旦那様、笑う(完)
これで第一話完結でござるー
昼時、道太郎殿が帰ってきた。
釣り竿を手に持って、八吉を供につれている。
いつもながら表情はなく、何を思っているのかは私には分からない。
お七が出迎える、お七が釣りのご成果はなどと聞いている。
八吉が首を振る。釣りに行って魚が釣れなかったようだ。道太郎殿はさぞ機嫌を損ねたことであろう。
益々不安が募る。
お七は目配せをする、本当に大丈夫なのだろうか?
「お昼の用意が出来ておりますよ、さ、こちらへ」
促されるまま道太郎殿と八吉は裏口から土間に入っていく。
「あー若奥様、よろしければ御一緒にお昼をどうぞ」
お七が私に向かい笑顔で大きく手を振る。
昼食は麦飯に味噌汁、香の物、鳥の肝を甘辛く煮た物に刻み生姜が振りかけてある小鉢、さして特別な昼食には思えない。
道太郎殿、私、八吉、お七の四人での昼食となった。
道太郎殿は昨日の夜から怒っていられるのだろうか?
表情が変わらないので怒っているのか、もう怒っていないのか判断が出来ない。私は気づかれぬように道太郎殿の顔を見る。
道太郎殿は一心不乱に鳥の肝を頬張っていた。
口の端には煮汁が付き、目は鳥の肝が入っている小鉢を穴があくほど見つめている。
頬いっぱいに鳥の肝を詰め、顎を上下に揺らしている。
自分の小鉢に中身を食べ終わると八吉の小鉢をじっと見つめている。
八吉がその視線に気づかず小鉢の中身に手を付け空にしてしまう。
視線はお七の小鉢に移る、お七の小鉢はもう空になっていた。
視線は私の小鉢に移る。
じっと私の小鉢を見る、私の小鉢の中の鳥の肝をじっと見る、私は道太郎様の顔をじっと見る、涎と煮汁でベトベトの口周り、鳥の肝を見つめる真剣な眼差し。私は自分の小鉢をとり道太郎様の膳に乗せる。
「宜しかったらどうぞ」
道太郎様は私も顔を目を正面から真っ直ぐに突き刺す様に見る。
「本当か~!?」
子供のような笑顔、童女のような笑顔、そしてとても愛くるしい笑顔で私に笑いかけてくれた。
「貰って良いのか~?」
良いのかと聞きながらもう返す気がないのだろう、両手でしっかり小鉢を握りしめている。
「返してくれとは申しません、どうぞお召し上がりください」
私まで顔が綻んでしまう。
道太郎様は小鉢を置き一心不乱に鳥の肝を口の中に頬張る、その光景は微笑ましいと言うより鬼気迫る物がある。
「道太郎様、その小鉢がよほどお好きなのですね。鳥がお好きですか?」
私は何か喋りかけねばと思い話しかけた、何かそのまま見ていることが忍びないようなそれほどのガッツキ様だ。
道太郎様は箸を止め私の顔を見て満面の笑みでおっしゃられた。
美しく、そして恐ろしいほどにかわいらしく、笑われた。
「儂は生姜が大好きなのじゃ!」
…………そっちかよ。