第一章_01
「ふぅ、やっと終わった」
時計の針が真上を少し過ぎた昼頃、チャイムが一日の授業の終わりを告げる。
「……昼飯、何食べようかな」
そうつぶやきながら窓際の席で空を見上げる男子生徒がいた。髪は短めでさっぱりしているが、あまり気を使っていないのか、後頭部には寝癖が一房元気にはねている。身体の線は細く、これといって挙げる特徴がないのだが、しいていうなら手が他の人に比べて若干長いというところだろうか。
「おい、ヒロト。学食行こうぜ」
窓際男子に話しかける男子生徒が一人。彼は紺色のブレザーの上からでもわかるほど鍛えられた身体が目立ち、鮮やかな青色の髪をツンツンに立たせていた。
「あ、いいですね。行きましょうか、カケルさん」
ヒロトと呼ばれた窓際男子は席を立って、カケルと呼ばれた青髪男子の横に並ぶ。
「なぁ、前々から言ってるんだが。同じ階級なんだからタメ口でいいって言ってんだろ?」
「カケルさんが良くても、他の人が……ね」
「は! 年齢なんか気にしなくてもいいのにな、堅苦しい」
カケルが肩をすくめながら言うことに、ヒロトは苦笑いで返す。ちなみにヒロトは今年で一六歳になり、カケルはヒロトよりも二つ上で一八歳になる。
「実力がすべて! この階級にいるならみんな実力は一緒だ。年齢関係なく。俺もおまえも。そうやっていつまでも気負うなよ」
カケルがヒロトの背中をバンと叩くと、ヒロトはその勢いで前につんのめりそうになりながらも教室を出る。二人並んで廊下と歩きながら、ヒロトはふと窓の外へと目をやる。すると、学校の中心にそびえ立つ大時計のすぐ下の“C.S”の文字が視界に入る。その文字はヒロトが着る制服の左胸ポケットにも縫い付けられており、それが示すのはセントラルシティにある一番大きな学校の名前の略称である。
セントラル・スクール。ここは生徒の実力によって階級と呼ばれるクラスに分けられている。在学している生徒はみんな階級を持ち、その階級に合ったマークを左肩につける。階級は一から一二まであり、数字が小さい方が上級となる。つまり数字が小さければ小さいほど、すごい実力の持ち主ということになる。
ただ、実力といっても単に力だけで評価されるわけではない。もちろん魔力が強く戦いにおいて優秀な成績を修めた者は昇級する。しかしそれだけではなく、研究や探険によって成される発見や技術の向上などといった、世のため人のため進歩のための功績を残した者に対しても昇級は存在する。
そして実力で階級分けされるということは、同じ階級に属していても年齢はさまざまになるということでもある。ヒロトとカケルは第六級の称号を持っている。この第六級という階級は一般的に二〇歳過ぎで取得できる程度の階級なので(ヒロトは一六歳、カケルは十八歳)、二人の周りにはそういった年齢の人が多い。
「けっこう並んでるな」
食堂に着いたヒロトとカケルは、入り口近くにある食券の券売機の列に並ぶ。
「まぁお昼時ですからね」
ヒロトは券売機の横に置いてあるメニューを眺めながら言う。
「……よし、カレーにしよう」
「ヒロトってさぁ、いつもカレーじゃね?」
「この学食のカレー、安くておいしいんですよ。あとカレー大好き」
「好きって、どんなもんさ」
「一週間三食カレーでもいいくらい」
「さすがに嘘だろ!」
カケルはからからと笑うと、じゃあ俺はカレーうどんにしよう、と決めていた。
長いこと並んでようやく食券を買い、フードカウンターでそれぞれ注文したものを受け取る。
「あ、ヒロトくーん! こっちこっちー」
二人は賑々しく混んでいる食堂の中、空いている席を探してきょろきょろとあたりを見回していると、ヒロトのことを呼ぶ声が少し離れた場所から聞こえた。その大きな声に食堂を利用している学生がみんな振り返る。
「おい、呼ばれてるぞ」
カケルがにやにやしながらあごで示す。
「……こんな大声出さなくてもいいのに、恥ずかしい」
ヒロトはため息をつきながら大声の発信源へと目を向ける。そこには同じ階級の女子であり同い年の幼馴染、ミユが大きく手を振りながら座っていた。
「空いてるよ」
ミユはにこにこしながら自分の向かいにある席を指し示す。
ミユは幼さを残しながらもきれいな顔立ちをしていて、茶色みがかった長い髪はポニーテールでまとめられている。そして何よりも目を惹くのは、その大きく成長した胸である。
「ミユちゃんは一人?」
カケルは席に座りながら尋ねる。ヒロトも続いて座る。
「階級上がったばっかでまだ親しい人、いないんだよねー」
「前の階級のやつらは?」
しょんぼりと寂しげに笑うミユに、ヒロトは最近まで自分もいた第七級の友達のことを聞く。
「七級とは授業のカリキュラムが違うから終わる時間も違うじゃん」
「あぁ、そういえばそうだな」
ヒロトはカレーとライスをまんべんなく混ぜながら第七級のカリキュラムを思い出す。
「そうだ! ヒロトくんは今日も依頼やるの?」
「うん。依頼受けていかなきゃ生きていけないしね……」
ヒロトは財布の中身と銀行の残金を思い出してうなだれる。
依頼とは国中から寄せられる頼みごとのことである。それを生業としている一般の会社や個人業もあるが、C.Sは規模が大きくて仕事も早いことから依頼が殺到する。学校は生徒に経験を積ませるためにもそれらを積極的に受け入れている。
依頼の内容はさまざまで、庭の掃除や荷物運びの手伝いから、要人の警護や暴れている魔獣の討伐だったりする。
「なに、そんなに逼迫してるの?」
「……まぁ少し」
「ふぅん、大変だな」
カケルはヒロトを横目に見ながらカレーうどんをすする。
「ねぇねぇ、わたしも一緒に行っていい?」
「依頼に? うん、それはいいけど」
「むぐむぐ……ん、じゃあ俺も行く!」
「いいですよ……って、はやっ!」
ヒロトがカレーを一口も食べないうちにカケルのどんぶりはきれいに空になっていた。
「さっきまでなみなみと入ってましたよね? 食べ始め俺と一緒でしたよね!?」
「……すごい、汁までなめとったかのようにきれいになくなってるよ」
ミユは目を見開いて驚く。
「ふ、早食いなら任せろ」
細く切られたタマネギらしきものを頬に付けながら、カケルは無駄に爽やかに笑う。
「ほら、早く食って依頼行くぞ!」
カケルにせかされながら、ヒロトとミユはそれぞれの昼食をかきこむように食べた。