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キリコの決意。

「何を……しているのですか」


 舞踏会から数日。

 ちゃんと話をすべきだと思い部屋を訪れたハインを衝撃が襲った。


「何って……片づけを?」


 クローゼットをあけ、洋服を色別、種類別に振り分けて部屋を汚しているキリコ。

 前まで広げられていた鉢植えも、綺麗に並べられている。


「片付けなど、あなたがしなくても使用人がするでしょう」

「そうなんですけど……身辺整理っていうか……前の世界ではそんなのできなかったから。とは言っても、私の物なんてそうないですし、部屋もいつも綺麗だからやることも特にないんですけどね」


 困ったように笑うキリコを見て、ハインは苦々しげに顔をゆがめた。


「ここにあるものは全てあなたのものです!」

「……そうだとしても、私、いなくなりますから」


 ハインは絶望した。

 キリコがすっかり自分に命を捧げる気になっているのを確信して。そして、自分が説明を怠ったばかりに、こういう悲劇を招いていることに気づいて。


「違うんです、キリコ。私たちには話す時間が必要だ。私はあなたを――」

「私にだって分かります」


 そういうキリコの顔は、やけにすっきりしていた。


「あなたの心に誰がいるのかくらい、私にだって……いえ、私だから分かります。だって私は、あなたの……ハインさんの花妖精だから」

「いいえ、あなたはわかっていない! 私の心に良き日のエレーネなどいないんです! あれはもう――……キリコ……あなたは……もう話を聞いてくれないのですか……私が、あなたをないがしろにしたばかりに……」

「ち、違います!」


 慌ててキリコは首を振る。


自棄(やけ)になっているわけでも、拗ねているわけでもないんです。でも、私なりに考えた結果、これが一番いいんだって思ったんです。あなたに恩を返すことができる唯一の方法だって」

「恩を返す……?」

「そうです。だって、こんな平凡な女に夢を見せてくれました。面倒を見てくれて、住まわせてくれて、美味しいご飯も、温かい寝床も提供してくれました」


 ハインの顔は沈んだまま、ただ視線だけが彷徨っている。


「私、初めてこの世界で花になれた気がするんです。平凡な私が花になれた……これ、ハインさんには分からないかもしれないけど、私からしたら絶対に叶わない夢だったんです」


 キリコは、話しながら部屋中に濃厚な花の香りが充満していくことに気づいた。

 それはクローゼットの中から強く香り、まるで早くこちらの世界に来いと誘われているような気がした。


「クローゼットの花妖精は、きっと誰も後悔していないと思います。この部屋も家具も代々の花妖精が住んでいたんですよね、きっと」


 恐らくはこの服もそうだろうと思う。この服も、今まで代々の花妖精が着ていたのだろうと。


「これは……この服も、家具も、あなた用に新しく用意したものですよ。部屋は確かに花妖精専用です。しかし、場所こそ変わっていませんが、壁紙も調度品も全改装をしたんです。だってこれは全てあなたの物なのですから……」


 ボソリと言われた台詞にキリコは少しだけ驚く。


「じゃあ……どうしてクローゼットに、花妖精の……」

「……たまに濃い花の臭いがしませんか」

「…………」


 キリコはわずかに目を見開いた。

 人は誰も感じることができないと思っていたものが、ハインには分かるのだと。


「初めは庭に埋めていました。でも、臭いがいつまでも漂うのです。だから、花妖精が怒っているのだと思って室内に移動した。それでも臭いはおさまりませんでした。迷った私は、この花妖精専用の部屋にしまったというわけです」


 ゆらりとハインの視線が上がる。


「すると……臭いがおさまりました。たまに臭いが漏れてきますが、今までより格段にいい。だから、私はあそこにしまうことにしたのです」

「……それは、花妖精があたなのことをいつまでも好きだったからじゃないですか?」

「え……?」

「好きだから、忘れて欲しくなかったんじゃないですか?」

「そんな……ことは……きっとあれらは私を恨んでいる」

「そんなことありません」

「……どうしてそう言えるのですか」


 少し低くなった声。

 それを聞きながら、キリコは少し笑った。


「だって私もそうですもの。わかりますよ、そりゃあ。花妖精は主のことが好きで好きでたまらないんですから。恨むはずないですし、主を嫌いになるはずがないです」


 ハッキリとそう言ったキリコの声に、ハインの目が見開かれる。


「……キリ、コ」

「だから、私の命を使ってください」


 ぐしゃりとハインの顔が歪む。

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