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「お姉さんはどんなドレスでも似合うね。困るな」


 困るのはこっちのセリフだ。

 リジ―店を出た私達はひとまず通りにある服屋をひとつひとつ回ることにした。

 テウに念をおして服屋で似合うものを見繕ってもらおうと画策したが、これがいけなかった。テウは私が人形のようにくるくると服を着せ替えられることに快感を抱いたようなのだ。

 ずっと、明言を避けられ、試着させられ続けている。

 もう、へとへとだ。運動もしていないのに、汗が出てきた。


「テウ、遊んでいないできちんと決めて」

「もう終わり? 楽しかったのに」

「それで、どれがよかったの?」


 テウの隣で私の頑張りをみていた店員が苦笑した。


「お嬢様、テウ様からもうすでにデザインはいただいております」


 ん? どういうことだ、デザインって。

 きっとテウを睨むと、朗らかな笑みを湛えていた。


「ですので、寸法をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「……テウ、どういうこと?」

「お姉さんぐらいの身分だと、オーダーメイドなのは普通でしょう? 既製品なんて夜会で着てきたら、幻滅されてしまうよ。でも、お姉さん、夜会慣れしてなさすぎ。再来週から社交界シーズンなんだよ? 夜会服の製作にどの店もてんやわんやしている」

「そうなの?」


 店員は困った笑顔を浮かべて頷いた。


「……悪かったわね。大丈夫なの?」

「はい、テウ様にはいつもお世話になっておりますので頑張らせていただきます」


 リジ―店でも似たような台詞を聞いた。テウは案外顔が広いのだろうか。

 学内とはまるっきり別物のようだ。レゾルールでは虐げられる側なのに、店では貴族然と振舞っている。


「よかったね、お姉さん。じゃあ、採寸してきて」

「ちょっと待って、私が着せ替えられていた理由は?」

「眼福だったよ」


 つまり、全くの徒労だったということか!?

 信じらない。本当に着せ替え人形になっていただけじゃないか。

 服を頼んでくれたのはありがたいと思うが、底意地が悪すぎる!

 結局、婦人に全身を測定された。

 婦人からテウがなぜあの眼鏡をしているのかと問いかけられた。

 いつも来るときはしていないらしい。分からないので首を振ると、あちらだと可愛さが半減しますわねと少し悲しそうに返された。

 テウは眼鏡をいつもはしていないのだろうか。レンズの度は入っていたように思うが。目が悪いのを外に出るときは隠していたのか?

 測定が終わり、外に出るとテウが従者らしき人間と話していた。

 私が声をかけるとテウは緩慢に振り向いた。眉が困ったように下がっている。


「どうしたの?」

「家の方で少し問題があったみたいなんだよね……。お姉さんはデザインを確認してくれる? もしかしたら、気に入らないやつかもしれないし、確認のために」

「家に戻らないの?」

「……戻った方がいいのかもしれないけど。お姉さんとの時間の方が大切だから」


 だが、顔には凄く家に帰りたいという苦悩が滲んでいる。重大なことが起こったのに、私が王族だから付き合わなくてならないと思っているのだろうか?


