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惑わす者の来訪。

「凄い! 綺麗!」


 花畑というに相応しい絶景に感動したキリコが、馬車を降りた瞬間に勢いよく走り出す。


「キリコ、あまり遠くに行かないで下さい! 私はあまり早く歩けませんから」


 焦ったような声が後ろから聞こえ、キリコは慌てて歩みを止めた。


「私の見える範囲にいて下さい。目の届く範囲が、覚醒していないあなたを守れる距離です」


 微笑んでいるハインに何度も頷き、キリコは再び走り出す。たまに後ろを振り返り、ハインが見えるのを確認してまた走り出す。

 足に触れる花の感触がくすぐったいと感じ、そのくすぐったさが心地よくて笑みを浮かべる。

 キリコがその花を一本ちぎると、辺りにキラキラ光が飛び散った。


『こんにちは、花妖精もどきのお嬢さん』


 誰が喋ったのだろうと辺りを見回す。しかし、キリコの目には誰にもうつらなかった。


『私ですよ。あなたが手に持っている花です』

「え!? 凄い……話せるの?」

『精霊や花妖精とはね。せっかく私をちぎったのだから、私を食べて御覧なさい。少し力をわけてあげよう』

「あ……勝手にちぎってごめんなさい……」

『気にすることはないさ。知らないようだから教えたまで。精霊も花妖精も、花を食べて力をつけるのは常識ですよ』


 そうなのか、と思いながら視線を彷徨わせると、手に持った花は楽しそうに笑った。


『あなたは異世界から来たのでしょうな。珍しい気配がする』


 花はそう言ったきり喋らなくなった。

 恐る恐る、その花に口を近づける。かすかに良い香りがして、キリコは顔をほころばせた。

 ぱくりと一口でそれを食べると、口の中に甘酸っぱい香りが広がる。


「美味しい……」


 初めて食べるその花は、キリコをなんとも言えない幸せな気持ちにさせた。

 一方、驚いたのはハインである。匂いをかいでいると思った花をキリコが口に入れた瞬間、なんとも言えない声を出して呆然と立ち尽くした。


「まったくあの子は……愛でているのかと思えば……」


 突飛な行動に驚いて苦笑していると、キリコはキラキラした顔で次々と口に花を放り込んでいく。


「一体何をしているのでしょうね。まあ人と違って危険はないでしょうけど」


 御者が持ってきた椅子に座り、その様子をジッと見つめる。

 赤い花は好みのようで、青い花はちょっと不味かったようだ。黄色はすっぱすぎて、橙色も美味しい……そう分析しながら見ている自分の顔が、非常に穏やかな顔をしているのに気づき、ハインは少しだけ驚いた。


「……こうして自然に笑えるようになったのは……何年ぶり、でしょうか」

「差し出がましいようですが、最近のハイン様はお変わりになりました」


 影のように尽きそう御者の声は柔らかい。


「キリコ様は少し個性的なお方ですが、屋敷の中にも良い影響を及ぼし始めています」

「……そうですね」

「そう言えば……ハイン様には言っていませんでしたが、何人かの使用人は魔法刺青をキリコ様に見せたようですよ」


 もちろん私も――

 そういう御者を少しだけ睨みつければ、御者はニヤリと笑った。


「まったく……うちの使用人たちは……」


 普通、自ら魔法刺青を見せる者はいない。あれは証明証と同じ扱いなので、見せても問題はないが証明が必要な時以外は自ら見せるようなものでもないのだ。

 それでもそれをキリコに見せれば仲良くなれるという噂が屋敷内に広がり、何人かの使用人はキリコに魔法刺青を見せていた。


「主より先に、主の花妖精と仲良くなってもらっては困るのですが」


 空は快晴。風も穏やかで、気温も丁度いい。


「今日は良い――」


 穏やかな時が続くのだと思った。

 花を食べているキリコが、苦悶の表情を浮かべて倒れるまでは。


「――キリコ……? キリコ!!」


 慌てて立ち上がり、キリコに近寄っていく。地面に膝をついてウンウン唸っている様子を見て、何か毒花でもあったのかとあたりを見回す。しかしここは幼い子供がよく訪れる場所である。こんなところに毒花や毒虫がいるはずもなかった。

 であれば何が……と思い、原因を探るためにキリコの顔を上げさせる。


「キリコ、私が分かりますか?」

「うっ……ゲホッ……背中、が……」


 その言葉にもう少し体を起こして様子を見ようとした瞬間、キリコはいっそう激しくむせて、次の瞬間には水鳥が翼を広げるような音と共に、その背中から何かが勢いよく飛び出した。


「……これ、は……」


 呻くようなハインの声。


「ゲホッ……ゲホッ! は~……苦しかった……なんだろう、今の……」


 うつむいているキリコは、自分の背中からありえないものが生えているのに気づいていない。

 深呼吸をして体を起こしたとき、ハインと御者が微妙な顔で自分を見ているのに気づき、小さく驚愕の声を漏らした。むせている間に鼻水でも出たのかと思い慌てて鼻を隠せば、ハインは僅かに顔をしかめる。


