第一章_06
「そろそろ依頼のあった果樹園ですね」
地図を見ながら歩くヒロトが言う。
「丘の果樹園、一回きてみたかったんだよねー」
ミユはふふふと笑う。
「お、あそこに見えるでっかい柵がそうじゃね?」
前方を指さしながらカケルが声を上げると、ミユが、ひゃっほーい、と両手を上げて走り寄っていく。
「はー、でっかいねー」
ミユが上を見上げながら言う。
「うん、たしかにでかいな」
ミユに少し遅れて走り出したヒロトはミユの隣に並んで同じように上を見上げる。
二人の目の前には高さ一〇メートルほどの大きな柵が、果樹園全体を囲むようにして建っていた。そこの広さはだいたい一〇〇メートル四方にも及ぶ。
「おいおい、二人とも口を開けながら上見てると変なもん入るぞ」
「むっ!」
カケルが笑いながら言うと、ミユはすかさず両手で口を覆った。
「それよりもヒロト。あっち見てみ」
「ん? なんですか?」
ヒロトは恥ずかしそうに口を閉じながらカケルが指さす方向に目を向けると、そこにあったのは周りの景色とは違う異常だった。
「柵が……壊れてる?」
ヒロトはすかさず近寄る。他の二人もそれに続く。
「穴が空いてるな」
「ここから入ったんですね」
「しかも一度修復したところを、だな」
穴の周りをよく見てみると、あたりには柵とは明らかに違う材質のものが散らばっていた。
「ということは、ちょっと前に壊されたばかり……?」
「そういうことになるな」
「……なんで?」
ヒロトとカケルが状況を見て納得しているところに、ミユが頭に?を浮かべながら首をかしげていた。
「いいかい、ミユちゃん。シカが果樹園を荒らしたって依頼がきたってことは、この柵が壊されたのは少なくとも今日じゃない。ということは昨日か一昨日か、もしくは一週間前に壊されたのを果樹園の人が穴をふさいだんだ」
「うんうん、わかるよ」
カケルの説明にミユはうなずく。
「と、いうことは、だ。果樹園の人は柵が壊されたら直すようにしている。しかし今は壊れている。つまり……」
「つまり……?」
ごく、とつばを飲み込む音が聞こえた。
「この部分は! つい! さっき! 壊されたのだっ!」
「な、なんと!」
はわわ、と驚くミユの顔に満足いったのか、カケルはからからと笑う。
「ミユちゃんおもしれー」
「はぁ……」
ヒロトはため息をつく。
「あぁ、悪い悪い。つい楽しくなっちゃってな」
ごほん、と咳払いをして、気を取り直したようにカケルは話し出す。
「今考えるべきことは、シカがこの柵の中にいるのか外にいるのか、ということだな」
「どっちだろうね? 二手に分かれる?」
ミユはヒロトとカケルの顔を交互にみながら答えを待つ。
「うぅん」
ヒロトはうなり、少し考えてから話し始める。
「いや、その必要は、」
「その必要はないわ!」
ヒロトの言葉にかぶさるようにして、布を通したようなくぐもった声があたりに響いた。
「え? なんだ、今の声?」
カケルはきょろきょろとあたりを見回すが誰の姿も見当たらない。
「あ、シオンちゃんの声だ」
「シ、シオン?」
ミユの喜んでいるようなリアクションに、カケルはさらなる動揺を隠せない。その様子を楽しむかのようにヒロトのフードがもごもごと揺れる。
「じゃん!」
そしてフードからシオンが勢いよく飛び出した。
「おわっ! なんか出た!?」
カケルは、はわわ、とした顔になりながらも器用に身体をのけぞらせて驚く。
「あっはっは!」
「シオンちゃん、久しぶり!」
ヒロトの前で高笑いしながら浮いている妖精、シオンにミユは手を振ってあいさつする。
「お、おまえか。久しいの」
シオンは手を振り返す代わりにふんぞり返る。
「……よ、妖精、だって?」
「いかにも! わたしは妖精、名をシオン。青髪のおまえ、なかなかいいリアクションだったぞ」
シオンに顔を近づけてまじまじと見つめるカケルに対して、満足そうにうなずきながらヒロトの肩に座る。
「ヒロト。おまえ、妖精なんて持ってたのか?」
「持ってるとは失礼な!」
「ほぶっ!」
カケルの頬が妖精の小さな足に蹴飛ばされる。蹴られた部分が赤く腫れ上がる。
「わたしはこいつの所持品などではない! わたしが仕方なくついてやってるだけだ。むしろこいつが私の所持品だ」
「それはそれでひどいな!」
ヒロトは自分の頬に突き刺さっているシオンの拳を引き抜きながらいう。
「それにしてもシオン。君も毎回よくやるね」
「人間の驚く顔を見るのがわたしの生きがいだ」
「わたしも初めて会ったときは驚いたなー」
「そういえばおまえもなかなかいいリアクションだったな」
シオンは満足そうにうなずく。
(……まぁ機嫌が悪いよりかはましか)
そう思い込むことにしてヒロトは無理やり思考を切り替える。
「まぁシオンの話はこれくらいにして。シオン、わかってる?」
「誰にものを言っている。すべて把握済みだ」
真面目な顔をしたヒロトの頬をもみながらシオンが答える。
「シカは……この感じはこちらで言うタマツキシカだな。やつは柵の中にいないな。外だ」
丘を少し下ったところにある雑木林にシオンは指先を向ける。
「あの林の中か。ありがとな、シオン」
「ふん。礼には及ばん」
ヒロトは林を見つめながら言う。
「よし、暗くなる前に片をつけよう」
三人は目配せをして林に向かう。