「いいわよ、帰ったら?」

「……ほんとに?」

「デザインぐらい自分で確認できるし、表には馬車が止まっているから帰れるわ。……緊急なの? 馬車使う?」

「ううん。馬車はあるんだ。でも、ほんとに大丈夫? 一人で帰るなんて……近頃王都は物騒なんだ。切り裂き魔も出没しているって」

「いいから、早く行きなさいよ」


 逡巡ののち、テウはばいばいと手を振って店を出て行った。私は店員に事情を話したあと、デザインを見せてもらった。

 青い煌びやかなドレスだ。どこかオリエンタルな雰囲気がある。光沢のある滑らかな生地に細かく砕いた宝石を飾り付けるみたいだ。それでも上品な仕上がりになるのだと言う。

 ほへえと感嘆するしかなかった。私に似合うのかもわからない。

 服ができ仕上がり次第学校の方に送るようにして貰う。

 代金はその時にと言うとにっこりとして店員に言われた。


「テウ様がお支払いになるとのことでございます」


 目をパチクリさせて、驚くとくすくすと笑われた。

 テウって女慣れしているのだなとバカみたいな感想を抱いた。




「あら?」


 御者が煙草を吹かして待っているはずなのに、馬車ごと消えていた。あたりを見渡すと、貴族用と分かる四頭馬車の御者が人のいい顔をして私に話しかけてきた。

 二十代半ばの赤ら顔の男だった。浅黒く日焼けしていた。


「お嬢様、あんたのとこの御者は、馬が突然暴れ出してどっか運ばれていきましたよ」

「……運ばれていった?」

「よろしければ俺の馬車に乗って行きやせんか。なあに、ご主人様はまだ思案の最中でさあ。少しぐらい居なくなっても構いはしねえだろうよ」


 男と距離を取ろうと下がると、足を一歩踏み出して近付かれる。

 暴れ馬が出たならばもっと騒然となったはずだ。そんな気配はなかった。

 馬車ごとないのはどう言うことだ?

