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舞踏会。

「ん? ああ、これは驚いた! キリコじゃないか。あとハイン」


 こんな声がかけられたのは、外に出たくないとごねるハインをなだめてなんとか馬車に乗り、ずっと柔らかな笑みを浮かべて見つめるハインの視線攻撃に耐え、ようやく会場に到着してエスコートされながら馬車を降りたときだ。

 長かった。この道のりは果てしなく長かった。

 様々な思いからくる緊張の中、聞き覚えのある声にキリコが顔を上げれば、会場の入り口付近にウォーカーが立っているのが見えた。その隣には見覚えのある双子の女性が二人。


「ああ」


 嫌そうな顔のハインがため息をつきながらウォーカーに近づき、そして両隣の双子の女性の手を取って形式だけのキスをする。

 そこでようやくキリコはその女性達がウォーカーの花妖精、ハクとレンであることに気づいた。


「……あ」


 そのつぶやきはウォーカーに聞かれ、クスクスと笑われる。


「……すみません」

「いや、いいさ。しかし随分と変わったな」


 横のハクとレンも満面の笑みでそれに同調し、何度も頷く。髪につけられたいつもと違う飾りが、シャンシャンと涼しげな音を立てた。かくいう二人も、それはそれは大胆な格好をしていた。いつもより露出度が高く、深いスリットからは惜しみなくその美脚が出されている。こんなにプロポーションと容姿がいいのなら、きっと女性は近寄りがたいんじゃ……なんて余計な心配をしていると、何かを敏感に察知したウォーカーは意地悪げな笑みを浮かべた。


「なんだ、その目は」

「あ、いえ、あの……」

「キリコ。言っておやりなさい。“お前の女性関係を心配しているのだ”と」


 キリコが何を考えていたのかをハッキリと理解したハインは、鼻で笑ってウォーカーを見下す。


「やれやれ、我が友人は相変わらず厳しいな」


 ところで肩をすくめるウォーカーも非常に魅力的だった。いつも整った顔にセンスのいい服を着てはいるが、舞踏会用に用意した服装はウォーカーの魅力を存分に引き出している。

