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どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。  作者: 夏目
一章 『夜の女王とミミズク』
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7

 目を覚ましたのは、リストの部屋だった。

 さっきまでのことを夢だったのだと笑い飛ばしてやりたかった。だが、ちくちくと地味に痛む足がそれを否定する。

 人の心を、踏み躙るような陰惨な現実だ。

 本当に命を狙われ、もう少しで死ぬところだった。


 視力は不自由ない程度に戻っていた。だが、恐らく、かなり落ちている。精神的に参って一時的に下がっているのだと思い込みたい。

 私は髪を触って、部屋のなかを見渡した。

 青色を見ると、興奮を抑制できるらしい。その色彩学を応用したのが、リストの部屋だ。

 ギスランの部屋は赤、リストの部屋は青。

 血の気が引くような、真っ青な部屋だ。

 猫足のソファーから見える陶磁器も、自動琴も、机も、椅子の背もたれの色も、本棚に並ぶ本の装丁も、青。己に与えられた赤という色が嫌いなのではと疑いたくなるほどだ。

 ギスランとは別の意味でへんてこな部屋の中には、私を除いて三人がいる。

 部屋の主であるリスト。

 そっぽをむくギスラン。

 そして、居心地が悪そうにそわそわするダン。

 この王宮魔術師、権力に阿りやすく、リストみたいな清廉潔白な人間を苦手としている。

 権謀術数に長けるせいか、軍人とも騎士とも仲がよくないのが、魔術師ーー清族の特徴だ。だからこそ、どこか落ち着きなく、瞳を忙しなく動かし、意識を霧散させているようだ。

 リストは先ほど侍女が持ってきた書類に目を通している。

  見過ぎたのがいけなかったのか、リストが煩わしそうに顔を上げる。大きく溜息をつかれた。

 なんだ、その反応は。

 つい、いらっときて喧嘩を売りそうになっていると、そっぽをむいていたギスランがやってきて、私の目をぽふりと覆った。


「リスト様、カルディア姫を見過ぎでは?」


 こら、なぜ私が被害に遭っている?

 塞ぐならリストの目を塞げ。

 ぺちぺちと叩いてギスランの手の位置をずらす。


「視線でカルディア姫を辱めようと? 卑劣です」

「不気味なことを囀るな、ギスラン・ロイスター」


 リストは冷ややかな眼差しで睥睨すると、書類を机の上に投げた。

 それを興味深げに見つめ、ダンが膝を折る。

 ぷいっと視線をリストから逸らして、ギスランはむくれた。


「カルディア姫を不埒な目でみないでいただきたい」

「あのなあ、俺が大変、悪趣味だと言いたいのか?」

「それ、どういう意味よ」


 私自身が悪趣味だと言いたいようじゃないか、こいつ。


「言葉通りだ。カルディアを好きだと血迷ったことを言う人間はギスラン・ロイスターみたいに悪趣味な嗜好を耽溺するやつらばかりだろう」


 リストめ、人をなんだと思っている。心を持たない化物とでも?


「リスト、お前ね」

「悪趣味で結構ですが? そういうリスト様はさぞ高尚な嗜好をお持ちなのでしょうね? 羨ましい限りだ」

「そうだな、お前よりはいくぶんかましだろうよ」


 何日か見ないうちに仲が悪くなっていないか。こいつら。

 普通、危機が去ったあとなのだから、連帯感が生まれていて然るべきだと思うが。


「平民を虐げるのが高尚とは知りませんでした。私も勉強が足りぬようです」

「下位の者を躾けるのは高位の者の義務だろう」

「あれを躾と呼ぶのですか? 野蛮という言葉をご存知ですか」

「身分を弁えぬ無礼者の名なら知っているが?」

「よくご存知のようだ。己のことを」

「お前は自分のことを正しく認識できていないらしい」


 バチバチと火花が散っている。これは、もっとやれといい感じに野次るべきか?

