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恵まれた花妖精。

「ハイン」


 自らを呼ぶ声で飛び起き、辺りを見回す。

 しかし、声の主は見当たらない。一瞬花妖精かとも思ったが、ハインにはその声が誰のものであるかすぐに分かった。


「――エレーネ」


 暗闇に向かって声をかける。

 返答はない。

 じわりと、ハインの額と背に汗がにじむ。


「ハイン、また新しい子を連れてきたのね」

「…………」

「私はまた一人ぼっちになるの?」


 声は、近づいてきている気がした。


「私にはもうかまってくれないのね」

「…………」

「そんな意地悪をするのだったら――いっそのこと、殺しましょうか?」


 耳元で聞こえる声に思わず息を飲み込む。

 そして自分が飛び起きたのに気づいた。先ほど飛び起きたと思っていたのは、夢だったのだ。


「……起きたのか……私は……あれは、夢……」


 今だここが夢の中のような気がして、早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、ハインは大きなため息をついた。

 慌ててキリコの方を見るが、容態は安定しているようだ。

 外には、まだ月が顔を見せている。




* * * * * *




「……ん?」


 ハインは、あの声を聞いた後にいつの間にか寝てしまっていた。

 その頬に何か冷たいものがあたっているのに気づき、目を覚ましたのだ。

 そしてゆっくり起き上がると、笛の音のような声と共に、頬の上に乗っていたであろう何かが落ちていくのに気づく。慌ててそれを拾い上げれば、それは見覚えのある花妖精であった。


「……お前は……確か庭師の花妖精ではないですか?」


 庭師のいる庭に行けばいつも寄ってきて、綺麗なダンスを踊るこの花妖精。その姿は豚に良く似ていたが、お腹周りに花びらの衣装のようなものを着ている。

 こんななりなのに本当にダンスが上手く、いつもハインは感心しながら観ているのだ。

 それがなぜここに……そう思って周りを見渡し、使用人たちの花妖精が部屋へ集結しているのに気づいた。


「……これ、は……」


 あるいは寝ていたり、あるいは空を飛んでいたり。

 そして誰もがキリコを気にしていた。ある者は小さな指でキリコの頬をつつき、それに気づいた別の花妖精がいさめるように手を叩き落す。そして別の者は栄養を分けているようなしぐさすら見せている。


「一体どういうことだ……」


 花妖精は花妖精同士助け合うと聞いたことがあった。

 それの一環かとも思われたが、まさか使用人の花妖精が全員と言えるほど集まっているとは思わなかったのだ。ましてやこの部屋は鍵を閉じたはず――……とまで思って、自分が鍵をかけ忘れていたことを思い出し、慌てて扉を見る。

 すると、そこにニコニコ笑う使用人が部屋の中をコッソリ覗き込んでいるのが見えた。


「……あ!」


 使用人はハインと視線が合うと、小さく叫んで慌てて立ち去ろうとする。


「お待ちなさい」


 慌てて呼び止めれば、気まずそうな表情の使用人が肩を落として戻ってきた。


「一体……花妖精たちはここで何をしているのですか」


 なかば呆然としながらそう問えば、肩を落としていた使用人は胸を張ってこう答えた。


「ここ最近、ご主様が新たに花の種を植えているのは知っておりました。昨日急いで帰ってきたご主様はこの部屋に閉じこもったっきりでしたので、使用人どもと『花妖精に何かがあったに違いない』と話していたところです」

「……そう、でしたか」

「ええ、見たこともない慌てようでしたので。そこで、我々は話し合いの結果、自らの花妖精をこの部屋へ入れ、仲間を助けてあげるようお願いをしました。幸いここは花妖精に優しいつくりになっていますから、私たちと花妖精が少し離れてもなんら問題はありませんし」