 くそ、頭が回らない。ただ、目の前のこの男について行ってはいけないのは分かる。

 貴族の御者を装っているが、とんでもない。先程から血の臭いが男からしているのだ。

 御者の服を奪うために、元々の御者を殺したのだろうか。

 御者になりすましているつもりなのだろうが仕草から口調まで御者らしさが微塵もない。

 ちらりと視線を後方に投げると、汚れた身なりの男達が私を取り囲むように近付いて来ていた。

 バレたと勘付いたのだろう。御者の男が表面的なにこやかさを取り払って私の腕を掴んだ。


「第四王女カルディアだな? 俺達と来てもらおうか」


 心は一瞬で決まった。

 男の足を靴で踏み抜く。

 身を翻すと、近くの店に入った。店員のおべっかを無視して裏口を探して出る。

 後ろから、荒くれ者達の声が聞こえてくる。分かってはいたがやはりあたりに仲間がいたのか。

 裏口の先は入り組んだ小道になっていた。浮浪者が不審そうに私を見遣る。

 以前のことを踏まえて靴を低いやつにしていてよかった。

 今度は走る練習もした方がいいかもしれない。でたらめに曲がりながら、後ろの男達を巻くために全力で走る。

 空気が一瞬、時を止める。次の瞬間、風を切る音が耳朶を叩く。

 はあはあと自分の吐息だけが熱っぽく体の内側から聞こえてくる。

 あいつらは誰に雇われたのだろう。

 聖塔の過激派か、それとも王妃の手のものか。

 命を取ろうとしているのか、誘拐しようとしているのか。

 リストのように売られる可能性もあるかもしれない。

 とにかく、逃げるしかない。

 赤ん坊を抱えた女性が私にすり寄ってきた。お恵みをと言ってくる。

 痩せた子供も同じように、私の前に現れて、じいと恨みがましげに見つめてきた。

 気が付けば、裏路地にいる連中に囲まれていた。

 後ろに身に着けていた腕輪を投げる。彼らが奇声を上げながら、取り合いをしていた。

 脇を抜けて角を曲がる。王都は午後六時でもまだまだ明るい。

 薄暗い路地にいても、青空が広がっているのが分かる。


「ああ、もう、ほんとなんなのよ!」


 引きこもりの私は、死ぬ気で走った。だが、一時間後、追ってきた男達に捕らえられてしまった。



「は、は、は、はっ。てめえ、ほんとに女かよ。ちょこまかと逃げやがって」

「……!」


 もう動けなかった。倒れこむように男の足元に倒れこむ。ばくばくと心臓が大きな音を立てている。


「大将、まじ、一回休ませてもらっていいっすか」


 声が出ない。喉がからからだ。一生分走ったのではないだろうか。


「うっせえ。さっさと運ばねえと減給されんぞ」

「うげえ、まじ見合わないすよ、この仕事」

「ほら、この姫様背負え」


 体を無理矢理立たせられ、背中に背負われた。馭者服の男が、私の目の前に立って汚く罵ってきた。


「くそ女め、てめえなんてすぐ売られちまうんだよ。いいか! てめえなんか売女以下だ!」


 うるさい。こっちは息をするのもつらいのだ。いらいらさせないでほしい。言い返したくなる。足を踏まれたぐらいでそんなに叫ばないでほしい。


「つーか、こいつ少し痛い目に合わせていいんじゃねえのかよ」

「おい」

「いいじゃないっすか、おれもお貴族様を味わいたい!」


 はあ?!

 腕を何度も振り上げて背中をぺちぺち叩く。

 だが全く力が入らない。男に抵抗だと思われていないのか手を払われることもない。

 泣いてはだめだ。涙で前が見えなければ上手く逃げられない。

 逃げる隙を見逃さないようにしなくてはならない。

 それでも胸はぎゅっと切なく絞られる。誰かに助けてと泣き言を言いたくなった。

 ギスラン。

 無意識にあの泣き虫な幼馴染のことを考えていた。ギスランは私が拐われたと知ったらすぐ駆けつけてくれるだろうか?

 こんなことならイルは連れてくるべきだった!

 自戒の念で頭の中がいっぱいになっているときだった。

 雪のように真っ白な男が頭上から降ってきた。



 純白の異国の服。白い頭。褐色の肌。

 そして、充血した赤黒い瞳。


「何もんだこいつ!」

「護衛か?」

「護衛? そこの君、貴族なの?」


 滑らかなライドル語だった。

 だが、目の前にいるのは、フォードで暴れまわったレイ族の男の姿をしている。

 足首まで伸びた特徴的な洋服を着ていたせいで、見逃しそうになったが、充血した瞳と白くなった髪は見間違いようもない。


「なにふざけたこといってやがる! 邪魔だ、死ね!」

「いや、ちょっと大将、こいつって……?」

「うるせえ、そうでも、ここでぶっ殺してやる」

「野蛮な民族だな」


 レイ族の男は建物のくぼみに足をかけると、軽々と宙を舞った。

 優美な円を描いて馭者服の男の肩に飛び乗ると、そのまま、足で首を締めあげた。

 ぱたんと倒れこむ馭者服の男をみて周りの奴が殴りかかっていく。それを華麗にかわして足蹴りを食らわせる。強烈な蹴りだったせいで、男は建物に強かに背中を打ち付けた。


「死にたくないなら、今すぐ去ったほうが賢明だよ。それとも死にたいのか?」

「てめえの服、やっぱりあのランファ野郎の店の奴か」

「まじでやばいっすよ、大将。ランファに睨まれちゃあ、今後の仕事に支障が出ます」

「ちっ、ひくぞ!」


 男達が大きな足音を立てながら、逃げ去っていく。馭者服の男は置き去りにしたままだった。

 レイ族の男は、その男の懐から財布を取り出すと、中身を物色し始めた。


「やっぱり、移民か。実入りが少ない」


 どういうことだろうか。さっきの奴らが、移民だというのだろうか。

 今まで移民に抱いていた可哀そうという感情が消えていく。あんな野蛮な行為をするのが、彼らのやり方なのだろうか。

 そういえば、カンド達も移民のことを嫌っていた。


「助けてくれてありがとう」


 言葉に反応してちらりと振り返ったレイ族の男は、財布の中身をポケットに詰め込むと、妙に媚を売った顔をした。


「僕はランファ商会のものです。お嬢さん、よければ安全なところまでご案内いたします」


 早変わりのような態度の豹変に戸惑いつつ、お願いする。

 手を差し出された。エスコートしてくれるらしい。手を重ねると、渋面をされた。

 ん、なぜだ?