 その姿に見惚れたキリコがこっそりウォーカーを見つめていると、バチリと視線が合った。慌てて視線をそらすと、クスクス笑うウォーカーが話しかけてくる。


「なあ、お嬢ちゃん。横を見てご覧。連れがご機嫌斜めだ」


 その言葉に反応してハインを見上げれば、気まずそうな顔のハインが視線をそらすところであった。

 一体なぜ、ハインはこんな反応をしているのだろうか。


「駄目だぞ、お嬢ちゃん。連れ以外の男を見たら。いやしかし、こればっかりはどうしようもない。俺が魅力的過ぎるのが罪か」

「黙らせましょうか? ウォーカー」


 低い声を出すハインをウォーカーが笑う。そして少し耳を寄せると何事かをボソボソ呟いた。

 その言葉を聞いてハインの顔が歪む。


「なんですか、それ。帰りたいのですが」

「おいおい、よせ。ここまできて帰るのか?」

「いつでも帰りますよ。いつでも帰っていい催しでしょう?」

「せめて主催に挨拶をしてからにしろ」


 なんとかハインをなだめようとウォーカーがハインの背を叩く。

 ハインは嫌そうに顔をゆがめると、大きなため息をついてキリコを引き寄せた。そしてその耳に唇をつける。


「キリコ。絶対に、私から離れないように」

「は、はい」


 その近さに胸が高鳴る。抱き寄せられた腰の手に、ゾクリとしたものが背を走る。

 一体それが何なのかいまいち分からないまま、少しの緊張と共にキリコは会場へと入っていった。


「凄い……」


 一歩入って息をのむキリコ。

 その驚いた表情を見て、ハインはようやく薄っすら笑みを浮かべた。


「キラキラしている……」


 天井からぶらさがるシャンデリア、ビロードのカーテンと絨毯、あちこちに飾られた花や壷、そして立派な花飾り。

 煌びやかなドレスを着たご婦人とその連れの男性が談笑をしている姿。

 そのどれもがキリコにとって非常に珍しい光景だった。


「ほらほら、口を閉じないと。レディとは言えないぞ。せっかく美人なんだから」


 若干の笑いを含みながらウォーカーに声をかけられ、キリコは慌てて口を塞いだ。


「ただでさえ注目されているんだ。相手に隙は見せない方がいい」

「注目……?」

「ウォーカー」

「……おい、なんだ。言っていないのか?」

「言う必要はありません」


 不機嫌なハインにキリコの不安がつのる。


「でも、お嬢ちゃんは気になっているみたいだぜ?」

「……誰のせいだと思っているのですか」

「お前の隣に並ぶと言うことはそういうことだろう。言っておくほうが親切ってもんだ」

「こういうのにはタイミングと言うものが――」

「そんなことを言っているから、お前はああなるんだ」


 キリコには何が“ああなる”のか分からないし、ハインが何を気にしているのかも分からない。それでも、ハインの嫌がる出来事が起こるのだとしたら、それは全力で回避しないといけない出来事ではないのかと不安が増した。


「俺が脅したからだが……そんな顔をするな。まあ、こいつが“言う必要はない”と言うのなら、今日をキリコが楽しく過ごせるように気を遣うってことだ。安心して遊んでこいよ」

「遊ぶ? 冗談でしょう。こんな広い場所で離れられたら困ります。キリコは私のそばにいなさい」

「それは独占欲か?」


 そう言われ、なぜかハインは即答できなかった。


「独占欲だな?」

「……ともかく、離れられては困ります。キリコ、行きますよ。これ以上、一緒にいては馬鹿がうつってしまう」


 エスコートとしてキリコの手を取っていたハインの手が腰に回る。そのまま引き寄せられてキリコが思わず少し離れようとすると、グッとさらに強く引き寄せられた。


「……キリコ……なぜ逃げるのですか」

「え、だってあの、近いので……」

「こんなの近いうちに入りませんよ。本当に近いと言うのは――」


 首の後ろ辺りをつかまれ、引き寄せられる。鼻がくっつきそうなほど近づいて、ニヤリと笑ったハインがボソリと呟いた。


「この距離を言うのです。覚えておきなさい」


 満足げな表情のハインは、先程まで機嫌が悪かったのを忘れてしまったかのようだ。


「もちろん、“外での近い”がこの距離であって、“屋内での近い”はこの比じゃありませんが」


 そう言われ、キリコはさらに顔を赤くする。

 そっと側を離れようとして、キリコはどこかからか鋭い視線を感じた。

 反射的に振り返るも、誰もキリコを見てはいない。正確に言えばかなりの視線は集中しているが、鋭い視線を向けている人はいない、だ。

 しかしながらこんなに視線が集中していたのだと知り、キリコは今すぐ帰りたい気持ちになっていた。


「ご挨拶をさせて頂けないかな」


 強引に割ってきたのは、恰幅のいい中年男性であった。その後ろには頬を染めた可愛らしい少女がついている。これを見ただけで、この男が何を目的に話しかけてきたのかはっきりと分かる。

 男性の後ろには中サイズの花妖精が浮いており、なぜかキリコを物凄い顔でにらみつけている。キリコは自分が何かをしたのかと思うも、まだ出会ったばかりなので何も原因に思い至らなかった。

 ウォーカーの溜息を聞いて、キリコは先ほど二人で耳打ちをしていたのはこのことだったのかと知る。


「ああ、これは……お元気ですか、ガードン伯爵」

「ええ、貴殿もお元気そうだ。足はもう良いので?」


 そう聞かれたハインは苦笑しながら、杖を少しだけ持ち上げる。


「これはもう一生手放せないものなので、足の調子がこれ以上になることはありませんよ」

「そうでしたか、それは失礼を。ああ、そうだ。これは我が娘でして」


 急な話題転換にウォーカーは肩をすくめた。ここまで、ウォーカーとキリコはまるっきり無視である。ウォーカーもそれなりに名のある貴族で財もあるが、いかんせん女好きの噂のせいで自分の娘を紹介する貴族は少なかった。

 だがそれはあえてそうしているのでどうでもいい。問題はキリコの方であった。

 あからさまな無視。これは戦力外として考えられているのであろうなと思い、ウォーカーは小さくため息をついた。願わくば友人の逆鱗に触れてくれるなよと思いながら、ウォーカーは傍観を決め込む。

