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どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。  作者: 夏目
一章 『夜の女王とミミズク』
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残酷描写あり

 

「それは、人体実験というわけですか?」


 緊張が走る。鳥人間をつくるために行方不明者達が犠牲になっているのだとトーマは言っているのだ。


「そう。でもなんでそんなことしたかはさっぱりだ。鳥人間の実験はやりつくしてる生きた人間での実験も、死人の実験も、腐るほどやった。今回鳥人間を作るにあたっての主題だったろう清族と他の階級の奴らの体の相性についても数百と被験体をつくって実験した。二つを結びつけるのは糸と金網どちらがより強固かまでやった。今更、反証でもしたいのかよって感じだ」


 生きた人間でも、死んだ人間でも研究をやったことがある? しかも、例が数千あるって。

 清族はいったい、なんの研究をしていたんだ? 知りたいと思っていたはずの清族から飛び出してきた言葉にしり込みする。知ってしまったら戻れなくなるような深い沼があるように思う。


「そういえば、尋ねていなかったが、あの忌々しい化物は何のために作った?」

「あー、ヴィクターの考案で、最初は農地開拓用の機械だったんだよ。牛や馬みたいに耕すときに使えねえかってことで設計図をお遊びでかいた。それが戦時中に兵器としての活用はどうかってことで予算がおりた。でもつくってみたら、燃料食うし、魔石は高いし、骨格はどの生き物でつくるか揉めるし制御も完ぺきとはいかなくて、揉めてる間に戦争が終わってお蔵入りした」

「そのお蔵入りしたもんがなんだって日の目見てるんですか……」

「ヴィクターが資金集めのために売ったってきいたな。あいつ金遣い荒れえから。もちろん、指令下す頭脳部分は抜いてだ。だから、ただの観賞用のはずだったんだが。だれかがお粗末な装置を取り付けたみたいだな。あんなお粗末な頭脳をつくるぐらいなら俺につくらせろよと思った。お遊びで作ったとしか思えなかったし」

「ヴィクターが外因か。困ったことをしてくれたものだ」

「あいつが困ったことやるのはいつものこと」


 ダンがいつか言っていたはずだ。生命を模造するのは神の行為だと。鳥人間は未完成とはいえ、つくること自体重罪ではなかったのか。 

 戦時中というのが免罪符になっているのだろうか。

 そもそも、トーマは十一歳だとこぼしていた。ライドル王国が戦っていたのは数年も前のことだ。トーマはいくつの時からその実験に参加しているのだろう?

 それにしても、ヴィクターか。稀代の科学者が鳥人間という負の遺産を作り出した。皮肉だ。才能は表裏一体というわけなのかもしれない。


「今更、金と時間と命をかけるようなものじゃない。どういうわけだが、馬鹿が馬鹿を繰り返してやがる。前回のことといい鳥人間に対して執拗だな。意図的と言ってすらいい」


 ――意図的か。

 なぜ、そんな事態になったのだろう。

 ギスランを盗み見ると、剣呑な表情で視線を彷徨わせる。やがて疑問が解決したように酷薄な微笑を浮かべた。


「妃は皮肉がお好きですね。悪趣味だ。似姿でも模っているつもりなのでしょう。私に貴女様を殺させたいらしい」

「……あの女が、鳥人間を作らせた?」

「おそらくは。いろいろな思惑が渦巻いているようだ。一番最初と今回用意された鳥人間にレイ族、そして結界の消失。紐解くとは容易ではなさそうだ」


 ちりちりと憤怒の火が燃えている。あの女、あの女!