 二人がこうも啀み合う図は珍しい。

 困惑気味の私を、書類を読み終えたダンがきょとりと見つめる。

 ダンは、ギスランと血が繋がっていることもあり、整った甘い顔立ちをしている。

 三十半ばらしいが、童顔のせいで十歳ほど若く見える。殆どの清族がそうであるように、色恋には疎く、知識欲と謀略、暗躍が大好き。じめじめとした地下の図書館をくれてやればうきうきと一ヶ月本を読み耽る、清族の手本のような人物だ。

 そそそと鮮やかな色の衣を揺らさぬように注意して近付いてくる。ダンはおしゃれだ。よくみると首飾りや腕輪、髪留めがいちいち凝っている。特に耳飾りは豪華で、緑色の小さな羽をサファイアと合わせてつけていた。


「カルディア姫のほうが明らかに慈愛に溢れております」

「カルディアに慈愛の精神があったとは驚きだ。女神の話ではないだろうな」

「……私が讃えるのはここにいらっしゃるカルディア姫のみです」


 だんだん気恥ずかしくなってきた。

 ギスランが手放しで褒めるので、調子に乗ってしまいそう。

 近寄ってきたダンが私の指を軽く揺すった。

 合図のかわりに、顔を向ける。


「カルディア様、本が読みたいのですが」

「リストの部屋にある本なのに私が許可を出せないわよ」

「たいへん、面白そうなのに……残念だ」


 しょぼんと青が並ぶ本棚を物欲しそうに見つめている。その姿、ギスランと少し似ている。

 血筋か、人に罪悪感を抱かせるのがうまい。


「リスト様とギスランは、いつ話終わるのだろう」

「最年長なのだから、お前が止めてくればすぐ終わるわよ」


 ダンは困った風に私の座っているソファーに手をついた。わ、こいつ、指にはめている指輪も豪華だ。貴族の女より金をかけているのではないだろうか。


「ギスランだけならまだしも、リスト様の言葉を遮る気にはなりません」

「お前ね」

「カルディア様、清族は権力に弱い生き物だ」


 自信満々に言うことか、それ。

 白眼でにらんだせいか、ダンは慌てて言葉を付け足した。


「五階級のなかでもっとも女神に近いが故、高貴なお方には逆らえぬ」

「そういえば、清族は血統を第一と考えるのだったわね」

「血とは貴きものである。清族はそう考えるので。女神が愛した男神の体をきりわけ生まれた我ら。そのなかでも、王族の方々は神聖の象徴である唇から生まれ出た。女神の髪を撫で、女神の欠片が宿ってしまった手から生まれた清族は、恋う男神の面影を王族に見出すのです」

「聖書の創世記に書かれた逸話ね。この世界を作った女神カルディアは、逞しく心優しい男神に身を焦がす恋をした。男神もまた女神に惹かれ、二人は夫婦となるが、あるとき男神が慈しむべき死を花に訪れさせなかったため、死の神が男神に死を与えてしまう」

「男神の死後、その体は我ら人の形を成した。例えば神聖の象徴、唇は王族へと、女神を撫でた手は清族へと、土を踏み穢れた足は貧族へと変わった。階級があるのはこのためであるとされております」


 宗教的には五階級の階級制度を肯定的に見ている。そもそもそうでなければ、国教にならないだろうが。


「清族たる我らは女神の欠片が紛れ、王族への愛情が貴族より深い。二百年前、王政復古に尽力したのも清族であることはご存知か?」

「そういえば、そうだったわね」


 二百年前の革命後に再び王政に復活したときは、清族が力を貸したと言われている。当時からナイル家は名門と有名で、王軍の主力であったときく。下手な貴族よりも、王族との関わりは深い。


