第一章_07
林までの道はゆるやかな坂であまり背の高くない草で覆われていた。林に近づくと、遠くで見たときに感じていたよりも大きい木が連なっていることに気づく。しかしその割に林の中は太陽の光を十分に取り込んでいて明るく、小動物もちらほらと見ることができる。
「いつも通り適当に歩いていればいいわ」
林に入るとシオンは軽い調子で言った。
「わかった」
ヒロトを先頭にして三人は奥へと進む。林の中にも背の高くない草が多く、思っていたよりも歩きやすい。
「なぁ、シオン……ちゃんって、何者?」
林内を進み始めて少しした頃、カケルが問いかける。
「よう……」
「わたしは妖精って言ったわよね、青髪」
ヒロトが口を開けて答えきる前に、シオンが答えた。
「いや、そうだけどさ。なんていうか、どういう経緯で人間と一緒にいるのかなって。俺が聞いた話だと、妖精はめったに人の前に姿を現さない上に……嫌ってるって」
「ふん、どんな偏見よ」
シオンはカケルの言葉をバッサリと切り捨てる。
「それは人間が勝手に描いた妖精像でしょ? まぁ、美しく神秘的ではあるけども」
「それ、自分で言うか」
「うるさいわね!」
思わずこぼれてしまった言葉に、シオンはヒロトの耳を引っ張る。
「ごほん。……わたしたち妖精はそんなに人間を嫌いではないわよ。でも人間の前に姿を現さないというのは正解ね」
「えー、なんでー? わたしたくさんの妖精さんに会いたいよ」
ミユが残念そうな声を出す。
「みんなおまえみたいな人間ならいいのだがな。でも残念ながら、だいたいわたしたちを探すのは物珍しさで大儲けしようとしている輩か、無知ゆえに残酷な行いを平気でする子どもくらいなものだからな」
シオンはぶるっと身震いさせる。
「ふーん、なるほどね。妖精に対する認識が変わるなぁ」
ふんふん、とカケルがうなずく。
「じゃあさ、めったに人の前に姿を現さない妖精がなんでヒロトについてるんだ?」
「あぁ、それはな。うん、いろいろあるん……」
シオンは急に黙り込む。
「どうかした?」
シオンの様子の変化にヒロトがすぐに反応する。
「……右手の方から気配がするわ」
「ターゲットか?」
「そうね。あの破壊された柵の周りに残っていた気配と同じだわ」
二人は小さな声で素早く確認を済ますと、シオンはそそくさとヒロトのフードの中に入って顔だけのぞかせる。
「全員、装備の確認を」
ヒロトはそう言いながら腰に差してある短剣に手を添える。カケルは左腕の銀の円盤に手を触れる。ミユはすぐに抜刀できるかどうか、背中の剣を少し抜き差しして確認した。
「ターゲットに接近する」
三人は足音を立てないようにゆっくりとシカのいる方向に歩きはじめる。一〇歩ほど歩いて目の前の太い木を避けると、一五メートルほど先に動くものが見えた。それは遠目で定かではないが、身体とのバランスが不自然に感じるほど大きい二本の角が生えていた。その大きい角はそれぞれ二又に分かれていて、その分かれ目には赤い玉がついている。
幸い、まだヒロトたちに気づいている様子はない。
「先手を打つ」
ヒロトが声を落として二人に話しかける。
「まずはミユが魔法をシカに向かって撃ちだしてくれ。それに合わせて俺が飛び出す。カケルさんは――」
「は……はくちゅん」
ヒロトのフードからくしゃみが聞こえた。