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どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。  作者: 夏目
一章 『夜の女王とミミズク』
12/104

12

 

「まあ、カルディア様、ご機嫌よう。今日も麗しのギスラン様とご一緒なのですね」


 社交で必要なのは人並み以上の愛想のよさと人の陰口を品よく語る口のうまさだ。

 貴族用の寄宿舎にある大広間は昼間、貴族達のサロンへと化ける。

 とくにお茶会の時間帯は令嬢達の溜まり場だ。

 この学校の貴族令嬢トップである、サリザーヌ公爵令嬢からのお茶会に招待された私は、最初、このお茶会に来る気は微塵もなかった。

 私は社交が嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。

 しかし、ギスランがサリザーヌ公爵令嬢を無碍に扱うのは得策ではないと進言してきた。

 貴族達の不満はまだ燻っており、火種を投じる可能性があるからだ。

 鳥人間に襲われ、もうすぐ一週間が経とうとしていた。学校は元どおりに再開され、惨劇の跡はどこにも見当たらない。

 ギスランに任せた令嬢達の親族への陳謝も終わったという。私は平和な日常を取り戻した。

 だが、リストの言う通り、私は他の人間から命を狙われているのかもしれない。

 氷の張った湖が水中まで凍っているとは限らないように、私への攻撃も表面化していないだけなのかもしれない。

 そんな危機的な状況にいる私が、貴族を敵に回しては余計に危険が増えるだけだ。

 サリザーヌ公爵家はギスランのロイスター家と同じく大四公爵家に名を連ねる由緒正しい家柄だ。ギスランの話では、没落寸前らしいが、それらしい話は一度もきいたことがない。ギスランが間違っているとは言わないが、信じられない話だ。

 私はギスランの進言に従うかたちで、このお茶会に参加することにした。


「ええ、カルディア姫が怖い目に遭われてしまったので、できる限りお側に、と思いまして」

「まあ、素晴らしいわあ。さすが、ギスラン様ですわね」


 サラザーヌ公爵令嬢の甘えた声に、完璧な微笑みでギスランがこたえた。慣れたように、気を持たせるような視線を向けている。

 サラザーヌ公爵令嬢はこのあいだより深い色の青のドレス。周りの令嬢はその色よりも目立たないような色だ。

 サラザーヌ公爵令嬢が際立つようにという配慮がなされているのだ。社交界では、高位のものの衣装の色を先に通達される。下位の貴族はその色よりも目立たないもの着なければならない。下位になればなるほど、目立たない、地味なドレスを着る。


 ギスランとサラザーヌ公爵令嬢の会話をぼんやりとききつつ、この五日間のことを振り返る。

 前にも増して、ギスランと一緒に過ごすようになった。

 ギスランは私が襲われてから、私から離れたことに罪悪感を抱いているらしい。今では一日の半分以上を彼と過ごしている。私がいらない、必要ないと言っても言いくるめられてしまうのだ。ギスランの口の巧さは刑罰の対象にするべきじゃないかと思い始めるぐらい、厄介だった。このままでは、私は本当にスプーンさえ自分で持つことができない自堕落姫になってしまう。



「カルディア様は、今日はギスラン様とお揃いの衣装でいらっしゃるのね」

「絵になりますこと」

「ええ、お二人は本当にお似合いだわ」


 ギスランの手を借りて、椅子に腰掛けると、令嬢達も席に座った。長机の上には、青薔薇が活けてある。サラザーヌ公爵令嬢は、この頃青薔薇に思い入れがあるらしい。

 座るとすぐに、令嬢達の服装チェックが始まった。

 私は衣類や装飾具全般に興味がない。どんなに着飾ったところで隣に並ぶギスランに美しさではかなわないからだ。だから、どんなに着飾っても無意味だということを知っている。

 しかし、いくら私が身につけるものに興味がなかろうと、隣に立つギスランにとってはそうではない。野暮ったい服の女が婚約者となれば、ギスラン自身が恥をかくことになるからだ。

