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黒猫  作者: 逢沢 檸檬
1/1

1部

殺人描写があります。苦手な方は閲覧を控えてください。

 黒く濁った空を見上げながら、一人歩く。29歳にもなって情けない。

 四年間一緒に過ごした彼女に別れを告げ、飛び出して来た。否、『過ごした』というよりも『過ごさせて貰った』と表現する方が正しいだろうか。

 二流大学を卒業した後やることも無いので、なんとなくで大学院に入った。人並みにできた友達とはあまり一緒に遊びに行った訳では無いが、決して『ぼっち』ではなかった。彼女だって作って恋愛もした。だが、卒業と共に友達や彼女とは自然と疎遠になり自然消滅した。

 高校生のときに病気で父を亡くしたあと、一人暮らしの生活を全て母一人が支えてくれていた。しかしその母も大学院を卒業する年の夏に認知症を発症。施設に入ることになった。

 なんとか卒業し、24歳になった。就職活動はことごとく敗北。アルバイトで日々を繋ぐ毎日を一年送った。

 そんな中、一人の女と出会い系サイトで出会った。僕より二つ上のOL。27歳という若さで離婚歴が二回あると彼女は言った。

 二、三回あった後、僕達は付き合うことになった。僕は彼女のことをあまり好きではなかった。だが、特に断る理由も無く、生活も厳しかったので、彼女の家に同棲して生活費は彼女が払うという条件を突き付けた。それでも彼女はいいと言った。

 それから僕はいわゆる『ヒモ』になって、彼女に養ってもらった。アルバイトは続けていたが、収入は微々たるもので何の役にも立たなかった。

 「貯金しておけば、いつかは役に立つよ」

 と彼女が言ったので素直にそうすることにした。僕には大して趣味が無かったので、余程のことがない限り硬い豚にハンマーを振り下ろすことはなかった。

 それからも僕達は静かに過ごしていた。しかしそれは二ヶ月前から徐々に崩れていった。彼女は『玲央様』にハマってしまった。玲央様は『ドキドキ!人気アイドルと秘密の恋~プリンセスは貴方~』という乙女向けゲームに出でくる架空人物だ。ドS+ツンデレ×イケメンという現実にはいないであろう、平面上の男に恋をしたのだ。

 ついに今朝、家を追い出された。

 「もうあなたとは居られない。あなたのためのお金を玲央様に使いたいの。ごめんなさい、出ていって。」

 架空の男に恋するなんて僕には信じられなかった。正直、そんな女は気持ち悪かったが、彼女がいなければ僕は死んでしまう。必死に説得したが、彼女は聞く耳を持たず、玲央様玲央様とうわ言のように繰り返し呟いていた。

 結局、僕が折れて出てきたのだ。最低限の荷物をリュックに詰め込み、豚を粉々に砕いて入っていたお金を全て持ってきた。

 数日間は安いホテルで寝泊まりした。しかし直ぐに有り金が底を付き、ホテルに泊まれなくなった。

 その後はゴミ捨て場のダンボールを拾い集め、公園の隅で二日過ごした。アルバイトを探すが見つからず、金は五千円と少ししかなかった。とうとう何もかもを諦め、死に場所を探しがてら、ダンボールを捨てるためにゴミ捨て場を探し歩き始めた。

 そして今に至る。溜息すら出ない。

 町を歩けば、通りすがりの人が僕を見て、いろんな目を向けてきた。同情、嘲笑、嫌悪。それから罵声や石ころが降ってきた。

 歩き疲れて、電柱に寄りかかってしゃがみこんだ。ふと、異臭がする。

 近くの茂みを掻き分けると、猫の死体があった。無惨にも、全身をカッターのような鋭い刃物でズタズタに切り裂かれていて、ところどころ内蔵が覗いている。尻尾はだいぶ短くなっていて、耳も欠けている。全身が血に塗れてドス黒くなっている。最近の子供は随分教育がなってないようだ。

 唐突に思った。まるで何かが降ってきたかのような。『お告げ』とはこういうものだということをやっと理解した。

 そうだ、人を殺せば刑務所に入ってご飯が食べられる。それに風呂だって入れるし布団もある。仲間だって大勢いる。

 考えた瞬間、笑いが込み上げてきた。そうだよ、簡単なことじゃないか。殺せばいいんだ。よし、死ぬのは止めにしよう。

 とはいっても、人を殺せるようなものは持ってない。スマホで近くのホームセンターを検索して向かう。ダンボールは猫の上に被せておいた。

 

