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軟弱者の花妖精。

「おはようございます、キリコ」


 食事の後、いつの間にか寝入ってしまったキリコを起こしたのは、さんさんと輝く太陽とハインの声だった。

 しかしどうも体が重く、キリコはすぐに起き上がれずにいた。


「キリコ……? まだ寝ているのですか?」


 部屋へ入ってきたハインは布団の中を覗き込むと、わずかに目を見開いてから厳しい顔になる。


「熱があるようですね」

「ね、つ……」


 肩で息をするキリコは、熱があると言われた途端にそれを自覚してしまい、一気に体調が悪くなったような気がしていく。

 事実その顔は真っ赤になっており、目は潤んで今にも泣き出しそうであった。


「やはり花妖精になるのが早すぎたのか……」


 種を植えてから二日目にして異例の花妖精化。

 本来は、子葉、本葉、つぼみ、花と段階を得て成長していくはずが、その成長過程のかなり初期で強制的に花妖精となってしまった。事故と言えば事故であるが、ハインは後悔の念に駆られている。


「ごめんなさい……私が約束を守れなかったから……」

「あなたのせいではありませんよ、キリコ。私がよく見ていなかったのが悪いのですから。辛い思いをさせてしまって、申し訳ありません」


 キリコは“なぜこの人は謝るんだろう”と思った。ハインは一度も感情的にキリコを責めない。いっそのこと自業自得だと罵られた方がまだよかった。

 なのに、目の前にいるハインはキリコの失敗を一度も責めない。


「もう……約束はやぶりません……」


 後悔の念に(さいな)まれているキリコの目に涙が浮かぶ。しかし、自分のせいであるからとキリコは泣くのを我慢した。我慢して、口が震えるのを噛み締めて防ぐ。謝罪の言葉を口にしようとして口を開くと、涙があふれそうなことに気づいた。結果、口をパクパクさせながら震えるだけにとどまっている。

 ハインは、それを見て痛ましそうな表情になった。


「キリコ……あなたは何も悪くありませんよ。子供が失敗するのは当たり前のことなのですから」

「わ、私、は……十八歳です……子供だけど、ちゃんと……善悪を、考えられる年齢でした……」

「でもここでは子供ではありませんか。だってあなたはここの世界のことも花妖精のことも、何も知らないのですから」


 ハインの手がキリコの髪をすく。


「私があなたにちゃんと説明をしたら良かったんです。他の種と同じで“殻を蹴破ったりしないだろう”と勝手に思い込んで、説明をしなかった私のせいです」


 いよいよ泣き出してしまったキリコの頭を撫でながら、ハインは苦笑した。そして、ハインの心の奥に何か温かいものが沸いてくる。すると、極々自然に言葉が飛び出した。


「あなたは今までで一番手間がかかる種ですね」

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」

「ああ、責めているわけではありませんよ。私が、ずっと見ていてあげなければと思っただけです」


 それを聞いて、キリコは心が痛くなる。

 無条件で与えられる優しさを、卑屈になってしまったせいで素直に受け入れられない。


「どう……して……そんなに優しいんですか……! 私は……あなたに優しくされる理由なんてないのに……こんなっ……見た目も頭も普通の冴えない私が……なんであなたみたいな綺麗な人に――……」


 嗚咽を漏らすキリコを見て、ハインは困ったような顔をする。

 そしてチェストに置いてあったティッシュを取り、そっとキリコの涙をぬぐう。キリコが自分ですると言っても、首を振って静かに笑うだけだ。


「ねぇ、キリコ。私はね、あなたを特別な存在だと思っていますよ。あなたは可愛い」


 そう言いながら、二人の距離が縮まっていく。


「この綺麗な黒い目も、絹糸のような黒い髪も、小さくて赤い唇も、二重で長いまつ毛も、キラキラ輝く宝石のような目も、小ぶりで可愛らしい耳も、白くて細い指も、全てが――」


 可愛いんです――……

 そう、ハインの口がつむぐ。それを見ながら、キリコはようやく泣き止んだ。泣きやんで、顔に熱を集めていく。段々と近づいてくるハイン。その口はもうキリコのすぐそばまで来ており、キリコはこのままだとくっついてしまうんじゃないかと思った。

 キリコは困ったような顔で、でも逃げるなんてことはできずにうろたえていると、目の前に迫ったハインはフッと笑った。


「私が今までに見てきた誰とも違う顔ですね。初めて見ますが、とても綺麗だと思いますよ」

「……と、東洋人っ……だから、でしょうか……」


 “今までに見てきた誰とも違う顔”

 その一言を聞いてサッと冷静になる。近づいたのは顔を見るためで、単なる興味でああ言ったのだと。珍しい、というのを可愛いに置き換えて、気を遣ってくれたのだと。だって貴族は紳士だから。


「ここでは、見ない顔ですよね」


 だから、この胸の高鳴りは勘違いなのだと。

 そう、思うことにした。

 事実、キリコはあまり男性に免疫がなかった。それに本当に平凡な女なのだ。ハインが言うほど可愛いとか美人とかそういうことはなかったが、強いて言うなら“愛嬌のある顔はしている”というくらいだ。


「どうしてこんなに可愛らしいと気がつかなかったんでしょうね、私は。ああ……初めてキリコを見たときに、キリコが死んでしまうんじゃないかと思ったら怖くなったんです。だから細部を見ている余裕がなかった……というのは、言い訳だと思いますか?」

「…………」

「キリコ? どうしましたか?」

「い、いえ……なんでもないです……あの、もうちょっと寝ていてもいいですか?」


 赤くなった顔は熱のせいで気づかれることもなく、ハインもそうした方がいいと言って離れていく。それを少し残念に思いながら見上げていると、ハインは何かを思いついた表情をして再び接近し、そしてキリコの額に唇を落とす。


「お休み、私の可愛い天使」

「…………」


 意地悪そうな笑みを浮かべて去っていくハインが扉を閉めてから、キリコはようやく“からかわれた”のだと気づいた。

 部屋に、濃厚な花の香りが充満する。

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