 私に襲い掛かる有害な現象は全てあの女のせいではないのか。それほど憎いならば、自分で殺しに来るといいのに。


「一度目の鳥人間は、『聖塔』の過激派が仕組んだことだと聞いたわ。王族の権威を失墜させ、非難を誘うために私が選ばれた。私は王の子供としては、厄介な立場にあるもの。敵も多い」

「うーん? つうか、お姫様が標的に選ばれた理由がお妃様の指示だったのでは? そういえば、『聖塔』の集会にこっそり潜り込んだとき、名前は伏せるが我々を支援するパトロンがいるとかなんとか言ってましたし」

「そうなの?」


 潜入捜査をやっていたのか。イルは眼鏡をあげながら頷いた。


「まあ、おそらく探ってもお妃様に辿り着かないようにしてはいるんでしょうけれど。トーマ様達が作った鳥人間はいわば門外不出の研究だったわけでしょ? ほいほい作れるもんでもないはず。ならば、今回と前回の鳥人間を作ってる奴は同じでは?」

「ギスラン様。確かにイルの言うことにも一理ある。鳥人間は素人がほいほい作れるもんじゃねえ。作れるのは清族だけだろうが、基本的に清族ではああいった鳥人間を作るのは禁忌とされている。とはいえ断定するには調べが必要だな。所感では、判断できねえ。――だが、そうだな。清族の失踪者も一緒に行方不明者と繋ぎ合わされてた。あいつら作るのを拒んだ連中かもしれねえな。どうりで清族の失踪者の何人かが一度目の鳥人間の襲撃前に姿を消しているはずだ」

「殺された清族とは別に脅されたもの達がいて、そいつらがこの学校で鳥人間をつくっていたということか」

「たぶんな。それを考えると、レイ族は鳥人間とは反対の性質を持ってやがる。鳥人間とレイ族の一件は別の人物による犯行だな」


 ふーっと長い吐息を吹き出し、トーマが歩き出した。


「トーマ」

「死に神が謁見を許可したらしい。こちらだ。話しながら考えた方が思考がまとまりやすい」


 トーマがすたすたと杖をついて軽快に歩いていく。

 ギスランが私の手を握り、エスコートしてくれる。不安と焦り、そしてあの女への憎悪で乱れた内腑が爛れそうなほど熱かった。



「対立していると結論付けた理由は二つ。一つ、そもそも、そこの姫とやらを陥れるつもりならば、二種類の暗殺者は必要ないからだ。鳥人間をわざわざつくらせたんだ、使わない道理はない。皆々様に見せるために御開帳しねえとな? 執拗にギスラン様に疑似的に殺させたい欲求を持つ奴が、ここにきて計画を変更はしないだろ」


 トーマの歩みはしっかりとしている。寄ってくる魚達を避けながら、彼の真っ白の背中を追い掛ける。

 トーマの後ろをギスラン、私、イルとサラザーヌ公爵令嬢、そしてハルが続く。ミミズクは自由に私の近くにいると思ったらトーマの横にいたり、逆走してハルと歩調を合わせたりしていた。


「二つ、サラザーヌ公爵の言葉だ。レイ族について、貧民と平民しか襲わないように調教していると言ったらしいな。それが、馬鹿げた妄言であろうと、コンセプトは高潔ぶってやがった。つまり、標的は貧民と平民。王族も貴族も清族も的になっちゃいない。つうことは、最終的には、姫様を殺したい鳥人間チームとは考え方が合致しねえ」

「むしろ、俺としては貧民や平民への異種返しのように思えますけどね。だけど、トーマ様。俺は『聖塔』が鳥人間をつくったときいてるんですがね? 清族ではなく」

「……『聖塔』の過激派か。あってるよ。あいつらが、清族につくらせたんだろ」


 トーマは腕を上げ下げする。ばさばさと服ずれの音がした。


「まず最初に王族に打撃をあたえるという命題が『聖塔』の過激派から起こった。革命の日よ、はやく来たれってな。そこに、王妃が目をつけ、支援者を名乗り出た。自分の身分は明かさず、金は出すからそこの姫をできるだけ苦しめる方法で実行せよとな。そこで鳥人間のお出ましだ。ギスラン様に似た姿をしている。当てつけにはもってこいだ。戦時中の武器になる予定だったことや鳥人間の外見だけは金で買えたことも都合がよかったんだろ。あとは中身、頭脳部分をつくって襲わせるだけ。そこで清族を何人か殺して、脅してつくらせた。まあ、だいたいはそんなところだろ」


 もしそうなら、『聖塔』の過激派は狂っている。

 革命のために人を殺して、脅して、大量虐殺を成功させた。

 自作自演で起こした事件を胸に掲げて市民に訴えかけるのか? この世に平等が必要だ、と?

