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プロローグ_01

 夜。

 明るく輝く月明かりも届かないほど深くて暗い森の中。足音を立てないようにして走る黒い影が一つ、東に向かってひたすらに移動していた。


「……気づかれた」


 黒い影、フードつきの黒いマント被った小柄な少女が小さくつぶやく。彼女は後方にそびえたつドーム状の形をした建物から脱走して五分ほど経ったころ、かすかな追っ手の気配を感じ取った。


「ちゃんと準備、したんだけどな」


 脱走者は自分が所属していた組織の力を改めて実感し、息を吐く。


(しかし、もう後には引けない)


 追っ手の気配から四人……いや、もう一人、五人いることを把握する。


「相手をするのは、ちょっと大変だな」


 ふん、と脱走者は鼻を鳴らしながら口元をやや吊り上げる。そして懐から一辺の長さが一〇センチほどの折り紙を一〇枚取り出し、それに自身の魔力を流し込む。するとそれらは手の上で少し宙に浮いて、ひとりでに折り曲がり始める。数秒もしないうちにそれは飛行機の形になり、脱走者の周りをふわふわと漂う。


「よし、行け」


 そう命じると、紙飛行機さまざまな方向に飛んでいった。

 脱走者は追っ手の中に魔力を探知できる魔法を使える者がいると考え、自分の正確な位置を把握させないために自分と同じ性質の魔力を持たせた紙飛行機を方々に散らした。そうすることで魔力を追っている相手には、少なくとも、自身を含めて、一一の魔力を感じていることになる。


「これで少し時間は稼げるかな」


 必要に応じては戦うことも辞さないが、今は逃げ切ることが目的である。そのために魔力はことさら温存しておきたい。ちなみに魔力探査を妨害する魔法も存在はするが、それは魔力を大量に消費してしまうために、これもできれば使いたくなかった。

 脱走者は分身、とまでは呼べないまでも、が増えたことによって追っ手も多少は困惑するだろうと思い、少し肩の力を抜く。

 しかしその瞬間、暗闇だった森が急に明るくなり、脱走者の影が前に細長く伸びる。

 その光源は後ろから。そして同時に散らばっていた分身の気配が一つ消えた。


「遠距離魔法!? ……なりふりかまわずってわけね」


 小さく舌を打つ間にも断続的に光は瞬き、みるみるうちに半分もの分身が消え去ってしまった。


(このペースだとそのうち当たる!)


 魔力の温存とも言っていられない状況と判断し、魔力探査阻害魔法を使おうと魔力の集中を始める。


「……!」


 しかし魔法を発動させることはできなかった。なぜならそれは自身のすぐ近くで何者かの魔力を感じたからだ。

 その直後、白くて鋭利な何かが脱走者に向かって突き出される。

 すぐに反応し、真後ろに跳んで回避しようとするが避けきれず、頬に浅く切り傷を作ってしまった。


(……邪魔された)


 そう思いながらも突然出現してきた何かから距離をとって目を向ける。そこには暗い森の中で不自然なほどに白く浮かび上がる人が立っていた。脱走者と同じような形状のフードつきのマントを着ているが、色は正反対で真っ白。大き目のマントから少しはみ出している指先は包帯でぐるぐる巻きになっている。マントの前あわせからちらりと見える中の服も白で統一され、白いミニスカートからは不健康そうに見えるほど真っ白な脚が伸び、そこにもところどころに包帯が巻かれていた。目深に被ったフードから覗く髪も雪のように真っ白。ただ、鋭く光る瞳の色だけは吸い込まれそうになるほど澄んだ空色をしていた。


「……おまえか」


 脱走者は切った頬から流れる血を袖で拭いながら白いのを睨みつける」


「にげて、どうする?」


 白いのはか細い声でつぶやく。


「つかまるか、ころされるか」


「逃げ切ってやる。あんなところは、もううんざり」


「あなた、それ、いう?」


 白いのは小さく首をかしげながら続ける。


「そしき、あなた、いえ」


「うるさい……!」


 脱走者は声を震わせながら首を横に振る。


「あんなところは家でもなんでもない!」


「……そう」


 白いのは脱走者を見つめていた空色の目を悲しげに伏せる。そしてゆるゆると包帯で巻かれた右手の指先を脱走者に向ける。少し間をおいて顔を上げると、そこにはさっきとは全く違う、射抜くような鋭さを持った空色の目で脱走者をみつめ、か細く、しかし張りつめた声で言い放つ。


「しんで」


「……っ!」


 脱走者は白いのから殺気を感じて避けようとそこに跳ぼうとする。


「なっ!」


 しかし、白いのの攻撃よりも早いタイミングで背中に衝撃を受けた。それは狙いをつけて、かつランダムに放たれていた遠距離魔法だった。その衝撃で脱走者は倒れそうになったが、足を一歩前に踏み出して止まり、また回避運動を再開する。脱走者が横に跳ぶと、さっきまでいた場所を白くて鋭いものが貫いた。それは白いのの指から伸びていた。

白いのは続けて左手の指先を脱走者に向ける。

 脱走者はそこから攻撃の気配を読み取り、かわそうとする。

 しかし白いのは視線をちらりと森の奥に向けると、攻撃をやめ、距離をとるように後方へ跳んで姿を消した。


「…………!」


 脱走者はその行動に疑問をもったが、背中に大きな魔力を感じ取って振り向く。すると、視界が黄色い光で塗りつぶされた。それは今までとは比べものにならないほど高出力の遠距離魔法だった。


「ちっ!」


 脱走者は回避が間に合わないと判断し、自身の魔力を身体中に張り巡らせ、腕を交差させて防御姿勢をとる。

 高出力の黄色い光が黒い小さな身体を飲み込む。その強すぎる光の中で小さな影はかすんで見えなくなった。


「………」


 白いマントを羽織った少女はその光景を少し離れたところから見つめていた。光が消えて暗闇に目が慣れてくると、脱走者がいた場所に小さなクレーターができているのが見えた。白い少女は目を伏せて、小さなクレーターを背にしてゆっくりと歩きだす。その頬には一筋の涙が零れ落ちた。

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