 だから、お茶会に出向くにあたって、服を用意された。というかこの頃は、ギスランが用意させた服ばかり着ている。

 今日は貧民の一年の食費を賄えるぐらい値段のする、ギンガムチェック調のドレスで、たくさんの赤薔薇があしらってある。

 耳飾りも赤薔薇の色だ。

 ギスランも同じようにベストがギンガムチェック調で、飾りボタンやブローチが赤薔薇の意匠になっている。

 むかつくことに、この男、どんな服を着ても似合う。私と似たような服や対になる服を着たがるのは嫌がらせかと疑いたくなるほどだ。


「ギスラン、お前、褒められているわよ」

「主役である愛らしいご令嬢方の視線を独り占めにできること、光栄に思います」


 サラザーヌ公爵令嬢を含めた五人の令嬢に一人一人視線を流して、ギスランが艶っぽく笑う。

 どうやらサラザーヌ公爵令嬢は、私とお茶会を出来る身分の貴族だけを呼んだらしい。王族とお茶会をすることができる身分は限られている。並の貴族では、同じ席に座ってもいけない。

このあいだお茶会に誘われたときよりも取り巻きの人数が減っているのはそのせいだろう。


「しかし、あまり、見つめられると移り気な心がご令嬢へ傾いてしまいそうになる。婚約者であるカルディア姫の前で浮気しては、猫のように怒られてしまいますね」


 誰が猫のように怒るんだ。今でも十分浮気をしているだろうが。

 白々しいと白眼で睨む私に構わず、サラザーヌ公爵令嬢の取り巻き達が揃って黄色い声を上げる。

 ギスランの声ひとつでこんなに興奮するものなのか? 理解できない。発情期か?


「私は場を離れたほうがよろしいでしょうね。ご令嬢方の秘密のお茶会に混ざれるのは、甘い香水を漂わせた方ではなくては」

「いつもならばそうですが。ねえ、皆様、どういたします?」


 サラザーヌ公爵令嬢は、弱った風に問いかけた。令嬢達が我先に意見を述べ始める。


「サラザーヌ様、わたくし、ギスラン様からとても甘い香水の香りを感じますの」

「ええ、まるであたくし達のように、甘やかな、花の香りだわ」

「素敵な薔薇の香り」

「気品溢れるギスラン様の香りね」


 ギスランはその言葉をきくと、優雅に口を緩めた。


「では、今日だけは秘密のお茶会に参加させていただいてよろしい?」


 ギスランの言葉に、令嬢達はこくこくと頷いた。


「カリレーヌ嬢、ギスラン様の椅子を用意して下さらない?」


 サラザーヌ公爵令嬢が、四人の令嬢のうちの一人に声をかける。たしか、伯爵家のカリレーヌ・バロック嬢だ。このなかで一番弱い立場にいるらしい。サラザーヌ公爵令嬢の顔には弱者へむける陰惨な冷笑が浮かんでいる。

 慌てて椅子を用意しようとしたカリレーヌ嬢を、ギスランは手で制した。


「ああ、ご安心を。ご令嬢方に混じるわけではありません。ご令嬢方に仕える、卑しい使用人の真似をしましょう」


 娯楽好きの貴族が好む、馬鹿げた遊戯の真似事をするつもりらしい。貴族は禁断や禁忌に異常な関心がある。秘めごとが大好きという厄介な性質も持っていためだ。

 ギスランは私に紅茶を注いだ侍女からティーポットを受け取る。

 ギスランは真っ先に、末席にいたカリレーヌ嬢に近寄った。

 サラザーヌ公爵令嬢がありえないとばかりに目を剥いて、ギスランを凝視している。

 ギスランが唇を耳に寄せた。近寄られたカリレーヌ嬢の頬は赤薔薇のように真っ赤だ。

 そのカリレーヌ嬢に突き刺さる嫉妬の眼差しが滑稽だった。この場の女、全員がギスランに近寄られた令嬢に物狂おしい嫉妬の念を向けている。

『夜の王とミミズク』に出てくる、王が恋し、女性不信になった原因の妖婦みたいだ。

 眼差しひとつでどんな悪鬼のような男でもたちまち恋に落とす、魅力な女性。

 ギスランも同じだ。眼差しひとつ。言葉ひとつで女達を魅力する。

 ギスランに好かれようと、誰もが苦心する。微笑みをむけられたいがために、己を磨き、相手を陥れ、自分が隣に相応しいと主張する。

 だけど、ギスランの心は空っぽだ。人形でしかない彼は命令で動く。どんなに令嬢達が競い合っても、結局は私に辿り着く。私のなかに流れる王族の血に。

 空っぽの思いにも、私の肥大化した自尊心は愉悦を感じていた。令嬢達が求めるギスランを、私は足蹴にすることができる。たとえば私が眼前に置かれた紅茶をこぼして、ギスランにそれを舐めろと言ったらギスランは無言で舐めるだろう。

