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どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。  作者: 夏目
一章 『夜の女王とミミズク』
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「はなおとめ?」


惰眠の淵から瀕死の状態で呼びかけるようなか細い声がする。ミミズクの声だった。

もぞもぞと白い塊が動いた。蝋のように白い少年だ。両腕でぱたぱたと花冠に覆われた地面を叩いている。


「あれ、とべない……?」


この場面で起きたのか?!

タイミングが悪すぎる。

少年は頭の上に載った花冠を落とさないように起き上がり、胡座をかいて座ると、自分の体をふにふにと触り始めた。

少年の服装は独特だ。純白の上衣と脚衣。腰のベルトもすべて同じ色をしている。衣は銀糸の二羽の梟の刺繍で飾られていた。

髪も肌も透き通るほど白いのでじっとしていれば、彫像のようだ。

彫刻のように固まっていてくれと願いながら少年へ目配せする。

目が合った途端、体がふやけたような感覚に陥った。

少年の瞳は小さな月そのものだった。

光る大円から、大きな塊が転がり落ちる。桃色、紺色、薄緑色、まるで宝石箱から吐き出されるように、瞳から宝石がこぼれ落ちていく。

その現象に息を呑む。

幻想的で、綺麗で心が騒つく。涙が宝石に変わり、零れ落ちる。あの物悲しい瞬間だった。


「ひ、ひと、人に、なった、まま?」


声を震わせながら少年が泣いていた。

馬鹿、と叫びたくなる。いいから、口を閉じておけ。

嫌な予感しかしない。


「見ろよ、ハル。こいつら剣を宝石で着飾らせてやがる。モニカだって一度も宝石を身に付けたことはねえってのによ」


サラザーヌ公爵を抱えながら、カンドは部下達の装飾品を奪い取っていた。特に剣の柄についた宝石を一つ一つ取り出していた。

幸い、少年にはまだ気が付いていないようだ。

だが、ハルは違った。


「カンド、あの男の子はどうするの?」


舌打ちをしたい気持ちでいっぱいだ。こんなことになるぐらいならば、逃げろと叫んでいた方がましだった。

カンドがずんずんと少年に近付いて、顔を覗き込んだ。少年は呆けたようにカンドを見ると、一粒、宝石を落とした。

カンドは声も出ないと言わんばかりに少年を見て、周りに散らばった宝石に飛びついた。




目をぎらぎらさせたカンドは少年を一緒に連れて行くことにした。

少年はすごく不本意そうだった。だが、文句を言おうとして立ち上がろうとするところっと転がってしまう。歩行方法を知らない赤ん坊じみた行為に焦れたカンドに背負って貰うとほくほく顔をした。今は髪や肌を引っ張って遊んでいる。

あれ、絶対にミミズクだ。他人の肩を止まり木程度にしか思っていないところがそっくりだもの。危機感が皆無なところもだ。

カンド達はなぜか森の方へと歩いていく。私はハルに手首を掴まれたまま、引っ張られていた。

……すごく怖い。このまま、どこかへ連れて行かれたくない。ギスラン達に早く助けて欲しい。だが、突然雨が降り出したこともそうだが、なにか埒外なことが起こっているのではないだろうか。だとしたら救援は望めない。たとえ今逃げてもすぐに捕まるだけだろうから、逃げることも出来ない。隙を見つけてサラザーヌ公爵とミミズクと一緒に逃げられればいいが。

先を行くカンドの足取りは迷いがない。秘密裏にここから脱出する方法があるのかもしれない。


「そういやあ、お姫様にはどうして腰抜けの軍人どもが護衛についてやがったんだろうな?」


カンドは私に尋ねるというよりは、ハルに尋ねた。


「ああ、そういえば清族の寄宿舎の前に軍人が屯してるってビルドが不思議がってなかった?」

「言ってたか?」

「言ってたよ。それとなにか関係あるのかもね」

「……まあ、俺らには関係ないがな」

「ずっとききたかったんだけど、カンド。その子供連れてきてどうするの」

「涙が宝石に変わるなんて珍しい奴だろ! 見世物屋に出したら金になる」


ミミズクがカンドの髪を強く引っ張った。顔を後ろに仰け反らせたカンドが、怒気を含めて叱りつける。


「しっかりしてよ、カンド」

「うるせぇ。この餓鬼が嫌がらせしてくんだよ」

「たく、そっちのお貴族様みたいに脇に抱えたらいいだろ」


ハルはなぜか不思議な抑揚で喋った。最初の一文字がやけに独特なのだ。大声で話しているのとは違うのだが、妙に耳に入ってくる。それに、言葉運びが少し変ではないだろうか。

私の気のせい?


「乱暴に扱うのがカンドのいいところでしょ?」

「こいつ、乱暴に扱うと下等な人間の分際でって不遜なこと言って暴れるんだよ」

「人間じゃないつもりなのかな」

「そうかもな」


カンドがミミズクを指で突いた。むすっとしたミミズクが指を喰らおうとした。慌てて指を引っ込めて、背中に乗せたミミズクを睨んだ。


「この野郎」

「元気な子供だなあ。貧民じゃないよね。清族かな」

「……にんげんの階級、あてはまらない。ね、はなおとめ」


同意を求めてミミズクが振り返る。確かに、ミミズクには人の階級など意味はない。

小さな月の瞳は真ん丸だった。目線が合うと奇妙な震えが走る。月の引力を持っているようだった。惹きつけられる。

人の形をしたミミズクは、ゆっくりと口を緩ませた。


「はなおとめ、かわいい。おそろい。花冠」


首を傾げると腕を引っ張るハルが私の顔を一瞥した。いや、顔というには視線が高い。頭に注がれている。

もしかして、ミミズクと同じように花冠がのっている?

