こねことつばめの、ないしょばなし~逆さ虹と夜の女神様~
草原のまんなかにあるこの国でも、雨あがりには虹がかかります。
雲の女神さまのやさしい涙と、光の神さまのはれやかな笑顔がであったところには、
『虹の子』が生まれてくるからです。
『虹の子』はみんな、青いおそらにアーチを描いて、ぴょん、と高くのぼっていきます。
そらをたゆたう母上さまの、やさしい胸にとびこんでゆくのです。
だから、ぴょん、と上をむいているのです。
お城にかかる虹も、まきばにかかる虹も、街道にかかる虹もみんなみんな。
けれど、『逆さ虹の森』の虹だけはちがいます。
虹のアーチが、さかさまなのです。
いったい、どうしてなのでしょう?
――これは、不思議な森にかかる、不思議な虹のおはなし。
朝に夕に空をそめる色彩の、暖かくて優しいおはなしです。
* * * * *
がたごと。がたごと。
荷馬車はのんびりとゆれています。
荷台につまれた干し草のうえ、こねこたちはねころんでそらを見あげています。
朝からふりつづいていた雨がようやく上がって、ぽかぽかのいい天気。
こねこたちのおなかの毛のような、ふかふかの雲のすきまから、
おひさまがにこにこ笑っています。
もちろん、おそらにはみごとな虹。
でも、その虹は今日もさかさまです。
だってここは、『逆さ虹の森』をかすめる街道。
この虹は、『逆さ虹の森』にかかる虹なのですから。
「ねえねえ、」ちゃいろいこねこのチャコがいいました。
「ここにかかってる虹って、どうしていっつもさかさなのかな~?」
「そういえばそうね」みけもようのミケもいいます。
「いちばの虹も、のうじょうの虹も、
みーんなおちゃわんをふせたみたいになるのに」
「ここをとおるときは、いつもねころがっているからかなあ?」
黒いせなかのクロスケが、ころんと一回転します。
「うーん」「わかんないなあ」「かわんないよねえ」
ころんころんころん。干し草のうえ、こねこたちは次々ころがってみます。
それでもやっぱり、虹はさかさのまんまです。
するとそこへ、陽気な声がきこえてきました。
「あれっ、きみたちはまだしらないの?
『逆さ虹の森』の虹が、さかさまになっている理由!」
見あげれば、一羽のつばめが、くるり、宙返りをしています。
さんびきのこねこの友だち、ものしりつばめのユーイです。
「しらないわ」「うんしらな~い」「だってぼくたちまだこねこだもん」
ミケが、チャコが、クロスケがふりふりと首をふりました。
「そうだった、そうだった」
ユーイはいつものように、ほがらかに笑ってこういいます。
「これはおいらも、おばちゃんから聞いたばかりのことなんだけどね。
とってもすてきなおはなしなんだ。寝ないできいてくれるかな?」
こねこたちはぱっと起き上がり、神妙にうなずきます。
つぶらな瞳はもうきらきら。かわいいしっぽもぱふぱふです。
ようし、とひとつうなずいて、つばめのユーイは話しはじめました。
* * * * *
むかしむかしのそのむかし。
そのころから、おそらには虹がかかっていました。
雲の女神さまの涙と、光の神さまの笑顔がであっては、『虹の子』たちが生まれていました。
ぴょん、となないろのアーチがのびるたび、きれいだなあと、よろこびの声があがります。
けれどたったひとりだけ、悲しむお方もいたのです。
それは、夜の女神さまでした。
夜の女神さまは、光の神さまがすきでした。
でも、会いにいくことはできません。
なぜって、闇そのものである夜の女神さまが、光の神さまの前にいったらどうなるでしょう。
きっと、あとかたもなく消えてしまいます。
そうしたら、世界から夜がなくなってしまいます。
夜に眠る人たちや、狩をするけものたちは困ってしまうでしょう。
だから夜の女神さまは、おそらに虹がかかるたび、かなわぬ想いに泣くのです。
名もなき森に身をかくし、こずえの影から空をみあげて、今日もため息をつくのです。
『ああ、どうして、
どうしてわたしは夜の女神なのだろう。
どうして光の神さまに恋をしてしまったのだろう。』
『わたしが雲の女神なら、すぐにも会いにゆけるのに。
わたしがただの娘なら、何もかもを投げだして、あの方のもとにゆけるのに。』
『でも、わたしはまもるものがある。
夜に眠る人たちや、狩をするけものたちを、みすててゆくなどできないわ。
でも、ああ、どうしてこんなに苦しいの』
ぽろぽろり。はらはらり。
森をふく夕風が、女神さまの涙をさらってゆきます。
ぽろぽろり。はらはらり。
そのとき、いたずらな風がこずえを揺らしました。
すると、きらり。
ひとかけらのこもれびが、あふれる涙にさしこんで……
ひとりの『虹の子』が生まれてきました。
まるで、雲の女神さまの涙から、『虹の子』が生まれてくるように。
光の神さまによくにた『虹の子』は、夜の女神さまの胸にとびこんできました。
ぴょん、と虹のアーチが、天から森に伸びました。
上と下がさかさまの、それでもりっぱな虹がひとつ、名もなき森のそらにかかりました。
――そのときからその森は、『逆さ虹の森』とよばれるようになりました。
* * * * *
「そうだったんだね~!」びっくりしたかおでチャコがいいます。
「『逆さ虹の森』のさかさ虹は、森にすむ女神さまのこどもなんだね!