 その行為はこの令嬢達に決して出来ないことだ。そしてそれは、私が王族でなければ絶対に出来ないことだ。

 私は王族だ。この場の誰よりも尊い。そのはずだ。


「やだわあ、ギスラン様ったら、お言葉が巧みでいらっしゃるのね」


 カリレーヌ嬢の小さな唇が、ギスランの頬にあたりそうになった。他の令嬢達の視線が、その一点に集まる。ギスランがいるだけで、カリレーヌ嬢はこのお茶会の主賓のように変化した。

 不快感が体を包んだ。

 まるで、頭の周りで蝿が飛んでいるよう。嫉妬というより、ただ気にくわない。どうして、ギスランはそんな女を優遇するのか。なぜ、早く注いで私の元に戻ってこないのか。

 ギスランとカリレーヌ嬢の体が近付く。ギスランの頬に、彼女の唇が触れた。

 思わず、声を上げてしまいそうになった。

 なにも言わず、ギスランは熱心にカリレーヌ嬢を見つめている。恋でもしたような熱量だ。


 こんな大勢の前で、私よりもその女に寵を注ぐの?

 生まれたのは、身勝手は苛立ちだった。

 私は貴族令嬢を六人も殺した女だ。後ろ盾も、ロイスター家以外ろくにない。母はとっくの昔に死んでいる。父王は、政治ばかりにかまけ、ろくに子供のことなど考えてはいない。

 貴族令嬢達はこれ幸いと私を失脚させるかもしれない。私は社交が嫌いで、憎んでいる。扱いの難しい、貴族殺しで社交嫌いの第四王女を亡き者にし、ギスラン・ロイスターという婚約者を得ることができれば、彼女達にとって良いこと尽くめではないか。

 とくに、サラザーヌ公爵令嬢。彼女はギスランのことを好いて、私のことを忌々しく思っている。

 頭が破裂しそうなほど、熱を帯びていた。ギスランの行動に焦れる。


「なぜ? 本当のことを語っておりますのに。あなたは愛らしい。唇は花弁のようにみずみずしい。香りの高い花の香りが私を淫らに誘っているようです」

「もう、ギスラン様! 皆がみておりますのよ」

「ええ、ええ、ギスラン様。その子ばかり構わず、わたくしにも給仕してくださらない?」

「そうだわ、あたくしにも紅茶を注いで下さる? 喉が渇いてしかたありませんの」


 愛想よくするギスランの横顔を食い入るように見つめる。いつまでたってもギスランは私を見ようともせずに、令嬢達の周りをいったりきたり。蝶のように飛び交っている。

 焦燥が強くなる。

 どうしよう。


「ギスラン」


 小さな声でギスランの名前を呼ぶ。

 だが、その声は令嬢達の歓声に重なって、うやむやになる。

 どうして気がつかないのだろう。

 どうして、私の方を向かないのだ。

 もう一度、名前を呼んでやろうか、それとも、やめるべきなのか。こらえ性のない狭量な婚約者だと思われる?

 サラザーヌ公爵令嬢と視線があった。

 地獄のような一瞬だった。

 私はそのとき、この場の誰よりも敗者となった。もうすこしで無様に椅子から転げ落ちそうになった。

 サラザーヌ公爵令嬢の瞳が、私を憐れみ、屈辱を与えたのだ。

 だれにも相手にされない可哀想なお姫様!

 侮りが微笑となって現れた。

 サラザーヌ公爵令嬢は私を可哀想だと笑ったのだ!


「ギスラン!」


 考える余裕などなかった。大声でギスランの名前を呼ぶ。頭が熱くてしかたがない。

 私を、女が侮った! この私、第四王女カルディアを!

