幸せの絶頂
飛が幻からのラインを受信した時には、自転車で家に帰る途中だった。
「僕なんかが亜空幻を彼女にするなんて、どんくさい僕にとって無能だったな」
飛は幻からのデートのお誘いを受け取っているとは、遂知らずに悲壮感のなか自転車を漕いでいた。
そして自宅に着く。
激狭リビングのペンギンクッションにリュックを下ろし、木の椅子にもたれかかった。
着信を知らせる光の点滅に気づき、スマホを点ける。
「幻ちゃんからラインが来てる! おいおい、デートのお誘いじゃんかよ!」
スマホを持ったままスキップを踏み、喜びを爆発させた。
しかし、ここが四畳半の激狭リビングだったので壁に激しく体当たりをかまし、膝を擦り剝いてしまった。
あまりに嬉しすぎて、痛さすら感じなかったが。
「え、いいの?」と送ると、相手に改めて考える機会を与えてしまい、もしかしたら熱情が冷めてしまうかもしれない。「ごめん、今の話は無しで!」って返される危険もある。
そこで飛は
「もちろん! 『デート』ってことは、もう幻のこと『彼女』って呼ぶね」
と送り、デートが決まった前提で会話を進めることにした。
既読がつく。幻の返信が表示される。
「じゃあ、飛君のこと『彼氏』って呼ぶね」
カアーッと身体が火照った。
気持ちが高揚して、幻としばらく会話することにした。
「新光樹、あんな大都会に住んでいるのかー。あそこは確か、カラフルな鉄球が宙に浮いているモニュメントで有名だよね」
既読がつく。幻の返信が表示される。
「あれは、超電導物質を使用していて、リニアモーターカーの原理を応用しているのよ。飛君は家どこなの?」
「埼玉県の朝霞。都会のような田舎のようなパーッとしないところだが、陸上自衛隊やニンジンが有名なんだ。ニンジンの名菓があるぐらい」
「へぇー! 自分の故郷を誇りに思っているんだね」
飛と幻はそれぞれに出発の準備を整えながら、LINEでやりとりをして盛り上がった。会話が佳境にさしかかる。
「飛君は、私のどういうところが好きなの?」
飛は返信に困ったが、すぐ返さないと本気で想っていることが伝わらないと思い、急いで指を動かし送信した。
「男子を惹き付ける魔性の女子力かな。女子力高い人がタイプなんだ」
「私なんか、女子力ないよ。勘違いだって」
「少し天然だし、髪を後ろでまとめていて清潔感あるし、そういうとこだよ」
「(興奮の絵文字)」
「逆に、幻は僕のどこに惚れたの?」
流れで打ったその文章に飛は顔を赤めた。そして、直接聞きたかったと後悔した。
既読がつく。幻の送信が表示される。
「高身長で高学力、あと男すぎない女々しさかな」
もしかしたら、最初から僕に気があったのかもしれない。
自ら告白しないで逆告白に持ち込む自分を恥じた。
これからは独りではない。
二人で幸せな生活を送るのだ。
なぜか飛の頭には「高校生の恋愛」という概念はなく
ただ「大人の恋愛」の概念しかなかった。
つまり、これから幻と同居できるのだと思い込んでいたのである。