第2話「Answers:値切り」
「考えてみたら、城下町に来るのは初めてだな。なかなか興味深い。」
“アヌスサンドリアナヌー城下町”
この町には様々な村や島から人が集まる場所らしく、売っているのも珍しいものばかりらしい。もっとも、ろくに買い物のしたことない俺には、どういうものが珍しいのかよく分かっていないのだが。
「なあ、魔力増大ローションに最狂バイアグラなんてものが売ってるぞ。こういうものを買っておけば俺ももっと用心棒として働けると思うんだがどう思う?なあ、聞いて――」
ん?チラットの姿が見当たらない。はぐれたか?
「(しまったな……この辺の事は全く分からないからあいつと行動したかったんだが……まあ、歩き回ってれば会えるだろ。」
とりあえず物珍しそうに色々と見物してみる。実際、考えなしで行動しているわけではない。チラットは俺より身長が高い。目立つほど高くはないが、見つけるのはそう難しくないはずだと俺は思っている。だからこそ、こうやって自由に行動できるのだ。
「(食用ローションに、用途不明こんにゃくか……こういう食材も鍋に入れると美味そうだな……鍋?)」
そういえば、と思い出す。今日はすっぽん鍋なんだからすっぽん屋に行けば見つかるんじゃないか?
「(こんな簡単なこともすぐ思いつかないとは、案外この城下町に嵌ってるんだな俺は……)」
思い立ったら即行動。ローションやこんにゃくも名残惜しいが、金を持ってない時点で買えないのは明確だ。とりあえずはチラットと合流するのが優先事項だろう。
「何やってるんだあいつ……」
俺が見たのはすっぽん屋の前でまじまじとすっぽんを見つめる怪しい人間の姿だった。
「何してるんだお前?」
「だから年上には敬語!じゃなくって……見てよこの値段!おかしくないかい!」
そう言われて値段を見てみる。確かに0の数が多いがそれが高いかどうか俺には分からない。
「すまないが、この世界での値段の基準が分からん。円ってなんだ円って。簡単に教えてくれ。」
「えっとね、まず5が1つ、そして0が4つ、つまりこれは50000円ってわけ!理解できた!?」
「そう発情するなよ。しかしいまいち理解できないな。さっきこんにゃくを見てきたが、1が1つ、0が2つだったぞ?0が多い方が高いのか?」
「まあそうだよ……ちなみにこのすっぽん一匹でそのこんにゃく500個分。」
なんということだろう。すっぽんにどれだけの価値があり、こんにゃくにどれほど価値がないのか知らないが、そんな俺でも流石におかしいと分かる。
「なるほど。確かにおかしいな。だが、お前の部屋にある本で見たぞ?買い物というのは値切るのが重要だと。」
「それももうやったよ!でもね……」
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「ねえ、マロン&スクイレルの絵本に、よばいばあちゃんの小説もあるよ!こういうの買ってしっかりと勉強すれば君にしっかりと僕が年上であるということを叩き込めると思うんだけどどう思う?ねえ、聞いて――」
あれ?江口君の姿が見当たらない。はぐれた?
「(でも、そんなに広いわけでもないし、すっぽん屋さん目指しながら練り歩いてれば会えるよね!)」
とりあえずいつも通り本を眺めてみる。本というのは知識の塊だから探求に終わりが見えない。
「(あっ、朝立ちアンダーザブリッジの小説出てる。この本だったら江口君好きそうだから感想聞きたかったなー……買っちゃおうかな?)
悩んでいたが、永遠に終わりが来そうにないので僕は出した本をしっかり仕舞って本屋を出た。
「(そういえば、すっぽん屋さん行くの初めてだなー。値段どのぐらいだろ。3000円ぐらいかな?)」
そう考えているうちにいつの間にかすっぽん屋さんに着いてしまった。本屋から寄り道しないと案外近いという新発見ができた。
「(すっぽんの値段は……)50000円!?たっか!」
僕は思わず大きな声をあげてしまった。しかしこのような値段を見ればしょうがないと思う。不可抗力なんだ。だから僕はまだ江口君の年上としての威厳は失っていない。きっと彼もこの値段を見れば驚くはずだ・・・!