「あなたはその背中のものに重みを感じていないのですか……?」


 困惑気味のハインを見て、キリコはようやく自分の背から何かが生えていることに気づいた。

 触って引っ張ってみる。

 そっと引き寄せたそれは、草花でできた翼のようなもの……まさに、天使の翼を模した何かであった。


「なにこれ……」

「……私も知りたいのですが……」


 辺りに静寂が落ちる。

 その妙な空気をかえたのは、立ちっぱなしの御者であった。


「あの、もしかしたら花妖精の能力が強まったのではないですか……?」

「能力……? あ……そう言えば、花が言っていました。花を食べて精霊と花妖精は力をつけるって」


 ハインは興味深げにキリコの背に生えた翼を撫でる。それは柔らかな草でできており、色が違うだけで本当に翼のようであった。ところどころ可愛らしい花が咲いていて、まさに野に現れた天使のようだ。


「随分と可愛らしいですね、私の天使は」


 優しい笑顔で自分を見つめるハインを見て、キリコは納得した。

 自分は、ハインの天使になりたかったのだと。


「これはずっと出ているのですか? もう少し小さいと、抱きしめやすくていいのですが」

「え!?」


 カッと顔が赤くなる。

 しかし体は正直で、抱きしめてもらえるなら……と無意識にその翼の大きさが丁度良いサイズまで縮まった。まるでお遊戯会の天使役みたいだと思いながら、キリコは真っ赤な顔でその翼を小さく動かした。


「ああ、動かすこともできるのですか。なるほど、可愛いな」


 御者もニコニコ笑って頷いている。

 そんな穏やかな時間をさえぎったのは、一人の男の来訪であった。


「おや、そこにいるのはハインじゃないか。お前が外に出るなんて珍しいこともあったもんだ」


 その言葉が聞こえた瞬間、ハインは急いで、しかしさりげなくキリコを自らのマントに閉じ込めた。

 しかし目ざといウォーカーはニヤリと笑ってマントの下を見つめる。


「その連れのお嬢ちゃんへ挨拶はさせてくれないのか?」

「不要ですよ。あなたの挨拶なんぞ」

「……ウォーカーさんだ」


 誰にも聞こえないと思ったキリコの小さな呟きは、しっかりとハインの耳に入った。


「……なぜ、あなたがこの男の名を知っているのですか」


 冷たい声に、キリコがビクリと震える。


「なぜって。お前の留守中に一度会ったことがあるからに決まっているだろう」

「あなたと言う人は……!」

「なんだよ。お前の家に入るのに許可がいったことがあるか?」

「普通は断ってから行くでしょう! あなたは親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのですか!!」


 明確な怒りがキリコに伝わってくる。しかし、それは見ていれば分かるというものではなく、もっと濃厚な、心に響く怒り。怖くなって震えれば、ハインが身じろぎをしたのが分かった。


「……なるほど。感情が伝わるか。確かに花妖精としての能力が上がったようだ」


 ポツリと呟かれたハインの声に首を傾げれば、ハインがマントの中へ首を突っ込んできた。

 ハインとキリコの距離が縮まる。


「ハ、ハイン……さん……」

「キリコ。なぜあなたがこの男と知り合いになっていて、しかもそれを私に黙っていたのかは知りませんが、もう私に隠し事はできませんよ。今あなたが私に対して怯えているのが、手にとるように分かる」

「怯えてなんて……あの、黙っていて……ごめんなさい……」

「ええ、できれば言って欲しかったですね」

「ごめんなさい……」


 感情が、お互いになんとなく伝わってくる。それが主との絆が深まったことによるものだと気づいたキリコは、自分のこの悲しみや恥じる心も伝わっているのだと思うと、泣きたい気持ちになった。


「それくらいにしてくれ。俺は何もお前たちを惑わすためにきたわけじゃないんだ」

「何か用が?」

「おいおい、怒るなよ……例の件で、ちょっとな」

「ああ……」


 小さくため息をついたハインは、マントの中のキリコを抱えあげると馬車へと向かった。


「場所を移しましょう。私の家で。私とキリコは馬車で帰りますから、あなたは後ろを走ってついてきなさい」

「おい、マジなテンションでそれを言うのはやめろ」

「あなたと同じ空間にいたくないのです」

「怒るなよ、ハイン。可愛いお嬢ちゃんとちょっとお話がしたかっただけだろ? 大体、そのお嬢ちゃんが種のときに一度会っているじゃないか」

「それとこれとは話が別です。あなたも花妖精をお持ちなら分かるでしょう。絆が深まった主が、花妖精のためにどれほど醜い嫉妬をするのかを」


 ハインの表情はキリコから見えない。

 しかし、何もいわなくなったウォーカーが小さく謝罪をしたのは聞こえた。

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