となりの紫陽花
「屋上って、ポカポカしますねえ…」
言いながら、美咲は空を見上げていた。太陽が雲と雲の合間に存在を主張している。季節は夏に差し掛かろうとしていた。
ポカポカっていうか…
「暑くない?」
「確かにちょっとムシムシしますけど、まだ大丈夫です」
「…お前、未だにブレザー着てるもんな」
彼女の服装はこのクソ暑い中でも制服の着こなしの見本のような、しっかりと着込んだものだった。大半の生徒がそのブレザーを脱ぎ、セーターか長袖シャツのみだというのに。生徒の鏡のような奴だな。教師も美咲のような生徒ばかりいればいいのになんて思っているのだろうか。かくいう俺も、灰色のセーターを着ていて、ブレザーなんて既にクローゼットへしまっていた。
「ブレザーなんで着てんの?」
「なんでって、衣替えがまだだからですよ」
「…真面目」
「真面目でいいです。来月ですよ、衣替えは」
スマホの日付表示を見た。五月も最後の週に入っていて、六月ももうすぐかと溜息が出る。雨は嫌いじゃないが、あの梅雨のジメジメした空気は大嫌いだ。きっとこの屋上にサボリに行くこともあまり出来なくなるだろう。あぁ、憂鬱だ。
「でも、六月は紫陽花が綺麗です」
「…あー、そういえば」
「一緒に見れば、きっと梅雨も色付きます」
「アジサイか……いいな」
にしても美咲って詩人だな、なんて思っていたら、目を大きく開いて心なしか頬に赤みが差している美咲が目に入る。
そのまま目を合わせていると、美咲がハッとして、恥ずかしそうに引きつった笑い声を出した。
「なんなの」
「いや!なんでもないです!紫陽花思い浮かべて笑う由紀くんに見蕩れてたとか、そんなことは全然…っ!」
「見蕩れてたんだな」
「……あは」
美咲は多分、嘘が付けない人種なんだろう。呆れたような目線を向けると、小さく「ごめんなさい…」と美咲は言った。
「まあいいけど、別に」
「そう、ですか」
「……」
美咲は俺の今の態度で、こんな男といることに息が詰まっただろうか。あの時からなんとなくこうやって二人でいる時間が多い。すぐに話しかけたりすることなんてなくなるだろうと思っていたのに、美咲は俺を見つけては話しかけてくるのを一向にやめない。不本意だけど、それを別に疎ましがっていない自分もいて、少し悩みどころ。きっともう俺の中で、美咲の位置づけは友人になっている。だからこそ、俺の態度に美咲はどう感じたのかが気になったのかもしれない。不安なのかも。
「由紀くん?」
「…ん?」
「いえ。ぼーっとしてたから」
「変な由紀くん」と美咲は笑った。
(…なんか、変な感じ)
「……」
「なんですか?そんなに見られると照れますよ、流石に」
「………はー」
ニコニコニコニコ。笑顔を振り撒く美咲。スマイル0円は継続。
「お人好し」
「ゆきくん!?」
両頬を手で挟む。変な顔だ。
自然と頬が緩むのを感じて、やっぱり俺ちょっと変なのかも、と頭を抱えたくなった。美咲に毒されてきている。そんなことを考えている間も、美咲はそのまま両頬を俺の手に挟まれたままだった。