 ふざけるなと頬を叩いてやりたい。こんな男に踊らされるお前らのみじめで浅ましいその姿、鏡で見せてやりたい。

 だけど、踊らされているのは私も同じなのだ。私もギスランの一挙一動に、悩まされている。

 馬鹿馬鹿しい衝動だった。一人の男に、踊らされる女達。さぞギスランは愉快に違いない。

 違う、ギスランはこんな女達の醜い争いさえ、空っぽな心で眺めているだけ。

 きっと、愉快とさえ思わない。

 私の大声に、場が静まり返った。私に視線が集まる。相手にされない憐れなお姫様が、癇癪を起こした。そんな嘲笑の表情を浮かべ、五人の令嬢が私を見ている。

 だけど、今の私にはその視線は興味がないものだ。ただ、ギスランが私を見る、その瞬間を待望していた。

 浅ましい欲求だった。このお茶会ではギスランこそが力の象徴だ。ギスランを手に入る。そうすることで王族だと顧みられる。ギスランへの執着は、地位への執着だった。奇妙な執着の正確な名前に行き当たる。

 ギスランが、ゆっくりと私を見た。

 紫の瞳が、しっかりと私をとらえる。

 頬がほのかに火照っている。

 私は目の前にあったティーカップを手に持ち、そのまま逆さまにひっくり返した。

 カップのなかの紅茶が一斉にドレスや靴を汚した。

 紅茶は火傷するような温かさではなかった。ひたすら生温く、私の頬に溜まった熱を取ってくれそうにない。

 床には紅茶の水溜りができ、靴から落ちる紅茶はその水溜りにぽとんぽとんと水滴を垂らしている。 ギスランは、慌てて私に近寄ってきた。

 令嬢達が言う通り、薔薇の香りがした。


「カルディア姫、なにをされるのですか! お怪我は?」


 ギスランは片膝をつき、ハンカチで私のドレスから水分を吸収しようとした。


 その手を遮り、靴を差し出す。

 ぎょっとしてギスランが私を見た。手を叩いて笑い出したくなるぐらい、愉快だ。


「靴が汚れたわ、舐めて」


 冷静なもう一人の私が、私を止めようとする。こんなことをしてなにになる。これではまるで貧民を椅子や机のように扱う貴族達と同じではないか。ギスランにこんなことをさせて、ギスランさえ愛想をつかしたら、もう生きていけない。冷静になれ、もっと考えろ。

 だが、怒り狂ったもう一人の私はこういうのだ。令嬢達の目の前でギスランを辱めてやれ! なぜ王族の私が貴族を慮らなければならない。なぜあんな女どもに侮られなければならない!

 あの女どもが集るギスランを、卑しい貧民のように扱えば、どんなに胸のすくことか!

 どうせ、貴族令嬢を何人も殺したのだ。今更、貴族を辱めることになんの躊躇いがある!