「金は?」

「金?」

「はあ? 本当に言ってるの、君。いいご身分だね。ただの娼婦だったってわけ? お嬢様だっていうから助けたのに」

「はあ?!」


 あんまりな物言いに奇声を上げると、さっきまでの媚を売る顔を消し去った男は、私を冷ややかに見つめてきた。


「この世は信用ならないからね。前払いが基本。払えないなら、僕の客じゃない。あー! 金にならない労働をしちゃった!」

「な、なんなのよ!」


 お金目的に助けたのか!? この男、指名手配されている身分で肝が据わりすぎていないだろうか。だいたい、ランファって、リストを誘拐した元凶の民族ではなかったか。


「ねえ、パトロンとか……いないよな、その容姿じゃあ。その身で返してもらうにも、顔がなあ。つうか、体つきもちょっと残念だし」

「私のこと、侮辱しすぎよ!」

「じゃあ、今すぐ金払ってよ」


 ぐっと声を押し殺す。逃げるときに装飾品の類はすべて投げ捨ててしまった。今頃、道にいた彼らの持ち物になっているはずだ。


「今は無理よ! レゾルールに戻ればどうにかなるかもしれないけれど」

「レゾルール? なんだっけそれ。うーん、蘭王の旦那が言っていた気がする」

「学校よ。レゾルール、フォード。王都にある二つのうちの一つ!」


 言い終わった瞬間、レイ族の男に押し倒される。ぎゃっと汚い悲鳴を上げて路地に頭をぶつけた。


「学校って言った?」


 馬乗りになったレイ族の男の瞳は物騒な光を放っていた。まるで、親の仇を見つけたような、ぞっとするような強烈な憎しみが浮かんでいる。


「……やっぱり、お前、フォードにいたレイ族の男ね」

「あの学校にいたのか、君」

「ええ、お前の対となる女に襲われたの」


 ぎっちと歯を食いしばる音が間近で聞こえた。


「あれは僕の対じゃない。セラは既婚者だ」

「セラ? あのレイ族の女のこと?」

「彼女はやはり、死んだのだな?」

「なんでそのことを……」

「君の顔を見てれば嫌でも分かる! ……やはり、守れなかったか!」


 レイ族の男は泣いていた。海の底から彼を見た時と同じように、唸るように嗚咽を漏らしていた。

 死体はどうなったのか、言えなかった。もっと辱められている可能性すらあるのだ。

 私も唇を噛む。彼の悲しみが乗り移ったように、胸が苦しい。


「……探しにもいかなったのに悲しむなんて、厚顔無恥も甚だしいか」


 自分の心臓を切りつけるような言葉放って、レイ族の男は自嘲した。


「セラは最後どうだった?」

「聞いてもいい思いはしないわ」

「言え。でなければ、首をへし折る」


 縋る声だった。脅す声ではなかった。

 言うか、言わないか悩んだ。

 そして、どこまで言うのかも同じぐらい悩んだ。

 正直に言うのは抵抗があった。どうしても、殺されたセラという女性を悪く言いそうだった。


「一人の腕を食べて、一人を丸のみにしたわ。最後は、私を食い殺そうとして、殺された」


 男が息を呑む。憎悪の炎が私を燃やし尽くそうとするように向けられる。

 私は彼の血走った瞳をずっと見続けた。

 首に彼の手が近づいてくる。爪は何枚も剥げていて、何度も指の骨を折られたのか、変な方向に少しずつ曲がっている。地獄の窯に住んでいたのだろうと思った。その窯のなかで何度も、人権を壊され、ぼろぼろの雑巾のようにされたのだろう。

 薄い膜を張った瞳から涙が零れた。


「君を殺したい」

「そう」

「君の名前は?」

「……カルディア。この国の第四王女よ」


 目を見開いた男の唇はひび割れていた。


「僕はラー。君の国が買い取ったレイ族の部族長の息子」


 彼が喋るたびに見え隠れする舌には、奴隷の証である紋章が刻まれていた。


「君達となにも変わらない人間だ」


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