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どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。  作者: 夏目
一章 『夜の女王とミミズク』
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5

 目を開けたら、見知らぬ部屋にいた。

 いや、知らないという認識はあっていない。

 私は、この光景を一度見ている。

 だが、瞬きのような時間しかこの光景を見てから経っていないはずだ。

 起き上がり、あたりを見渡す。

 カーテンの隙間から細く覗く光の線。部屋の中は、仄暗いが見えないほどではない。赤なのに、質素だと思うのは家具の少なさのせい。

 ギスラン・ロイスターの寝室だ。

 頭の中に残る睡魔を振り払う。体がまだ睡眠を求めている。体が溶けているのかもと疑うほど感覚が鈍い。

 魯鈍で、指と指を擦り合わせても触感がない。

 記憶の箱を開く。ギスランが朝食を準備し、私に甲斐甲斐しく食べさせた。

 そこまではきちんと覚えている。

  そのあと紅茶を飲んで、しばらく会談した。ぬいぐるみが好きだという話になり、ギスランが毎日贈ると貢ぐ宣言をしたことだけ覚えている。

 それから、記憶が曖昧だ。昨日……昨日なのか? と同じように意識が混濁し、意識が途絶えた。

 どうなっているのだろう。何日も気絶するように眠るほど疲れていたのか。風邪にでもかかったのか?

 寝台を降りようとして、既視感が襲った。

 ギスランに手を繋がれていた。

  さっきのように甘い顔はしていられない。

 揺すり起こす。


「ギスラン、また私寝てしまったの?」

「また?」


 ギスランは目を擦りながら、へにょりとだらしなく笑った。


「また、とは? カルディア姫は水をかけられたせいで気疲れし、寝てしまわれたのではなかったのですか」

「は? いや、一度起きたでしょう。お前が、朝食をせめてと懇願した」

「可愛い……寝ぼけていらっしゃる?」


 どういうことだ? さっきまでの会話はなに?

 ペンギン紳士は?

 頭が混乱してきた。もしかして、さっきまでのことは夢ということか?

 たまに、現実と見紛うような夢を見るときはある。起きた時、もしかしたら、まだ夢を見ているのかもと疑うような、そっくりな世界。その世界だったというのか。


「それとも、もしかして夢を?」


 急にギスランが嬉しそうに声を弾ませた。


「私の夢を? そこまで思って下さるなんて、光栄です」

「違う!」


 なんて誤解を!

 いや、誤解ではないようなのだが。

 さっきまでのことは全て夢だったということなのか。

 毛布に包まれた姿は、寝たときとも夢で起きた時とも同じだ。

 わけが分からなくなる。どんな夢を見ているのだ、私は。


「カルディア姫、朝食をお取りになりますでしょう? 用意しています」

「今、何時?」

「授業が始まる二時間前です。すこし、早過ぎました」

「そう」


  ならば、朝食を取る時間はあるか。

  奇妙な違和感を残しつつ、私はギスランに導かれるまま、ソファーがある部屋へ移動した。


 ソファーには、夢で見たとおりぬいぐるみが沢山積まれていたが、ペンギン紳士はいなかった。

 ぬいぐるみの山の中から、フクロウのぬいぐるみを発見し愛でる。

 ギスランは私を複雑そうに見つめていた。

 侍女が朝食の準備をし終わると、黒い机には二人では到底食べ尽くせない量の食事が並んだ。朝食べるような量ではない。

  瞠目している私を無視して、ギスランが私になにから食べたいかお伺いを立ててきた。

 パンと答えるとパンを一口。スープと言うとスープをひとすくい。フルーツと言えば一口サイズに刻んで。魚のムニエルも羊のポワレも細々と口の中へ。まるでそういう絡繰人形のように私に食事をとらせる。

 ギスランはそれを嬉々として行っていた。貴族ではなく、貧民に生まれたほうがよかったのではなかろうか。ギスランとしても、私としても。これだけ、世話を焼くのが好きならば。

 食事を終えると、紅茶が用意される。

 いつものように毒味をして、ギスランが飲ませてくれる。

 薔薇のジャムが入っているらしい。

 ほんのり、甘く、香り高い。

 幸せをのみこんでいるよう。なにもかもを許してしまえるほど、寛大な心を持っていると錯覚するほど。

 紅茶を飲みほすと、ギスランが尋ねた。

 そのぬいぐるみと私と、どちらがお好きですか。

 どこかで聞いたような言葉だった。だが、どこで聞いたのか、分からなくなる。夢? それとも現実で?

