世界滅亡 始動
茶谷 創懐
小学五年生に授業で物語を書いたところ、続きを読みたいと頼まれ
15作ものシリーズ冒険物語を書き上げる。
中学生には辞書を愛読し、高校生には自作小説の表紙をデザインするため、デザイン科を選び
デザインのいろはを学ぶ。
そして高校三年生には、文芸埼玉に自作小説「僕と彼女の埼玉踏破」が掲載され、小説家の夢に大きく前進した。日本大学文芸学科に進学が決まり、著名な小説家になるために全力を尽くす小説家の卵。
第一話 世界滅亡の片鱗
2012年、7月23日。この日を思い出して欲しい。
その日、イラク各地で爆発テロが起き、百名余りが死亡。本年最悪規模の大事件が勃発した。
戦慄が走るような凄惨な光景に惻隠の情、つまりは憐れみの感情を抱く者も多かっただろう。
2012年、7月23日。その大事件の最中、間一髪で「世界滅亡を免れていた事実」を知る者は少ない。
さて、物語は2012年、7月21日。世界滅亡の二日前から始動する――。
男子高校生、十八歳の創我飛はこぢんまりした自分の部屋を暗幕で覆い、邪魔な昼光を遮断した。光源を失い、混じり気のない闇が自室に充満した。
それから手探りで机上のスタンドライトを点けた。自室に籠る純真な闇にスタンドライトの仄白い灯りが月光のように染み渡った。
自室はほんのりと色彩を取り戻した。
アンティーク調の本棚には教科書を始め、所狭しと小説が並び、それぞれのタイトルが激しく主張し合っていた。ビジュアルデザインはインパクトに加えて「差別化」が要だから、それらのインパクトは互いに相殺せずに、互いを引き立てていた。
夜を創る。
飛は陽光が嫌いだ。奴は集中力を阻害してくる。
月光ぐらいが目に優しくて適度な光度だ。
だから集中したい時はいつも部屋を暗くしている。
飛は暗室に設けた二人分の長机を一人で悠々と使い、真新しい木の椅子に腰掛けて
身長の半分ほどもある長い両脚を組んでいた。
それはキリンの美脚を彷彿とさせた。
飛は背も高く、高校では常に不本意ながら上から目線だ。
机上にはスタンドライトの他に、可愛らしいコウテイペンギンのヒナをモチーフにしたぬいぐるみがチョコンと置かれていた。青い瞳に映るハイライトが可愛さを増強させていた。そして、寂しさを紛らせていた。
蒸し暑い。汗ばんだTシャツがラップのように皮膚に纏わりついてくる。
暗幕と締め切った窓のおかげで、飛の部屋は密室となっていて、季節も7月終盤と真夏だった。だから、サウナのように湿気が籠っていた。
そこで飛は引き出しから、火照ったリモコンを取り出した。飛は冷房の電源を入れた。
しかし、ピッという音が鳴らない。爽涼な風も流れてくれない。
無反応だ。
押しが甘かったのだろうと、再度ボタンを力強く押す。
また反応がなかった。
「単なる故障だろう」
飛は独り言では故障と推察したが、胸中ではただならぬ危機感を覚えていた。
「世界滅亡の片鱗」
脳裏にテロップがそう流れた。
高まる不安に突き飛ばされたかのように暗室を出て、細い廊下を大股で闊歩し、リビングに入った。
四畳半の激狭リビングだ。
軽薄な小型テレビ
デジタル時計
高機能なノートパソコン
真新しい木の椅子
ふわっふわのペンギンクッション。
それらがパズルゲームのように綺麗に整えられ収まっている。
飛が整頓したのではない。最初から整っていたのだ。
人が整頓したとは思えない精確なレイアウトだったのを覚えている。
ニュースを観たいという託けでテレビの電源を点けた。
無反応。やはり電化製品は故障していて、画面は依然として黒いままであった。
電化製品が故障した原因を頭の中で考察した。
停電?
いや、完全に電気は停まっていない。
電気を必要とするスタンドライトが点灯しているから、電気は通っている。
怪電波?
発信源が正体不明の電波なのか。だとしたらその発信源が謎過ぎている。
もしや宇宙災害なのかもしれない。
電波を発する宇宙災害といったら、「巨大太陽フレア」だ。
そういえばさっきから妙に暑い。太陽に異常が生じたのだろう。
何故だか、その根拠のない勘は完璧に当たっていた。
――実は今から八分前。太陽の黒点がフラッシュを起こし、巨大太陽フレアが発生していた。太陽フレアが発生すると黒点が光るのだ。
太陽から紅炎が宇宙へと宙高く放射していった・・・。
巨大太陽フレアは「キャリントンイベント」が有名だ。
1859年、江戸時代の安政の末年にリチャード・キャリントン氏が観測した巨大太陽フレアのことを
「キャリントンイベント」という。
巨大太陽フレアとは一言でいえば、電気に支障を来す宇宙災害のことだが
当時は電報システムしか電気を使っておらず、電報システムの停止や電報用紙の自然発火
電信用の鉄塔が火花を噴いたことぐらいしか、被害は生じなかった。
だが、時は現代――。