星空の祝福
電気の無くなった世界を、生き地獄と知ったのはまだ先だった。
世界が終わった。とも思えた。
行き交う人々は皆、状況が呑み込めない様子だった。
「電車もバスも、タクシーだって、交通機関は全部停まっているんじゃない? 電気を失ったから」
幻の言葉に飛を含む周囲の大衆はガクッと肩を落とした。
幻の小柄なシルエットは辛うじて見ることはできるが
その表情やディテールは確認できなかった。
「うちくる? 近いし、緊急事態だから」
幻の声は確かにそう言っていた。
意中の女子高生の家にお邪魔することができるなんて、何たる不幸中の幸いなんだろう。
「え、いいの?」
幻が飛の大きな手をギュッと握ってきた。
「さ、帰ろ」
前が本当に見えない。飛は盲者の気分になった。
幻に導引されると安心感が芽生えた。
天蓋には満天の星空が広がり、天の川まではっきりと見えた。
「綺麗ね。わたしたちが宇宙の中にいることを思い起こしてくれるわ」
幻の言葉にジーンとくるものがあった。
飛と幻の愛が結ばれたあの瞬間も、宇宙では世界滅亡の元凶が地球に接近していたんだ。
人間はこの広大な宇宙の中にいる。
人間だって生きているし、宇宙だって絶えず動き続けている。
宇宙は遠い存在のようで、本当はもう触れているんだ。
飛の瞳から流星のように涙が伝った。
その涙は幻に出逢えた嬉し涙でもあり
幻と二人になり孤独から解放された歓びの涙でもあった。
飛と幻はニューライトフェスが行われていた新光樹公園を南口に抜け
車道を歩いていた。自動車が通らないので車道を堂々と歩けるのだ。
「駐車場探して。そこで右折するから」
闇の中に人の気配がうごめいている。
いつ突然、人とぶつかるか分からない恐怖が足かせとなり、なかなか前に進めない。
真っ暗闇で足元までしか道路が見えない。
飛は右側だと推測して、左側から右側に移った。
「飛君、どこ?」
彼女の声には冷ややかな怒りが感じられた。
幻に何も言わずに右側に移ったからだ・・・。
駐車場を探すのに集中していて、すっかり幻のことが頭から抜けていた。
幻にとって飛は、身を守ってくれる楯のような存在だと思っていた。
幻はひどく裏切られた気分になっていた。
駐車場を確認し、彼女のところへ小走りで戻る。
「ごめん。駐車場探すのに夢中になっちゃって。それと右側に駐車場あったよ」
二人は右折して、言葉を交わすことなく暫く闇を歩いた。
「ここのマンションの三階が私のお家よ」
明かりがついていない。心霊スポットのようにも思えた。
エレベーターは電気が停まっているため、使用不可の張り紙が貼られていた。
三階まで階段で上るしかないようだ。
前後が全く見えない中、一段一段、慎重に上った。
すたすたと躊躇なく上る彼女の背中を追いかける。
彼女が足を止めた。家に着いたようだ。
「3〇2」。幻のマンションの暗証番号をしっかりと記憶した。
彼女は鍵を差し込み、扉を開けた。
壁掛け時計を見ると時刻は夜中の二時をまわっていた。