 どうだっただろうか。

 私は寛大な心で、ギスランの髪を撫でてやった。

 ギスランはとても驚き、幸せそうに微笑んだ。

 いつもそうしているといい。そう思うほど、屈託のない笑顔だった。



 意識が混濁する。

 薄れ行く自我の中、私は花園にいた。

 虫が去っていく。虹が消えていく。花は枯れ、貧民の顔が見えない。だが、私は女神の像を眺めているときと同じように厳粛な気持ちになった。

 退廃的光景なのに、自然なことだと認識している自分がいる。虫は去り、虹は消え、花は枯れ、顔も思い出せなくなる。それは正しいことなのだ。時間は進み、留まることはできない。朝が来て夜が更けまた朝が来る。それが自然の摂理。誰もが知る不可避な現象だ。

 移りゆくが故に美を見出し、哀愁を覚え、感傷に浸る。流転は死まで続く長い道のようだ。

 私はふと目線を下げた。

 私の手は、骨だけになっていた。



 恐怖で飛び上がった。

 骨だけの手。鏡を覗き込んだら、死神のような姿だったに違いない。

 確認するため、手を掲げようとして、指の先に温かな感触があることに気付く。

 寝台に顔をつけて、穏やかな寝息を立てている男ーーギスラン。

 なぜ、こいつが私の寝室にいるのだろう。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、答えを探す。

 ギスランといる理由。全く、分からない。

 叩き起こして部屋から追い出すべきだと思い、肩を揺さぶろうとして、気がつく。

 この部屋は、私の寝室じゃない。

 気がついたと同時に現実か夢か分からない記憶がよみがえる。この部屋はギスランの寝室。

 私はギスランを起こすと朝食を食べて、そのまま寝てしまう。

 何度も同じことを繰り返す。時間が巻き戻っているよう。それともこの記憶は夢のなかのことなのだろうか。

 ちらりと見ると、カーテンの隙間からは清浄な月光が顔を出していた。部屋のなかは暗く、近くにいるギスラン以外、ろくに見えない。

 夜なのか。

 記憶のどれもが朝だっただけに、混乱する。

 まだ夢を見ているのだろうか。

 頬をつねる。痛みを感じるが、どこか鈍い。現実に痛みを感じているのか、痛みを感じている夢をみているのか、判断がつかなかった。


「夢か現か、寝てか覚めてかーーか。酷い悪夢ね」


 寝台から抜け出し、手探りで外へ続く扉を探す。今がいつなのか、いったいどこまでが夢で、どこからが現実なのか確かめたかった。

 壁をつたい、音を立てないように部屋を移動する。意外に早く取手がついた扉を発見することができた。

 扉を開けて、ソファーのある部屋へ。

 窓にはカーテンが広げられていなかった。星々を従えて満月が私を見下ろしていた。

 高圧的な光の粒子が部屋中を照らしている。

 ソファーの近くには小山ほどのぬいぐるみの山。そして、なにかがソファーの上にボロボロになって置かれていた。

 目を細め、それがなにかをよく見てみる。

 フクロウのぬいぐるみだ。目玉がとれ、綿が飛び出ている。嘴がヘロヘロとなっていた。鋭利なもので裂かれたのか、切り口は鋭い。

 背筋を言いようもない恐ろしさがかけた。なぜ、フクロウのぬいぐるみが切り裂かれているのか。

 フクロウのぬいぐるみ。私が愛でていたはずだ。

 そういえば、なぜペンギン紳士がいないのか、あのとき思った気がする。

 脳がじくじくと痛む。どうして、こんな無残な姿になったのか。


「カルディア姫」


 後ろから声が聞こえたと思ったら、首に手を回されていた。人の体温が背中にあった。

 ギスラン・ロイスター。

 起きていたのか。

 扉の開閉音はしなかった。聞き耳を立てていたとは言わないが、警戒はしていたはずだ。それなのに気がつかなかった。ぞっとした。

 ギスランは後ろから耳を擽るように声を出した。


