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3話 フェンリルとの旅を楽しみます

 ゴブリンの集団との遭遇が嘘のように、それからの旅は平穏だった。


 思えば、タロにとっては初めての外の世界だ。


 目にするいろいろがめずらしくてたまらないようで、タロは興奮を抑えきれないようだった。


 あちらでリスを追いかけては、こちらで木の実の樹を揺らす。

 タロとふたりのぶらり旅はゆるりゆるりと進んでいった。


 まあ、俺にしたところで、特に急ぐ予定があるわけじゃない。

 なにより自然の中で駆け回るタロは、その巨体をわすれるほどに可愛げで、見ているだけで頬も緩むというものだ。


 気が付くと、タロが慎重になにかを咥え、俺の元へと戻ってくるところだった。

 そのようにしているタロは、初めてのことではなかったので、俺は少し警戒する。

 少し前、同じようにしていたタロが咥えていたものが、大きく長い、蛇だったからだ。


 タロの口から放たれるや、凄まじい勢いで逃げていってしまったから、特に実害はなかったのだが、あれにはだいぶ、驚かされた。


 当のタロはびっくりしている俺にきょとんとしながら、ぱたぱたと尻尾を振っているだけだったから、俺を驚かそうとしたわけではなく、単純になにか珍しいものをもってきた、ということなのだろう。


 そんなことがあったので、今回は警戒している俺に構うでもなく、タロは軽く閉じていた口をあけて、何かをそこからほたりと落とした。


 地に落ちて、ころりと転がるふたつのそれは、木漏れ日を浴びて鈍く光った。

 大きさはそこらに転がる小石とさほどかわらない。けれどもそれらはそうそうお目にかかれるものではなかった。


「魔石、だ」


世界中に微量に存在する魔素が長い年月をかけて少しづつ、少しづつ凝縮され、形になった結晶体。

あるいはモンスターの体中で生成される石。


魔石と呼ばれるそれは、いずれにしても貴重な魔力の結晶で、様々な形に加工されて世界中に流通し、利用されている。


ドロップアイテムやトレジャーアイテムなどと並んで、俺たち冒険者の収入の基ともなっている存在だ。


 タロがどこからか持ってきた魔石は、一見して宝石と比べられるほどの輝きをもち、あきらかに上質のものだった。


 ゴブリンを倒したときに手に入れた魔石を、とりだして並べてみても、その差は一目でわかるほどだ。


「えらいぞ、タロ」


 おれは何かを期待しているふうなタロの顎の下をゆっくりと撫でてやる。

 タロは気持ちよさそうに目を細めた。


「ほう、これは珍しい」


突然、横合いから伸びた手が、タロの拾ってきた魔石をとりあげた。


「この純度。しかもこれは、天然物、かのう」


 俺が何かを言う前に、男は魔石を手早く見極め、俺にむかってにこりと笑う。


「貴重な品じゃ。儲けものじゃの」


 彼は手慣れた様子で、魔石を俺にひょいと放った。

_______


 初老の男は、ダビド・オーウェン、と名乗った。

 彼は背丈ほどもある大きな剣を背負っていて、いかにも熟練の剣士を思わせる。


「ロッカ君が泊まっていた宿屋の亭主。あれが儂の古なじみでな」


 蓄えられた白い髭は丁寧に整えられている。彼の穏やかな顔つきは、見た目にも悪い人物には思えなかった。

それでも軽い警戒を隠さない俺とタロに、オーウェンはそういった。


「亭主からタロ君の話を聞いてな、それでいてもたってもおられんで」


 ちら、とタロの方を見るオーウェンの目は、年甲斐もない好奇心に満ちているように見えた。


人見知り、というよりは、俺以外にはなつこうとしないタロである。


同行を申し出たオーウェンだったが、俺はそれを丁重にお断りした。


「ならば、近くをついていってはいかんじゃろうか。タロ君のような素晴らしい存在に触れることが、この老骨の数少ない楽しみでのう。このとしよりの願い、かなえてもらうわけには、いかんじゃろうか」


オーウェンはワザとらしく腰をさすりながらそう言う。

その申し出を断る権利はなかったし、なによりタロのことを褒められて悪い気はしない。


俺はそれならば、と頷いた。


 オーウェンは見た目の通り、ベテランの冒険者のようだった。

 勇者率いる大規模パーティーを離れて、ソロ、というかタロとの小規模パーティーをはじめたばかりの俺にとっては、彼の行動には参考になる部分が多くある。


 彼の方でも俺が気にしているのに気づきながらも、とりたててそれを隠すようなことはない。


 自然、俺とオーウェンの距離は近くなり、結局は同行しているのとかわらない状態なのが今だった。


 おどろいたのはタロのことで、いまのところは、タロもオーウェンのことは、同行者のひとりとして、受け入れているように見える。


とはいえ、オーウェンに対してなついている、というようなことではなく、いっしょにいることは許している、といった程度の接し方だ。


タロへの興味を隠すことがないオーウェンだったが、彼のタロへの態度は心得たものといえた。タロの機嫌を損ねず、邪魔をしない。絶妙の距離の取り方は、ベテランの冒険者の技量のひとつ、とでもいうのだろうか。


タロのほうもオーウェンのことはほとんど気に留めない気ままさで、俺との旅を満喫しているように見えた。


「それで、これからどうするのかね?」


 そうして旅をつづけながら、俺たちはいつしか、次の町の近くにたどりついていた。

 すでに森は抜けつつあり、石畳で舗装された道の端が姿を現している。


「この街の、ギルドへ向かおうと思っています」

「ふむ。」


 オーウェンはそこですこし考えるふうにした。


「儂もギルドに用はあるのじゃが、そのまえにひとつ、こなさねばならない些事があってのう」


「そうですか。ここまでありがとうございました」


 短い間ではあったが、この老冒険者から学んだことも多い。

 そういった思いをこめて、俺は手を差し出した。

「こちらこそ、感謝じゃな。この年になって、タロ君のような素晴らしい獣をみることができて、眼福じゃった。ロッカ君のこれからにも、幸多からんことを」


 彼はそう言って、俺の手を握った。


―――――――


オーウェンと別れて街に入ると、それまでの興奮が嘘だったかのように、タロはすまして背筋を伸ばした。

そうしてゆったりと歩いていると、タロの神獣フェンリルとしての側面を感じずにはいられない。


 旅に出るまでおれたちが滞在していた大都市とそれほど離れてはいないのに、このタイレムという街はあそこにくらべてずいぶんと田舎の風情だ。


 威厳さえ漂わせるタロをつれた俺の様子は、タイレム市民にとってみれば注目の的である。

 どこか遠巻きに噂するようなところがあった都会とは異なって、ここでは露骨に驚いたり、直接指さしてくる人が多くいる。

 タロは気にしていないふうだったけれど、俺にとっては気持ちのいいものではない。


 オーウェンから聞いていたギルド目指して、俺とタロは足を速めた。


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