をみた。
彼もにこにこしながら俺を見ている。
これは受かったな。
俺は手ごたえとともに、そう感じる。
その時、少しゲインの笑みがゆがんだ気がした。
ゲインは俺のほうへと得点の板を掲げ、
「58点.残念、不合格ですね」
嬉しそうに、そう告げた。