「このような時間に悪戯をなさっているのですか?」


 子供染みた楽しそうな声だ。ギスランの喉が鳴る。


「ギスラン、このぬいぐるみは?」

「カルディア姫ったら、私の質問には答えて下さらないのにぬいぐるみには関心があると? なんだか、複雑な気分です」

「ギスラン、答えなさい」

「しかたないから教えて差し上げる。カルディア姫は私に言うことをきかせるのがお上手なのですから」


 穏やかな笑い声にいっそう緊張してしまう。


「このぬいぐるみに苛立ちましたので」

「苛立った?」

「ええ、不愉快でしたので」

「それは、なぜ?」

「それを貴女様がお聞きになりますか?」


  ギスランは甘く責めるような声で聞き返した。


「ギスラン、私はこの頃、おかしな夢を見ていた。何度も繰り返す、拷問のような夢」

「私は出てきましたか?」

「ええ、毎回。でもね、ギスラン。私はそれが現実に起こったことではないかと思うのよ」

「奇怪なことですね? 夢を、現だと言われるとは」

「ええ、自分でも違和感があるわ。目隠しをしたまま生きているみたい」


 それはいいと、ギスランは呟いた。


「目隠ししたら、どこにも行かないでいただけますか。 部屋から出ず、私の側に? それは、とても素晴らしいことです」

「正気じゃない考えね。ギスラン」

「ですが、カルディア姫が私の側から逃げようとするので。脚の腱を痛めれば、目を病めば、手が動かなければ、なんて、考えてしまうのです」

「絶対にやらないこと! いいわね?」


 なにを物騒なことを考えているんだ、この男は! 危うく一人で生活できない体になりそうだ。


「カルディア姫が痛がる姿は辛いのでやめて差し上げる。私を痛めつけているときのカルディア姫が一番好きですので」

「お前、被虐主義なのか加虐主義なのかどちらだか分からなくなってきたわね」


 痛めつけているときの顔ってそもそもどんな顔だ。

 思考の危険度がますます上がった気がする。


「話が逸れたわ。それで、ギスラン。私はお前に多大な疑念を抱いているわ」

「疑念ですか?」

「ええ。お前の中に女神への忠誠が欠片なりとも残っているならば、真実を口にするべきね」

「女神への忠誠などありませんが」


 国教の証である女神への信仰をあっさりと否定したぞ、この男。

 それでもこの国の貴族か?

 この国の貴族は敬虔さと瀆神を兼ね備えている。表裏と言っていい。教会へ資金援助をする傍ら、悪徳に励み、淫行に耽る。

 背徳感を貴族は愛しているのかもしれない。貧民との秘密の恋といい、敬虔で邪悪であることといい。人の善悪と同じで両立する。

 だが、ギスランは信仰を否定した。

 なんだか私を否定された気になったぞ。


「私が奉るのは決まっている。カルディア姫だけ」

「……なんか、複雑だわ」

「なぜ? ああ、カルディア姫は女神と同じ名でしたか。では、カルディア姫が女王となり名を独占してはいかがでしょう」

「そういった歪んだ顕示欲はないのだけど。だいたい、女神から名を取り上げるなんて、不遜だわ」

「そうでしょうか? カルディア姫だけに似合う名ですのに」


  頭を抱えたくなる。なにを言っているのだ、この男は。


「そういえば、この時代にもう一人、カルディア姫と同名がいるとききました」

「そうらしいわね。カルディアは教会からいただく神聖な名。勝手に名乗ることは許されないらしいわね」

「同じ名がもう一人いるなど、許しがたい。もう一人を処罰する気はございませんか?」

「別に名を独占しようだなんて、馬鹿馬鹿しいこと考えていないわよ。だいたい、独占したかといってどうだと? 私の生活に何一つ関わることはないわ」

「ですが、私が嫌です」

「お前の意見はきいていない」


 何か言いたげなギスランの様子に我にかえる。

 先ほどから、巧妙に矛先が逸れている!