 体中の熱が蒸気になって体に張り付いているような気がする。怖い、ひどい、憎い。負の感情に揺さぶられて、目の奥が痛い。


「業が深いことだ」


 イルが誰かに聞かせるように明瞭な呟きを落とした。


「…そういえば、サラザーヌ公爵も空賊を糾弾していたわ。それに、鳥人間をつくったと知っていた」

「レイ族のことも知っていたとなるとサラザーヌ公爵はレイ族側の重要な人物だったのではないでしょうか。カルディア姫」


 サラザーヌ公爵がレイ族を解き放ったということか? だが、彼は、カンド達に誘拐されていた。実行は不可能ではないだろうか。だが、確かにレイ族を侵入させたことに対して事情が知っていたのは事実だろう。彼が計画したのだろうか。ううん? だが、彼は、あの女に懸想しているとも言っていなかったか? どういうことだ。サラザーヌ公爵はあの女が私を殺そうとして鳥人間を仕掛けたのを知らなかったということなの?


「鳥人間は姫様の殺害。そうでなくとも、第四王女派の奴らを一掃することが目的だった。それで、陣営を崩され自滅してくれれば、第二の殺害が成功しやすくなる」


 第四王女派って、ギスランやリストのことか?

 ――いいや、そうじゃない。狙われたのは、黒髪の私に似た髪型の子だった。

 今更、気が付く。死んだ貴族令嬢達は私の真似をしていたんだ。リストの真似をして、目元に刺青を彫る者がいる。サラザーヌ公爵令嬢の仲間と認められるために刺青をいれる者がいる。同じように、私になにかを期待して、真似をしていた。

 いつも見ているだけだったあの令嬢も、私に何らかの思いを抱いていたのだろうか。


「一方、レイ族は鳥人間を仕掛けた奴らへの報復が目的っぽいな。だがだれが『聖塔』の過激派であるかなんて分かりはしない。もっと言えば報復の対象は『聖塔』自体だったのかもしれねえな。だが、腐っても革命を目的とする秘密結社だ。きいたところで馬鹿正直に教えたりしねえだろ。誰が『聖塔』に所属しているか、していないか、調査するだけ億劫だ。それより、貧民、平民どちらとも殺したほうがはやい。『聖塔』に所属してなくとも支援してる奴がなかにはいるというし、な」

「発想が狂ってませんか」

「双方ともな。だが、レイ族の方が危険だ。鳥人間は食い止めることができたが、レイ族の狩人は活動している。さっきの雌がいるなら、番になる雄がいるはずだ。それに、主犯の奴のことも考えるとな、かなり危ういだろう。階級が区別できると思い込んでやがるいかれ野郎だ。思想と現実がぐちゃぐちゃになってやがる」

「トーマ、サラザーヌ公爵は主犯ではない?」


 トーマは肩まで手をあげて首を振った。


「階級で区別できると信じていたという意味ならば重罪だが、主犯ではないな。なぜならば、レイ族の方には明らかに憤怒や激情といった負の感情が折り重ねられている。でなければ、冷静を欠くはずがない。普通、平民や貧民を排除したら自分の生活が危うくなるぐらい想像できるだろ。でも、できていない。怒りで、目を曇らせている。それも生半可ではない。恐怖を味合わせてやりたいと思ったに違いない。だが、鳥人間の事件ではサラザーヌ公爵の身内に被害はなかった。そこの姫と対立軸にある存在なんだろ。狙われる道理もねえ」

「じゃあ、いったい誰なんですかね?」

「――ねえ、あれ」


 ハルが慌てたように声を上げた。下を指差し、硬い声を吐き出す。


「自殺しようとしている」


 足元を見ると、場所は森の入り口へと戻っていた。動きを止めたからか近づいて来たイルカが私の頬に擦り寄って離れていく。つるりとした感触が消え、再び下を見下ろして、見つけた。

 サラザーヌ公爵令嬢に仕えていた清族の男が、木の枝に縄をくくりつけて自殺しようとしていた。




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