だから、森にむかっているんだね!」クロスケもいきおいこんでいいました。
「……でも、夜の女神さまはかわいそう。
結局、光の神さまに会いにはいけないのでしょう?」
でも、ミケのおみみはしゅん、と下を向いています。
「あ、そっか……」
もりあがっていたクロスケとチャコも、いっしょにしゅんとしてしまいます。
けれど、ユーイは笑顔です。
「ふふふ。このお話にはすてきなつづきがあるんだよ。
ま、聞きなって」
* * * * *
夜の女神さまの胸にだかれて、『虹の子』はいいました。
『いってらっしゃい、おかあさま。
愛するおとうさまに、会いにいっていらっしゃい』
『何を言うの、わが子よ。
そんなことをすれば、わたしは消えて、世界から夜がなくなってしまう。
みんながとても困ってしまうわ。
それになにより、かあさまがいなくなれば、かわいいおまえがひとりになってしまうのよ』
それだけはできないわ、という女神さまに、『虹の子』は笑いかけます。
『だいじょうぶよ、おかあさま。
わたしをまとっておいでませ。
このわたし、闇と光のあいだの子なら、
おかあさまの御身をも、まもってさしあげることができるでしょう』
そういって『虹の子』は、一着のドレスに身を変えました。
七色の長い裳裾に、きらきらの星たちをちりばめた、
ため息の出るようなイブニングドレスです。
そっと袖を通せば、その着心地はなめらかにあたたかく、
『虹の子』のやさしいこころが伝わってくるようです。
女神さまはたちあがり、元気な声でいいました。
『ええ、いきましょう。
おまえがいれば、こわくない。
おまえと、わたしと、いっしょにおとうさまに会いに行きましょう!』
『はいおかあさま。よろこんで!』
ドレスの姿の『虹の子』も、弾んだ声でいいました。
こうして女神さまはようやっと、愛しいお方と会えるようになったのです。
そしてその日から、夕暮れの空と朝明けの空は、七色に染まるようになったのでした。
* * * * *
「そうか~!」
「だから夕やけのそらはにじいろなんだね!」
「だから朝やけのそらはにじいろなんだね!」
チャコにミケにクロスケ、こねこのきょうだいはみゃあみゃあみゃあ。
はしゃいだ声をあげながら、ぽんぽんぽん、ととびはねました。
「よかった~!」「よかったわ!」「よかったね!」
心やさしいこねこたちは、優しい女神さまのしあわせを、
自分のことのようによろこびました。
そんなこねこたちを見て、つばめのユーイもうれしそうです。
がたごと。がたごと。
荷馬車はのんびりとゆれています。
『逆さ虹の森』のうえには、今日もみごとな逆さ虹がかかっています。
他のどこでも見られない、上下さかさまの不思議な虹です。
森のおくからは、歌上手のこまどりの声がきこえてきます。
それは、遠いどこかの国のお話。
名前さえ思い出せないほど遠いむかしの、けれどもみんなが知っている――
遠くて近い、国のお話。
不思議な森にかかる不思議な虹と、
朝に夕に空を染める虹色の、優しくて暖かい、おはなしでした。
~ おしまい ~