 逸れているというか、会話の柱があらぬ方向に変化していくというか、こいつの口車にくるくる乗せられている。



「まあ、今日は特別に奉りなさい。それで? 女神ではなく私に忠誠があるのならば、真実を語りなさい」

「真実と言われましても。カルディア姫はなにももってして真実と?」

「そういう難しい話はやめなさい。直球で聞いてあげる」


 私は威厳を出すために胸をはり、はりついているギスランの腕を数度叩いた。


「ギスラン・ロイスター。紅茶になにをいれているの?」

「それは、いったいどういった意味でしょう?」


 体の向きをギスランに向け直す。

 小首を傾げたギスランが、無邪気に問いかけてくる。


「カルディア姫は私が貴女様に毒でも盛っていると?」

「毒というか、睡眠薬? いえ、なにかおかしな薬というべきかしら? 意識の混濁や突然の睡魔、おかしいとは思っていたのよね」

「まさか。カルディア姫に私が危害を加えるわけございません」

「さっきは脚の腱を斬るとかなんとか……!」

「命をとるつもりなど。ただ、ちょっと一人ではなにもできなくなればよいなと考えただけで」

「ある意味命をとるよりも残酷な行為よね」


 自らの足で歩けない生は鎖に繋がれた罪人のようなものなのでは?

 むっとして睨みつけていると、なにを思ったのかギスランは私の腰を強く抱き寄せた。


「ギスラン」

「カルディア姫は、私が貴女様に残酷な真似をすると? とんだ屈辱です」


 激しい言葉についおどおどする。

 顔は笑っているのに、声が寒々しい。


「それにお忘れですか? 私もカルディア姫と同じ紅茶を飲んでいること。私も同じ薬を摂取していると?」

「あ」


 そうか。失念していた。私が口にしたということは、ギスランも口にしているということだ。食べ物だって、ギスランが一口毒味をしたあとに口に運んだはず。困った。では、本当に夢だった? でも、ならばこのフクロウはなに?

 私、頭がおかしくなったのだろうか。

 積み上げていた真実が崩れ、足元から落下していくような気分だ。


「お、お前だけ解毒剤を飲んでいたのよ!」

「夢の中の私は解毒剤を飲んでいたのですか?」

「そ、それは」


 そんなこと、見た記憶はない。

 言葉につまった私をギスランは侮るように目を皿のように細めて見た。


「カルディア姫は無辜な私を責められるのですか」

「だ、誰が無辜よ」

「では罪があると? 夢の中の私が気に食わぬからとどうして責めるのです?」

「う」


 ギスランの言う通りだ。

 夢見が悪かった。それをギスランのせいにして責めるなんて筋違いだ。

 勝手に罪をつくって、なすりつけて、私はいったいなにをしているんだ。


「カルディア姫、私は酷く傷付きました。ですので」


 ギスランが私の両手を優しく包み込んだ。そのまま胸の前に連れて行かれ、視線がギスランと交わる。瞳は潤み、今にも泣き出しそう。

 さっきから落ち着かない気持ちなのにもっと落ち着かなくなる。

 幼い頃も泣いているギスランをどうしていいかわからなかった。今でも、ギスランが泣くと対処に困る。私が原因で泣いていると思うと特に。胸に優越感に似た汚れた感情が去来するのも、その思いに拍車をかける。

 ギスランは唇を手に押しあてて曇った声色で言った。


「私を好きだと言って下さらない?」

「は?」


 す、好き?