 可哀想なキリコはあちこちに視線を彷徨わせていた。


「いかがでしょう。少しお話をさせて頂けませんかな。ほら、ヘンミル」

「あ、あ、あの! 初めまして、私はヘンミルと申します」

「ごきげんよう、ヘンミル嬢。ご挨拶程度でお許し頂けませんか。見ての通り、連れがいますので」


 あまりにも棒読みなそれに、ウォーカーは慌てて唇を噛み締めた。ピクピクと動く口角を気合で押さえつける。


「ハイン様は、あの、お茶は、お好き、で、しょうか!」


 緊張しきった娘を見て、伯爵は至極満足げだ。


「普通ですね」

「今度、あの、おいっ美味しい茶葉が入りましたので、ぜひ、我が家に……!」

「いえ、結構ですよ。確か伯爵殿の花妖精は非常に嫉妬深いお方だったと記憶しております。万が一行くとなれば私の花妖精も一緒ですから。そうしたら嫌な思いをさせてしまうでしょう」


 少し早口でそう言うと、娘は非常にがっかりした顔をしたのち、伯爵の後ろでひたすらにキリコをにらみつけている花妖精を軽く叩いた。

 その姿を見たハインが、小さく鼻で笑う。これを聞いたのはキリコだけだったが、あまりにも冷たい反応にキリコは少し驚いた。


「……あの」


 小さな声で呼びかければ、満面の笑みでハインが振り返る。


「どうしましたか?」


 その笑顔に若干の恥ずかしさを感じるも、伯爵親子がポカンと口を開けているのが視界の端に映って、キリコは少しだけ気分が良かった。


「足が疲れてしまったので、そろそろ……」


 別に疲れてはいなかった。しかし、これ以上ここにいると、増々ハインの機嫌が悪くなると思ったのだ。

 そしてこの提案はハインにとってとても好ましかったようで、ハインはさらに笑みを濃くするとキリコの頬にキスをした。


「ああ、すみません。あなたに気を遣わず。私を許してくれますか? 伯爵。私の連れが足を痛めていますので、これで」

「え? あ、お待ち下さい。ぜひ一度我が家に遊びに来て頂け――」

「伯爵。ありがたいお誘いですが、あなたの花妖精に心労を与えるのは本位ではありませんので」


 そう言えば、伯爵は顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。

 キリコは困惑気味にハインを仰ぎ見るが、ハインは気にもしていないようだった。二人の親子を置いて、ハインたちは会場の奥へと進んでいく。


「お前、相変わらず性格悪いな」

「私を怒らせるのが悪いのです」

「子供じゃあるまいし」


 この応酬で、キリコは今のやり取りが割りと普通に行なわれているのだと知る。

 呆れて小さくため息をつけば、ハインは少し視線を彷徨わせながら言い訳を始めた。


「……あのですね、キリコ。別に私は相手を怒らせるために言っているのではないですよ。向こうがしつこいから――」

「なら大人の対応で退ければいいのにな。大方、お嬢ちゃんを無碍に扱われたものだから、怒っているんだろう」


 ウォーカーの台詞にハインが黙り込む。

 これは肯定と取ってもいいのだろうかと思うと、いけないと思いつつも胸の中に少しだけ温かい思いがわいた。


「……ハインさんの立場が悪くなると……困ります……」

「……わかりました」

「なんだ最初からお嬢ちゃんに任せていればよかったな。俺が言わなくてもお嬢ちゃんの一言でこれだ。いったい今までの俺の苦労はなんだったのか……」

「そう何回もあなたを巻き込んだ覚えはありませんよ。私があなたに巻き込まれた回数を思えばね」


 バツの悪そうな顔をしたウォーカーを見て少しスッキリしたハインは、ふと立ち止まってキリコの顔を覗き込んだ。


「助けて頂いてありがとうございました」


 ハインがにっこり笑えば、キリコの顔が赤くなっていく。

 キリコは、今日のハインが少し苦手だった。なんだか、いつもよりキラキラしているように見えるのだ。


「どう、いた……しまして……」


 キリコは恥ずかしさに頭を下げたので気づかなかった。ハインがいつになく優しい目でキリコを見つめていることに。

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