 そう言って使用人は満面の笑みを浮かべる。『それに花妖精は仲間を助けるのを嫌がりません』と言うと、誇らしげにその胸を叩く。

 本来、花妖精は主の側から離れようとしない。少しでも距離があけば、良くないことが起こるからだ。

 しかしハインの家は花妖精を育てるのに特化しているため、使用人たちの花妖精が主のそばを離れても、屋内であれば全く問題ないような造りになっていた。


「そうだったのですね……ありがとうございます。助かりました」


 事実、ハインが見つめる先にいるキリコは、昨日よりも頬に赤みが差し、元気になっているような気がした。


「早くお目覚めになるといいですね」

「……そうですね」

「まずご主様が元気になりませんと」


 笑顔の使用人は何度か頷くと、朝食の準備をするために去って行った。


「まずは私が、ですか……まあ、そのとおりですね」


 苦笑しながら、キリコに近づく。

 近づいてみれば、遠くで見たよりも健康そうに見えた。これだけの花妖精が仲間を助けるために力を分けたのだとしたら、目覚めるのはもうすぐのような気すらしてくる。


「早くお目覚めなさい。そうしたら、少し説教でもしてやりますか」


 ハインが薄っすら笑えば、周りを飛ぶ花妖精たちもクスクス笑う。

 ハインは眠っているキリコの口がわずかに笑ったような気がした。




* * * * * *




「店主、種が花妖精になりましたよ」


 花屋の店主は、つい先日会ったばかりのハインがもう尋ねてきたことに驚いていた。驚いていたし、たった今聞かされた言葉にはもっと驚いていた。


「――すみません、どの種でございましょうか」

「異世界のですよ。あなたから譲り受けた」

「馬鹿な」


 冗談だと思って笑って見せ、ハインの浮かべる笑みが変わらないのを見た時、店主は徐々に困惑した表情になる。


「まさか……まさか、だって……あの種は……」

「種を蹴破って中身が出てきました」

「なんてことだ……!」


 青ざめる店主を見て、まったくだとハインは苦笑した。小さくため息をついて、ハインは店主の方へ歩み寄っていく。


「とてもおてんばな女の子です。まだ眠り続けていますが、屋敷の花妖精が力をわけてくれたようで……この分であれば、今日か明日には目を覚ましそうですよ。足の傷はだいぶ消えていますし、まあサイズは小さいですが、いずれ大きくなるでしょう。今日の夕方には培養液から出そうと思っていましてね」


 店主はハインがまるで遠くで話しているような気がしていたが、やがてその話の内容を理解すると大きなため息をついた。


「なんてことだ……」

「異世界の種というに相応しい驚きを頂きました」

「……まったくですな」


 店主は店の奥に引っ込んでいくと、しばらくしてコーヒーを二つ持ってかえってきた。その片方をハインに押し付けると、どかりと椅子に座り、そして気の抜けた声でハインにも椅子をすすめる。

 普通の貴族であればコーヒーがマグカップで持ってこられた時点で気を悪くするが、ハインは全く気にせず椅子に座ってそれに口をつける。


「やはりハイン様にお任せをして良かった」


 ポツリと呟いた声に、ハインは苦笑する。


「危うく死なせてしまうところでしたが」

「いえ、種を蹴破るだなんて思いもしないじゃないですか。それを持ち直せたのは、ひとえにあなたの気と花妖精の助けがあってこそでございます」


 店主はこっそり“これはネタになる。種だけに”と思ったが、それを口に出すことはなかった。


「しかし……驚きましたな。その花妖精の体調が良くなったあかつきには、必ずや私のところへ顔を出して下さいよ」


 店主はようやくショック状態から抜け出し、その目には輝きが戻っている。


「見たこともない種なので興味を持っとりましたが、この話を聞いて余計に興味がわいた! いやあ、今から楽しみですな!」

「私としては、あまりおてんばをしないでほしいのですが」


 そう言って笑うと、店主も大声を上げて笑う。

 そしてその後、店主は開花祝いと言っていくつか商品を持たせ、ハインの背中をバシバシ叩いて見送ったのだった。

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