「私のことが一番だと、是非」

「なにを言わせようとしてるのよ!」

「だって、本当のことですので」

「私がお前のことを一番好きだというの!?」

「はい」


 ギスランは迷いなく頷くと、なぜか自分の唇で私の指を食んだ。その行為にぎょっとする私を楽しげに笑う。


「だってカルディア姫は私のことがお好きでしょう?」

「思い上がりも甚だしい! 私が今、斧を持っていればお前に振り上げていたわ」

「私もカルディア姫のことが大好きですので両思いですね」


 これはあれか。私に落ちなかった女はいない的な自慢なのか? 自分がもてるからと誰からも愛されている錯覚に陥るのはよくないことだと窘めたい。


「お前なんかよりこの間会った貧民の方がよほど好ましいと思っているんですからね!」

「貧民?」


 月が雲の中に隠れたのか、部屋の中にしっとりと湿るくらいの夜が広がる。

 再び月が顔を出し、部屋の中にその影を溢れさせたとき、ギスランはぽたりと宝石のような涙を溢した。

 実際にギスランの涙は宝石へと変わり、ころんと床に落ちた。奇声を上げそうになるのをこらえて、ギスランの目元を擦ってやる。久しぶりに見た。ギスランが泣くところ。

 清族として畸形種であるギスランはなぜか涙を流すとそれが宝石に変わるのだ。体内で錬金術がどうだの魔方陣がどうだのとよくわからない仕組みが展開し、精製されるらしい。

 よくわからないが、私の中でギスランがこうやって泣くといいことはない。

 幼い頃、私より姫らしいと言われたギスランだ。いじめると侍女達から陰口を叩かれた。なぜ私たちが仕えるのはこんな不出来な姫なのかと何年も言われ続けた。

 私のせいでないときに泣いても私のせいになるのだ、こいつが泣くと。


「ギスラン! なぜ泣くの?! 男なのだから、もう少し、強くありなさい」

「ですが。あんまりなお言葉でしたので」


  ギスランの泣き顔は、醜さが全くなかった。絵画のような神聖さだけが、顕在化しているようだ。こいつはいくら拷問されても泣き喚かないのではなかろうか。


「貧民がカルディア姫に色目をつかったのですね? ですから、そんな辛いお言葉を」

「色目って」

「抹殺します。ですので、私だけを好きとおっしゃって下さい」

「な」

「それとも本当に貧民を愛人にしたい?」

「あいじん……」

「破廉恥です! カルディア姫は男を誑かしてばかりですか?」


 頭のなかで火の粉が弾けた音がした。

 薪のかわりに暖炉にくべられたような思いだ。

 こいつはなにを言っているんだと心が大暴れしているんだけど……。


「貴女様は数多の男を侍らせるさだめ? ならば、私は嫉妬に狂う夫役ですか」


 お、おかしい。絶望と哀切さを一緒くたにした言葉が吐き出された。きっとなにかの気のせいだと意識を飛ばしてしまいたい。

 ギスランのなかでは私は貧民を愛人にしてしまう王族なのか。そもそも王族は何人も愛人を抱えていなければいけないという誤解を? 確かに父王は妃以外にも子を産ませているけれど……。だいたい愛人が何十といる男に、愛人説を唱えられる私って……。


「どうしましょう。カルディア姫に幾多の男を愛人に持ちたいと懇願されたら。気が狂うあまり、夜毎一人ずつ首を刎ねてしまうかも」


 そういう童話があったなともはや現実逃避に励みたい。


「やはりいけません。カルディア姫は健全に私を思って下さるよう。そうでなければ、貧民の首を明日から一人ずつ刎ねていきます」

「暴君なの!?」

「はい、カルディア姫」

「はい、ではなく! なぜそうなるの。とばっちりもいいところよ。貧民はなに一つ悪いことなどしていないでしょうに」

「ええ、ですので、一番好きなのは私でいて下さるでしょう?」


 屈託なく、ギスランは微笑んだ。

 傲岸不遜に命令するのではなく、あくまで下から忠言するように追い詰め、言うことをきかせる。

 恐ろしい手口だ、ギスラン・ロイスター。

 明日から、貧民の首がごろごろ転がる学校に居たくない私はこくりこくりと頷くしかなかった。

 満足げにその姿を見たギスランは、にこりと口元を緩めて、手と手を絡ませた。


「カルディア姫は本当に可愛らしくて困ります」


 この男の唇を縫い付けて、言葉を出さないようにしてやりたいと強く思った。


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