降り注ぐ花冠の一つが偶然にも私の頭の上にいることを決めたのか。


「しろつめくさの花言葉は、こうふく。はなおとめがしあわせになりますように。だれよりもしあわせになりますように。祈りのはな」

「……祈り?」


ミミズクの瞳が空にのぼる月を映したように爛々と輝く。


「ぼくのものになって。ぼくを想って。遠き夢のいのり。天帝様の、たったひとつの願い」


ミミズクは言い残して白い睫毛をゆっくりと閉じた。数秒後、すうすうと寝息を立て始めた。こいつ、人型になっても何一つ変わらないな!

意味がわからないし、寝ぼけたことばかり言う。


「天帝、ね」


ハルの声は冷え冷えとしていた。ぐいっと引っ張られる。どこかから忍び寄る息苦しさに喉が詰まった。





「くそったれな国王は、戦争になるのが恐いんだよ。だから、ロスドロゥなんていう隷属するしか脳がねぇ国に任せて蠍王を潰しに行かねぇ。おかげで、俺達は魔薬を手に入れることが出来たんだから、御の字ではあるがよぉ」

「リュウは奪った魔薬をどうするつもりだったのかな」

「さあ? でも貴族から奪ったように配って回ったんじゃねえの? 麻薬も魔薬も同じだろ。ハイになって楽しくやれる。一夜の夢でも夢見られたら、俺たちは最高だ」

「リュウは魔薬を売ったこと、許してくれると思う?」

「死人に口はねぇよ。リュウは死んだ。許しも嘆きもねぇ。天国で俺達のしたことに舌打ちすることしかできねぇよ」


ハル達の歩みは止まらない。もうそろそろ森のなかに入ってしまいそうだ。徐々に土の臭いと不気味にさざめく木々の音が押し寄せてくる。

やはりギスラン達はこない。だんだんと、心配になってきた。無事なのだろうか。私は生きてまた会える

焦りで全身から汗がふきだしてくる。


「そう思えばロスドロゥの奴らは可哀想だな。気を紛らわす秘薬がなくなっちまったんだからよ」

「……なんで魔薬を送るのかな。ロスドロゥは清族が多いわけじゃない。魔薬を使っても意味がないんじゃないの?」

「抗戦意欲が高まる作用があるんだろ? それになにより、清族様御用達の魔薬だろ。あっちじゃあ、清族は不死者だっていう信仰があるってきくぞ。信仰心は高ければ高いほど儲けられる」

「どんな人達に売ってるのかな。病人とか?」


カンドがおいおいと目を鋭くした。


「ロスドロゥの心配なんかしなくていいんだよ。それより、国王の及び腰の方が問題だろ。軍でもなんでも投入して蠍王なんてよ、すぐに潰しちまえばいいだろうに」

「軍には王弟の息子がいるんでしょ。身内を戦争に駆り出したくないんじゃないの?」

「いやいや、数奇にも騎士になった王子の面子が気になるんだろ。軍人は戦争に参加出来るが、騎士は仕えてる奴が戦場に行かない限り参加出来ない」

「第二王子は戦闘狂って噂だし、自分に付き従う騎士団を持つ王子様なんだろ。関係なく参加しそうだけど」


身内のことを語られると、居心地が悪い。

王弟の息子はリストのことだろうし、第二王子はマイク兄様のことだろう。

二人とも、王族の癖に闘争本能があるし、腕もたつ。

二人を知らない人間から聞くのは変な感じだ。別の人間の話をきいているようだ。


「王子も息子も戦地に送り込んじまえばいいんだよ。いや、それよりもっといいことがある。難民どもを兵として国に帰してやりゃあいい。あの卑しい乞食ども。俺達の貧民街をぶっ壊しやがって!」


猛りのまま、カンドは歯を剥き出しにして吐き捨てた。


「娼婦も小さい餓鬼も、あのろくでなしな奴らには同じ穴なんだろうよ! 畜生にも劣る劣情のまま食い漁りやがって!」

「カンド、難民が全員悪いってわけじゃないだろ」

「だが、悪者が見分けられるか? できないだろう? 判断出来た暁にはもう女か、子供が強姦されてるだろうが」

「それは……」

「さっさとあいつらは祖国に帰るべきなんだよ。あいつらの国の女ならばいくら犯したって文句は言わねえ」


戦争が起こると、そこから逃げてくる難民達がいる。ロスドロゥの難民達は諸外国は勿論、ライドル王国にも流入してきていた。半分以上が土地を焦土にされた農民達だ。命かながら逃げてきた彼らだが、ライドルには耕すための土地はなく、実らせる作物の種もない。

技術の発達したライドル王国では、彼らが持つ農業技術は必要とされない。技術が前時代過ぎるのだ。王都から離れれば仕事場は見つかるだろうが、農奴として酷使される。

人並みの生活ができるほど稼げるのは、腕のいい商人や医師達だけ。

金が手に入らない難民達は物乞いや窃盗をするしかなく、治安が悪化した。カンドの言では、最初は好意的に難民達を受け入れていた貧民街でも、文化の違いによる諍いが頻発しているのだという。

諍いは憎悪を引き起こし、憎悪は排斥を呼び込む。

カンドは難民を嫌悪している。出来ることならば、ロスドロゥに送還したいと考えているれしい。

難民問題は深刻な社会問題であるらしかった。私は難民に会ったことすらなかった。カンド達が置かれている厳しい状態は想像し辛い。どちらかといえば、戦争で祖国を奪われたロスドロゥの民に同情している。だが一方で、カンドの話は深刻だと思う。難民とはどういう人達のことなのだろうか。ライドル王国にいる人間と何が違うのだろう。


「ロスドロゥの鬼畜どもめ。豚の餌にしてやりたい」

「鬼畜は貴様らの方だろう」


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