「おいおい、冷やかしかよ。冷やかしなら帰ってくれよ。」
「む。こんなおかしな値段で商売しようと企んでる貴方に言われたくないですね。」
何もおかしなことは言っていないはずだ。そもそもすっぽんは安くて3000円、高くても30000円のはずだ。だから5万円などという値段はありえない。
「おかしな値段ねぇ。そうは言うがなこっちも商売なんでな。あんたが買わなきゃ他の人に買ってもらうさ。」
「いいえ、このすっぽんは僕が正規の値段で買います。」
自信たっぷりに言う。それも当然。こっちには勝機がある。
「ほう。どうやって買うんだ?教えてくれよ。」
「値切らせていただきます!僕の”能力”で!」
「何!?お前能力者なのか!」
「如何にも!さあ見せてあげましょう!覚悟しなさい!僕にさっさとすっぽんを売らなかった事を!」
――脳に全ての神経を集中させる。この男の弱点を探り出す。そうすることで僕の勝ちは揺るがないものになる。
「見えた……」
「御託は言い!さっさとしな!」
店主が立ち上がり身構える。無駄な事だと忠告してもおそらく止まらないだろう。だから僕はこいつの自信を崩す。
「先に言っておくが……今から使うのは僕の”能力”のたった一つだ……」
こちらも身構える。こうしたほうが能力は出しやすい。そして、僕は、能力を、発動する――!
「‐Answers-値切り!」
――その瞬間、場の空気が凍り付く。相手は倒れて動けない――はずだった。
「なんでビビッて倒れないの……!能力者がここまで溜めて能力発動したら普通ビビッて倒れない!?」
「よくよく考えてみたらよぉ、能力で値切るってしょぼすぎないか?だから見掛け倒し思っていたがまさか本当だったとはなぁ……一本取られたぜ。」
恥ずかしい。僕が能力を使えないというのを看破されただけではなく、それを冷静に分析された。恥ずかしい。穴があったら挿いりたい。それでも僕は虚勢を張ってみる。
「今のは……召喚魔法だから……真打はこれから来るから……」
「あからさまに元気なくなってるじゃねえか。その召喚ってのも嘘だろ?」
「もういいから!とにかく!真打が来るまでは誰もすっぽんを買わないよう、ここでまじまじと見張ってますからね!」
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「ということがあったんです……」
「……」
呆れてものも言えないというのはきっとこういう時のためにあるのだろう。とにかく馬鹿だ。だが、それでも一つ引っかかる。
「(能力を持っていると言った時の店主の反応は確実にビビっていた。だったらまだこの勝負捨てたものではないかもしれない……」
なら、試してみるのもありだろう。駄目でもともと。失敗したら適当に野菜と肉を買って、アパートのみんなで突けばいい。
「……俺が仇討ちしてやるよ。」
「え?」
「このまま引き下がるわけにもいかないだろう?我らがアパートの管理人様がやられっぱなしではな。こちらも立つ瀬がない。」
「江口君……」
調子に乗ってないときのこいつは案外嫌いじゃない。意外と純情な部分があるのかもしれない……
無駄なこと考えてないでさっさと行くか……
「よお。真打が来たぜ。」
「うお。本当にいたのかよ。話は聞いてるのかい?」
「まあな。とりあえず俺も値切りたい。すっぽん1匹を……」
待て。値段を考えていなかった。レートが分からないからそう簡単に値段を口にできない。
「(とりあえず、5万円はおかしい。だが、すっぽんにはどれだけの価値があるんだ……?)」
しっかり見極める。様子。形。全てを吟味し、答えにたどり着かなければならない。
「(こいつ、濡れていると滑りがよさそうだな……もしかしてこの水、ローションか?頭の形は俺の相棒とあまり変わらないな……すっぽん=こんにゃくと考えて百円。ローションは……まあ百円だろう。つまり……)」
「どうだ?このすっぽん一匹幾らで買うんだ?」
「すっぽん1匹200円で買いたいんだが大丈夫か?」
「は?」
「は?」
「は?」
待て。この店主が疑問を持つのはまだ分かるが。なぜこいつまで疑問を持つ。
「おい。なんでお前まで疑問を持つ?」
「当たり前じゃん!これ仇討ちじゃなくて二の舞だよね!?」
「いや。値段を提示すら出来なかったお前よりましだ。」
正論を言われ、よっぽど傷ついたのか塞ぎ込んでしまった。
「おい?大丈夫か?」
「穴があったら挿いりたい……」
流石の俺もこれには言い過ぎたと感じる。後で謝ろう。それより今は――
「おい、てめぇ。200円とか舐めてんのか?」
「いいや。本気だ。それにしっかりとした理由がある。」
「何だと……?」
他人をダシにして勝負をするのはあまり好みではないが、今はそんなことを気にしている余裕はない。すっぽんが俺を待っている。
「俺は……巨根のディックを倒してるんだぜ?」
効果はどうだ?頼む……!あんな馬鹿みたいに通り名を自慢してたんだ……!どこでも有名で会ってくれ……!