「王族を尊敬しているわたしに無体なことをお命じくださるな」

「だけど、こいつらを放置しておくのも問題でしょう」


 言い争いをしている二人にちらりと目をやる。

 さっきより口調が荒く、ギスランなど、王族への言葉遣いではなくなっている。まるで子供の喧嘩だ。


「カルディアが女神だとしたらとんだ国だ。慈悲とはなにか改めるいい機会になる」

「その軽率な中傷が愛しい方に深い傷をつくる。喉を絞め殺してやりたいと前々から思っていたので、実行しても?」

「さきほどから耳障りな言葉ばかり耳朶に触れる。傲然とした物言い、極刑に値するな」

「たかだか、宰相一族風情が王族の真似事など、昔から気に食わぬことでした」

「真似事? 気に食わぬ? はっ、妬ましいだけだろうに。カルディアとそんなに懇ろになりたいと?」

「耳を削いでしまいましょう。少しは不用意な言葉を慎まれるようになるやも」

「残酷なことだ。カルディアにもそうやって脅したのか。なるほど、暴馬のあいつが従うわけだ」

「誤解なさっておいでのようだ。カルディア姫と私は相思相愛の仲。幾年過ぎようと側にいたいと望むのは世のさだめのようなもの」


 ギスランが自然に嘘をついたぞ。

 誰が相思相愛の仲だ。仲良いという主張をしているのか。まあ、確かに表面的に仲良くみせつつ、裏では愛人と睦み合うというのが貴族のならわしだが。


「口ではなんとでも言える」

「真実を見極める才もないとは。目も潰しましょう」

「そのまえに、偽りばかり口にするその口を塞ぐことだな」

「本当に、気に入らない」

「は、今更だろう。昔から、お互いに」


 こいつらの喧嘩の原因がもうなんだかわからなくなってきた。

 お互いに罵り合いたかっただけなのか?

 私のことを考えて、今までのことを説明すべきだろうに。いい加減にしろとギスランの手をべちぺちと叩く。

 頭に血がのぼっているせいか、反応がない。どすっと頭で背中に突っ込む。さすがに振り向かれた。

 私は喉がかわいている。


「紅茶」

「は、はい」


 条件反射でギスランは反応すると紅茶を侍女に取りに行くように命令した。

 喧嘩を遮られたリストは、怒りを露わにしたが、すぐに冷静になったらしくに私から顔を背けた。

 ギスランが紅茶を手に持ちかえってくると、机にティーセットを置き、いつものように準備をしはじめる。


「ギスラン、それは侍女の役目だろうに」


 諫言するダンを一見し、ギスランは私の肩を抱き寄せた。


「魔術師程度がカルディア姫に近寄らないでいただけますか」

「そうではなく」

「我ら貴族に逆らうという? 首を刎ねてよいのでしょうか?」


 お前は童話に出てくる首刈り王か。

 気に入らない気に入らないと次々と跳ね飛ばしていく驕傲な王みたく、この間から首を刎ね飛ばしたくて仕方がないらしい。処刑人のようでもある。貴族の癖に。


「ダン、口を出すと首がころころ床に転がるはめになるわよ」

「わ、わかりました」


 ギスランは跪いて、私に紅茶を飲ませる。アップルティーだ。じんわりと爽やかな甘さが口の中に広がる。

 一息ついて、真正面にいるリストに尋ねた。


「それで、どういうことなの?」

「どういうこと、とは?」

「この数日起こった出来事よ。あいにくと私は自分の部屋が荒らされたことと襲撃されたこと以外、ろくにしらないわよ」

「ギスラン・ロイスター」


 ぎりと音を立てる勢いでリストがギスランを睨みつけた。ぴりっと肌が騒つく。


「カルディアへ説明していなかったのか?」

「お心を惑わせる必要はないと思いましたので」

「どうりで、カルディアが大人しいと思った」

「どういうこと?」

「ギスラン・ロイスター。説明すべきだ。その口で」

 

 戸惑ったようにギスランの瞳が儚げに揺らいだ。


「ですが」

「言わないならば俺が言おうか? カルディアが軽率な中傷で傷付く女ならば、病むようなことまでな」

「悪辣な方だ。本当に始末してしまいたい……」


 ギスランはぎゅうっと目頭に皺を寄せると、仕方がないというように目を開けた。


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