 衝動と躊躇がせめぎ合い、どうすればいいか分からなくなったとき。

 ギスランが、顔を低く落とし、靴に口付けた。

 ギスランには躊躇いも、羞恥も、憤怒もなかった。ただ、言われた通りに唇を落とし、靴を舐めた。

 卑俗なはずなのに、ただただ神聖だった。

 もぞもぞと動くギスランの舌が私には見えた。肉感的な舌の赤さを見るたびに、私の心は凍っていった。やってはいけないことをしてしまったのだと、自覚した。

 サラザーヌ公爵令嬢がギスランに注ぐ驚愕の眼差しと熱を帯びた私への憎悪の念が、さらにその自覚を確固たるものにした。

 私はただ、自失し続けた。自分がやってしまったことへの後悔が、ティーカップのなかに注がれていくようだった。


 ーーだって、仕方がないじゃないか。このお茶会で、私はギスランが一緒にいなければ話しかけられもしない人間なのだ。


 みすぼらしい言い訳が、頭の中をぐるぐる回った。傲慢さと自尊心を肥えさせた結果がこれだ。私はギスランをなんだと思っているのだ。所有物とでも思っているのだろうか。

 もう、誰も私を守るものはいない。王族の血が必要だからといって、こんな愚劣な女を選ぶ必要がギスランにはないのだ。私以外にも王族の血をひく者はいる。

 これでギスランは私に見切りをつけ、他の婚約者を探すだろう。

 ギスランが急に憎くなった。なぜ、私に構わないの。名を呼んだのに。だからこんなことをしてしまった。

 厚顔無恥な感情だった。全身が泥塗れになったよう。息を吸っても吐いても、泥の臭気が漂ってくる。


「ギ、ギスラン」


 声が震えた。喉の奥がきゅっと締まる。ひどい声だった。

 ギスランが私を見上げた。紫の瞳がよくもこんな扱いをしてくれたと私を責めていた。


「私は、カルディア姫の使用人です」


 紫の瞳が私から外れ、令嬢達に向かう。

 目隠ししたい。咄嗟にそう思った。ギスランの視線が誰かに向かうのが嫌だ。

 こんな失態を犯しても、いまだ心は権力にしがみついている。みっともない。


「卑しいこの身がカルディア姫の靴に口付けられるなど、身に余る僥倖だ。喜んで拝命しよう。しかし、カルディア姫。どうせならば貴女様に口付けしたいと思うのは、邪な願いなのでしょうか?」

「な、なんっ、な」


 どうしてだろう、淫らな気配を感じた。

 ギスランの言葉一つで、滅入っていた心がぐにゅりとあらぬ方向へ曲がった。


「そのあと、どんな刑にあっても構いません。斬首でも、火あぶりでもやられるとよろしい。貴女様にはその資格と価値がある」


 場をおさめようとしている。

 ギスランは、これを遊戯の一環として処理するつもりらしい。


「巨万の富を得ても、貴女様に触れられない。いくら宝石を積んでも、悪徳の唇を重ねる許可は下さらない。ならば、泥を塗って、虚偽で我が唇を隠そうか。そうすれば、この卑しい身でも、貴女様の慈しめる?」

「私はーー」

「貴女様は酷い方だ。試し、惑わせ、そのくせ私を責める。いつも私が夢中でなければ気に食わない?」


 棘のある言葉だ。やはり怒っているのだろう。

 落ち込みそうになる気持ちをどうにか浮上させる。うまく取り繕えば、まだやり直せるかもしれない。


「ええ、気に入らない」

「傲慢なことですね。私をなんだと?」

「卑しい使用人ではなかったの」

「ええ、貴女様にしか傅かぬ、卑しいながらも矜恃ある、ね」

「嘘ばかり」

「私が万人に傅くとでもお思いか」

「ではなぜ!」


 感情を露わにしてしまいそうになり、固まる。

 令嬢達は私達の会話をもさらぬように、耳をそばだてていた。

 だめだ。また、ギスランと言い合って周りが見えていなかった。これでは場をおさめるどころか、騒動を悪化させてしまう。

 躊躇いが生じた私の頬を、ギスランに無理矢理掴まれた。引きちぎれるかと思うぐらい強い力だった。乱雑に扱われ、ギスランの怒りの強さを思い知る。


「なぜ? なんでしょう」


 詰問の声はギロチンの音のような重厚さがあった。処断される罪人のごとく、怖々とギスランの紫の瞳を見つめた。この瞳から、涙が溢れ、その涙が宝石へと変わる。ギスランのなかには宝石しか詰まっていないのではないか。そう思った時があった。

 きらきら輝かしい宝石なのに、美しいと賛美する心がない。

 ギスランの空っぽの心に感情を注げたら、私の気持ちが分かるだろうか。いや、分かられても、おそらく私は我慢ができない。私のこの不可解な苛立ちを、執着を、私以外の誰にもやるものかとすら思っている。

 傲慢。ギスランの言う通りだ。

 ならば躊躇う必要もない。

 どうせ、愛想を尽かされているのだから。


「なぜ、他の女に目をくれるの? お前の目とて、私しか映してはいけないのに」


 そうだ、私が誰よりも尊いはずだ。なのに、なぜ他の女にかまけるのか。カリレーヌ嬢やサラザーヌ公爵令嬢が王族の血よりも大切なのか。

 肩を軽く押す。だが、その効果は絶大だった。ギスランは、無様に倒れ、唖然と私を見上げた。

 えっと動揺した。ギスランは顔を真っ赤にして、挨拶もせずにお茶会を脱け出した。


「ギスラン?!」


 私も立ち上がり、ギスランの後ろを追いかける。

 令嬢達の混乱の視線を受けながら。

 意味がわからん。

 どうして逃げるのだ、あいつ!







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