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会ったことのない人種。

「はあ……」


 体調が悪くなってから一週間目。

 キリコの体調はだいぶ良くなったというのに、二日前にちょっとベッドを降りて具合が悪くなったせいで、未だにベッドの上なのだ。

 ハインは仕事だと言って家におらず、使用人はベッドシーツをかえたり食事を持ってくる時に会うくらい。


「種の状態じゃなくなっても暇なのね」


 退屈そうな顔で窓の外を眺めていると、窓に映っている室内に、男がいるのに気づいた。跳ねるようにしてそちらを振り向けば、笑みを浮かべたウォーカーがドアのところに立っていた。


「入るぜ、お嬢ちゃん。まあもう入ってるけど」

「……誰」


 消え入りそうな声で言えば、ウォーカーが驚いたような声をあげる。


「こりゃあ驚いた。ずいぶんハッキリと話すんだな」


 ウォーカーは驚きから笑みに変えて歩み寄ってくる。目を輝かせながら、舌なめずりをした。

 それは一般的な女性が見ればとても魅力的であったが、キリコには獲物を前にした猛獣にしか見えなかった。


「ああ、怖がらないでくれ。俺はウォーカー。ここの主であるハインの幼馴染だ」

「…………」

「ん? なんだ、信じてないな? まあ、花妖精は主以外に懐かないから仕方がないか。とは言っても、ハインにかかったらどんな花妖精でも懐くがな。あれは花妖精たらしだから」


 その台詞にカチンと来た。そんなんじゃないと言いたかったが、謎の不快感から口をきくのも嫌で顔をしかめるだけにとどめる。


「…………」


 キリコが苦々しげな顔のままウォーカーを見つめていると、その背後に二つの燃えるように赤い頭が見えているのに気付いた。その様子に少しだけ目を見開けば、次の瞬間には綺麗に編み上げた髪を揺らしながら、双子の花妖精であるハクとレンが顔を出す。その顔は興味津々といった表情で、ジッとキリコのことを見つめていた。


「ああ、気になるか? これはハクとレン。双子の花妖精だ。ハクとレンもお嬢ちゃんが気になるようだな」


 ウォーカーがそう言えば、ハクとレンは顔を見合わせてクスクスと笑った。


「お嬢ちゃんがキリコだろう? なるほど。見たこともない顔だな。相当に珍しい異世界の種、というのは本当のようだ。身長はまあ普通……いや、ちょっと大きめか? 六歳児と同じくらいはあるな。それは中サイズか?」

「……何をしに来たんですか……これ、きっとハインさんは知らないですよね……」

「ほう? 頭も良いようだ」


 そのセリフを聞いて、キリコはハインがこの訪問を知らないのだと確信した。そうであれば、もうキリコがとる手段は一つである。徹底的に無視。知らない人には関わらないのが一番だと思った。そのくらいの判断を下す頭はある。


「なに、今日はお嬢ちゃんに挨拶しに来ただけさ。すぐに帰る。ちょっと話しておきたいことがあってな。どうせあいつのことだから、まだオブラートに包んだ言い方しかしてないんだろう?」

「…………」

「……無視か。悲しいなあ。俺は一度たりとて女の子に無視されることは無かったんだが……まあ、良い選択だ。そのまま聞くといい」


 自信たっぷりなその言い方が、キリコの(しゃく)に障る。ハインの方がずっと格好良いし優しいのに、と思うとイライラした。

 ウォーカーは近場の椅子を引っ張ってベッドの横に座る。するとキリコとの距離が縮まり、なぜかキリコは今までよりもさらに強烈な嫌悪感を抱いた。これが花妖精特有の主以外の人間を嫌う(さが)だと知らないキリコは、わからないなりに“嫌な人”という思いだけを強めていった。

 そして人であった時の記憶が強いため、初対面の人に対してここまでの嫌悪感を抱く自分にも腹が立つ。

 しかしそう思いつつも、少しだけ尻の位置をずらした。


「ん? どうした。ああ、距離が近いか? 今凄く腹が立っているだろう。だが、心配するな。それは当たり前だ。別にお嬢ちゃんの性格が悪いわけじゃないさ。花妖精ってのはみんなそうなんだ。主以外には基本的に懐かない。まあそれを知っていてもなお接近してしまうのは、俺が可愛い子が好きなせいだ。悪いな」


 全く悪びれたふうでもなく、ウォーカーは椅子を少し遠ざけて距離をあけながら苦笑する。


「主に心を開けば開くほど、花妖精は主至上主義になる。それがどう言うことか解るか?」

「…………」

「例え黒でも、主が白と言えば白になるということだ」


 今までのヘラヘラした雰囲気が一転して、真剣な眼差しを向けてくるウォーカー。部屋は静まり返り、動いているものと言えば、風が揺らすカーテンくらいであった。


「いいか、お嬢ちゃん。あいつに心を許すな。危ないと思ったら、すぐに逃げろ」


 あまりにも真剣な瞳をするものだから、キリコは息を止めたまま吸うことも吐き出すこともできずにいた。

 瞬きをしたら、その瞬間に何かされそうな空気。

 言葉は心配をしているような文言であるが、決してキリコのために言っている言葉ではないとはっきりわかった。


「……俺から言えるのはそれだけ、だな。今は」


 なぜなら、その目が酷く濁っているからだ。

 ようやく苦しいと感じたのは、何も言わなくなったまま自分を見つめるキリコに苦笑したウォーカーが、別れの言葉を告げて部屋を出て行ったときのこと。

 閉められたドアの音を聞いて、その瞬間にむせるように酸素を吸い、肺が痛くなるほど咳き込んだ。肩で息をしながら、ドアを見つめるが、そのドアが再び開くことはなかった。


「心を許すなって……危ないと思ったら逃げろって……危ないのはあなたの方じゃない……!」


 ふつふつと怒りがわいてくる。

 怒りで震えながらも、キリコは今日の出来事をハインに話すことをやめた。これを言ったら、きっとハインが気を悪くすると思ったのだ。

 そしてそれは、正解であった。

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