 ホームセンターの駐車場に着いたあたりで、雨が降り出した。そういえば最近梅雨入りしたばかりだった。

 少し走って店に入った。雨は激しくなって、髪や服を濡らした。初夏とはいえ、雨が降れば気温が下がって肌寒くなる。予定にはなかったが、何か防寒具を買っていこう。

 調理品コーナーでなるべく小さくてカバーがついている包丁を探した。肩掛けが切れてしまっては困る。

 それから隣にある服屋でウインドブレーカーを買った。濃紺のそれを脇に抱えて店を出ると雨はさらに激しくなっていて、トイレに入ってウインドブレーカーを着た。

 気付けば昼時で世の家族たちは、食事兼雨を逃れるためにファミレスに次々に駆け込んでいた。最後の晩餐はファミレスにしようか。ファミリーでも晩でもないけれど。

 一時間程待って漸く案内された。ウエイトレスは一人で来店した僕に嫌な顔をした。僕は、さっきの買い物で半分に減った財布の中身を眺めて、金額ギリギリまで頼んだ。

 頼んだもの全てを食べ終えて、消化が進むまでコーヒーを飲んで過ごした。スマホの充電ももうすぐ切れそうで、何処で殺そうかとか誰にしようかとか、その後出頭するかとかを考えていた。

 

 店を出た時は三時半を過ぎていた。

 自然と人気の無い方向に足が進んで、住宅街を歩いていった。全く知らない土地で全く考えずに進んだせいで、異世界のように見えた。

 気付けば駅のベンチに座っていた。どちらかと言えば大きめで、人通りも多い駅だ。かたわらの時計は五時を指していて、帰宅ラッシュが始まりつつあった。

 ここにしよう。

 特に理由は無かった。ただ移動するのが面倒だった。

 フードを目深にかぶって、靴紐を固く結んだ。バレないようにケースから包丁を出して、袖をギリギリまで伸ばして隠した。

 人の波に逆らって階段前の広場の真ん中に立った。人々は僕のことをウザそうに見て避けていった。それが酷く滑稽に見えた。

 さあ、カウントダウンを始めよう。

 ルール?そんなものは無いさ。近くの人を切る。それだけ。男でも女でもどっちでもかまわない。子供、老人、学生、中年、そんなのどうでもいい。僕に近付いた人を殺すだけ。

 

 十、九、八

 ほら、今のうちに帰りなよ。危ないよ。

 七、六、五

 不審な僕を見て足早に去っていった女の子。良かったね、運がいいよ。

 四、三、二

 雨脚が強くなる。

 一、零

 袖を巻くって腕を振り回す。そこに人がいなくても。

 人の悲鳴を伴奏にダンスを踊ろう。ああ、逃げちゃダメだよ。面白くないからね。鬼ごっこだよ。懐かしいなぁ。

 人が一斉にいなくなって、僕の周りには血の海と、人がたくさん転がった。あれれ?これだけ?思ったより少ないな。十人くらいしかいないや。

 まあいいか。それより逃げなきゃ。逃げる理由はないけど、スリルを味わいたいからさ。

 包丁を投げ捨てて、めちゃくちゃに走った。何回も転んで傷だらけになった。

 ついに走る体力が無くなって、ゆっくり歩き始めた。知らない住宅街。さっきとは別の所。

 「ねえ、こっち」

 唐突に声が響いた。

 誰?どこ?何で?辺りを見渡す。すると、少し進んだ先の家の窓から女が手を降っている。

 「あなたに言ってるの。早くこっちへ来て。じゃないと捕まっちゃうわよ」

 捕まる。どうしてその言葉を?逃げないと。でも、もう走れない。女はじっとこっちを見ている。結局迷ったのは数秒で、辺りに人がいないのを確認してから、その家へ入った。

 女が出迎えてくれた。驚いたことに、女には大量の血がごびり着いていて異臭がした。玄関に入ると、小学生くらいの子供の死体が二つ転がっていた。

 赤い足跡はいろんな所に繋がっていて、壁は、赤い水玉模様になっていた。

 「ありがとう、来てくれて。一人で寂しかったの。ほら、こっちで紅茶を飲みましょう」

 慣れた様子で紅茶を入れる女の姿はとても殺人犯には見えなかった。

 テーブルに、入れた紅茶を運んでくる時、ダイニングテーブルの下に転がっていた男の死体に躓いた。紅茶は無事だったが、ムカついたらしくフォークやナイフでめった刺しにしていた。返り血が僕にまで飛んできた。