「巨根のディックを倒しただと・・・?証拠は!証拠はあんのかよ!」
確信した。この反応……イける。
「ピアノを弾いてやろうか?それともダンスがいいか?」
「は?頭狂ってんのか!?そんなんでディックを倒せるわけがないだろ!」
「普通だったらそうだろうな。だが、俺にはできた。それだけだ。よく考えろよ?お前が今相手してるのはダンスやピアノで巨根のディックを倒した狂ってるやつなんだぜ?」
押し切れる……!城下町で「ピースメーカー」は使えない。いろいろな意味で。だから口で押し切るしかない……!
「そ、そんなの……お前の嘘……!」
「もう一度言う!今この場でピアノを弾いてやろうか?ダンスをしてやろうか?ただのダンスやピアノじゃねぇ……ディックを倒したピアノやダンスを見せてやろうか!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!すっぽんは全部タダでやる!だから見逃してくれぇ!!!!!!!!あああああああああああ!!!!」
店主はすごい勢いで逃げ出してしまった。やはり巨根のディックの名は伊達ではないのか。
「うっ……ふぅ……」
久しぶりに声を荒げて疲れた……そう思うって事は、きっと俺の生前は声を荒げてたのか。それとも大声を出すのに慣れてたのか……
「(まあ、今はいいか。それより・・・・・・)」
この座り込んでいる奴をどうにかしなくてはな。
「おい。さっきは悪かった。謝るから許してくれ……」
「凄い・・・・・・」
「え?」
何だ。声を荒げたのがそんなうるさかったか?
「いや。あれは成り行き上しょうがなく……」
「ダンス踊れたんだ。」
「そっちかよ。」
ペースを狂わされる。こいつはおとなしくして、声を出さずアパートの経営だけに精を出していれば俺ももう少し気を許してもいいのだがな。
「なあ。すっぽんどうやって持って帰るんだ?入れる袋とかないぞ?箱ごと持って帰るのか?」
「僕の持ってるバッグで、冷凍保存できるからこれに入れるよ。」
何だ、その便利アイテムは。
「了解だ。じゃあすっぽん入れるから、かばん拡げてくれ、くぱぁって。」
「がばぁの方が多分正しいと思うよ。あっ・・・・・・」
「どうした?やっぱりくぱぁで合ってたか?」
「そうじゃなくって!えっと・・・・・・これあげる!」
「本か?これ?」
タイトルは「朝立ちアンダーザブリッジ」。なるほど、確かに俺でも読みやすそうな内容だ。
「もしかして俺のために買ってくれたのか?」
「えっ……うん。いつもお世話になってるから。」
「そうか……ありがとな。ちゃんと読んで感想伝えるよ。」
「……うん!じゃあ帰ろう!アパートのみんなが待ってるよ!」
「ああ、そうだな。」
すっぽん買うだけでやけに時間を食ったがいいだろう。本当に食うべきものがもうそろそろでありつけるのだから。・・・・・・ああ、そうだ。
「なあ、こんにゃく買ってもいいか?鍋に入れてみたいんだ。」
「別にいいけど、何に使うんだい?」
「それはいろいろ・・・・・・って俺今鍋に入れるって言ったよな?」
「だって、最初から鍋に入れるつもりで買う気ないって分かってたし!君は鍋じゃなくてこんにゃくに挿れたいんでしょ?」
……やはり俺はこいつが苦手だ。