第一章_03
ヒロトは学校からほど近いマンションの一〇階にある自宅へと戻る。
「……ただいま」
帰ったことを伝える言葉に家の中から何も反応は返ってこない。勉強道具が入ったカバンを玄関の脇に放り投げ、玄関から一番近い部屋である自室へと入る。
部屋には大きくて外景を一望できる窓があるが、それ以外にはこれといって無駄なものがなくとても殺風景なものだった。制服を脱いでハンガーにかけ、クローゼットの中から黒を基調とした“戦闘服”を出して着る。グレーのシャツに黒いパーカー、黒いジーパンを身につけ、武器を下げるためのベルトを腰に巻き、さらに回復用のアイテムを入れるためのウエストポーチも腰に巻きつける。そしてハンガーにかけてある制服の胸ポケットのあたりを指でつつく。
「依頼だよ。魔獣討伐。いくよ」
独り言のようにいうと、何事もなかったかのように部屋の隅に立てかけてある長さの違う剣を三本つかむ。三本とも長さが通常の剣よりも短いことから短剣の部類に属し、その中でも二本は刃渡り四〇センチ、残りの一本は六〇センチほどである。それらを右の腰に短いのを一本、左側の腰に残りの二本を差した。
「ぐむむ……。安眠を妨げてくれるじゃないの……」
回復用のアイテムをクローゼットにある引き出しからポーチに移していると、制服の胸ポケットから布を通したくぐもった声が聞こえた。
「起きた? ていうかよく昼も夜もそんなに寝ていられるな」
ヒロトは笑いながら制服のポケットに目を向ける。
「わたしたちの種族は睡眠時間が長いの。長生きだから。あぁ、あんたたちみたいに生き急ぐ必要もないからかしら」
制服の胸ポケットがもごもごと揺れて、色素の薄い金色の頭を出す。
「人間だって誰も生き急いではないだろ。あまり時間がないから早く支度して」
「嘘、今だって急いでるじゃないの。まぁ、支度なんて髪を整えるくらいだからすぐに出られるわ」
そうして胸ポケットからのそのそと出てきたのは二〇センチほどの大きさの小さな女の子だった。
一般的に妖精と呼ばれる彼女の名前は、シオン。白いワンピースを着て、背中には透明感のある羽が四枚生えているが、それをはためかせて飛んでいる気配はない。色素の薄い金髪はさらさらと腰のあたりまで伸びていて、光を受けてきらきらと輝いている。
「うん。寝癖もついてないし、すぐに出られるな」
「何言ってるのよ。あんたの寝癖を直すのよ」
「え?」
ヒロトは自分の頭部をあちこち撫でまわす。そして後ろの髪がはねていることに気づいた。
「全然気づかなかった……」
「もしかしてまたそのまま学校行ったの? 信じられないわ」
肩を落としながらため息をつく。そしておもむろに指をパチンと鳴らす。すると、ヒロトの頭上の何もない空間から水が滝のように流れ落ちてきた。
「ぐぼぼっ!?」
もう一度指がなる音が響くと水は止まりヒロトが床の上で溺れるという珍妙なことはなくなったが、周りがすっかり水浸しになってしまった。
「部屋も俺もびちょびちょなんだけど……」
「わかってるわよ」
シオンはくすくす笑いながら指を鳴らす。するとさっきまで水浸しだったヒロトも部屋も、最初から濡れていなかったかのように一瞬にして乾いた。
「寝癖が直ったんだから感謝しなさいよ」
シオンは楽しそうに笑いながらヒロトの肩に座る。
「……まぁいいや、行くよ」
釈然としないままにヒロトは部屋を出た。