 「もう、こんな所に転がってないでよ。さっさと消えろ、ゴミ」

 動かない死体に罵声を浴びせていたけれど、暫くすると落ち着いたらしく、冷蔵庫からロールケーキを出してきた。

 「さあ、今度こそ飲みましょ。あたしこの店のケーキ好きなのよね」

 ふわっとしたスポンジに包まれたクリームは、濃厚なのに後味はスッキリしてして絶妙な甘さだ。紅茶にもとても良く合っている。確かに美味しい。

 何口か食べると、奥の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。女が、あらもう起きちゃった、と呟いて奥の部屋に消えた。

 帰ってきたとき、腕には生後三ヶ月程だろうか、小さな赤ん坊を抱いていた。

 泣いたばかりでまだ瞳が潤んでいる。くりくりとしていて、ぱっちり二重だ。可愛い。

 「可愛いでしょ?あたしの子供なの。ホントは違うんだけどね」

 女は、今足元に転がってる男の元恋人だったこと、男の妻に略奪されたこと、その妻に階段から突き落とされ流産したことを語った。その復讐に赤ん坊を貰いにきたと言った。

 「でも、なかなかくれなくって。殺しちゃった」

 女は、これから二人で幸せになるのだと言った。過去のことなんて全部忘れて、自分の子供の代わりにこの子を育てると。

 「あなたもどう?父親役で」

 遠慮しておいた。子供の世話なんてまっぴらだ。ましてや他人の子供なんて。

 「あらそう。ならいいわ。あ、一つお願いがあるんだけどいいかしら?」

 言いたいことは分かっていた。男と妻を殺した犯人になりすまして欲しいのだろう。快く引き受けた。今さら二人くらい増えたところで罪の重さは大して変わらないだろう。いや、変わるか。むしろ、延びてくれた方が有難い。

 女はシャワーを浴びて、妻の服を拝借していた。(その間は僕が面倒を見ていたのだが、たった十分弱のことだったが、とても疲れた。)同じく拝借したキャリーバッグに赤ん坊の服やオムツ、粉ミルクと哺乳瓶を詰めて、赤ん坊を抱っこ紐で抱いた。

 「それじゃあよろしくね。あたしが遠くに行ってから警察呼んでよね」

 頷いた。赤ん坊には幸せになってもらいたいから。いつか自分を育ててくれた人が殺人犯だと知った時、幸せとは言えないだろうけど。

 女が出ていった玄関を見つめて思う。何故あの時女に従って家に入ったのだろう。そもそも何故女は、僕が人を殺してきたことが分かったのだろうか。

 まあ、いいか。人生そんなものだろう。さてそろそろ警察呼ぶか。あれから三十分経った。ここはある程度都会だから、電車やバスは何かしらあるだろう。

 服についた返り血は雨で全て流れてしまった。ウインドブレーカーを脱いで、風呂場に干した。僕が殺したように見えるように返り血を付けるため、キッチンから包丁を借りて、男を数回刺した。血は殆ど固まってしまっていてあまり飛び散らなかった。

 固定電話で警察に通報する。なかなか伝わらなかったから、何回か男を包丁で刺した。内蔵がはみ出してきた。傷口をえぐると音の異様さに気づいたのか、警察を大量に派遣すると言ってきた。

 その後、電話線を切った(特に意味は無い)。紅茶のカップやロールケーキの皿をシンクに片付け、子供部屋へ行った。明るい色使いの凝った部屋に玩具やベビーベッドが置いてある。

 赤ん坊が連れ去られたのに気付かれると面倒だから、ベビーベッドに玩具や服を入れてもう使ってない風を装った。

 暫くして外が騒がしくなった。もう着いたようだ。ドアがドンドンと強く叩かれた。鍵はバッチリ閉めてあったから、開けてやらないと。

 裸足で出迎えた。銃を突きつけられ、抵抗しないでいるとさっさと手錠をかけられた。完全な現行犯だ。

 パトカーに乗せられて警察署に連れていかれた。すぐさま事情聴取された。僕が何も喋らないでいると、彼らは怒ったようだった。

 ポケットから補聴器を出すと、直ぐにペンと紙をくれた。補聴器を入れると、知ってること全部書けと言われた。

 全部書いた。駅で無差別に切ったこと、家に侵入して殺したこと。動機は、毎日の食事を確保したかったから、ということも。

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