旦那様、笑う(ことの真相)
三岳岳三先生は、みたけたけぞうでござるー
道太郎と三岳は相手方の屋敷の門前で啖呵を切る。
「儂は三岳道場の三岳岳三じゃ! 当家に儂を誑かし、我が門下生佐治道太郎の使用人一家を襲った者がおる! 早急に引き出されよ!」
「先生、使用人とは?」
「八吉のことじゃ、こうでも言わんと格好がつかん」
門が開き、侍たちが4、5人出てきた。男たちは皆緊張の面もちで二人を取り囲んだ。
「先ほどもお話したとおり、当家家臣が一人殺されております。当家はこのまま引き下がれば世間の笑いものになり申す。どうか下手人八吉をお引き渡しください」
「その話しなんじゃが、ちと儂が聞いた話と違うのじゃ。殺された御家臣は名を何と申すか?」
「当家の恥となりますので、名をお教えする訳にはいきません」
一歩前に出た男が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「すまん、すまん。これは不躾だった、ならばこれだけ教えてほしい。その者は侍か?」
男は鼻で笑いながら言った。
「当家使用人ではない、当家家臣が殺されたと申したはず、侍でございます」
「それではおかしい、八吉が刺したのはただのゴロツキ、侍ではない。殺された時その者はゴロツキの格好でもしておったか?」
「愚弄する気か! なぜ当家家臣がゴロツキの格好をしていなければならんのだ! 切り殺された者はしっかり侍の格好をしていたわ!」
「その目で確認されたのだな?」
「この目で見たわ!」
三岳はニヤリと笑った。
「つまりは下手人は八吉ではないと言うことになる」
「何故そうなる!」
三岳はニヤついた笑みをやめない。
「儂等は今、番所に寄り八吉が刺した相手の遺体を確認してきたところじゃ。その男は着流しに雪駄、刀も腰に差しておらんかったよ」
男はビックリした顔をして同僚であろう他の侍を見た。他の者も同様に驚いた顔をしている。
「さぁ、儂の門下生佐治道太郎の使用人、八吉一家を間違いにより狼藉を加えたこと、どう責任を取ってくれるのじゃ!」
「あっ、いや、それは……」
「おう、おう、おう、当主を出せ、当主を。こちらは佐治家ご当主が直々にお出でになっておるぞぃ!」
「まだ子供ではないか!」
「だかっら立会人として儂が居るのじゃ! 早く当主を出せい!」
「先生、話が大きくなりすぎておるが?」
「そうじゃ、話を大きくしておるのじゃ」
「何故そんなことを?」
「決まっておろう! 楽しいからじゃ!」
「せ、せ、せ、先生!」
「祭りみたいで面白かろう! ほれ、皆慌てておるわ!」
「先生この先どうするのじゃ?」
「そんなもん」
「そんなもん?」
「成り行き任せに決まっておろう!」
「やっぱり先生はバカじゃ~~~」
「ほぇ? 話がややこしくなったらみんな切り殺せばよいわ」
「先生はバカな上鬼じゃ~~」
「だからお前は桃太郎で儂は鬼と決めてきたではないか」
「それでは儂は鬼退治をせねばならぬ!」
「道! 何故刀を抜いておる!」
「鬼! お覚悟!」
「やめーい! 死ぬ、死ぬわ! 道! やめい!」
「刀を抜いたからには殺せとおっしやったのは先生ではないか!」
逃げる三岳、追う道太郎。二人はそのまま旗本屋敷の中になだれ込んでいく。
「何じゃ! この騒ぎは!」
「当家の中で何をしておる!」
「その者共を捕らえよ!」
屋敷の中は祭りのように騒がしかった。
「何をしておる!」
40がらみの身綺麗な男が太刀を手に三岳と道太郎の前に走り出た。
「何じゃお前は邪魔するではない! 今こそお高を取り返す好機!」
「死んでください先生、世のため人のために」
二人は刀を正面でかまえ動かない。
「ここは我が屋敷、決闘は外でやられよ!」
「道」
「はい」
道太郎は素早い動きで刀の切っ先をその男の喉元に当てる。
「な、何を!」
「お話がございます御当主」
「では我が家臣を切り殺したのは道太郎殿の使用人ではないと?」
「はい」
三岳、道太郎、当主は三人共正座をしている。道太郎、三岳ともに刀は鞘に収まっている。
「当家使用人八吉への言われなき疑い、もう晴れたものとして宜しいですな。」
「う、うむっ……」
苦虫をかみ殺したような顔で当主は答える。
「道、それでは相手側が納得しかねるであろう。礼儀のたらん奴じゃ。おい御当主、儂等が御家臣を誰が殺したか知らぬと思ってはおるまいな」
当主は立ち上がりそうになる。
「それは!」
「良いのじゃ当主。八吉が刺し殺したゴロツキ、御当家の御家臣、死体は二つじゃ。この際二人で切りあって相打ち。そうすれば各の下手人は無罪放免、良いではなか」
三岳は正座を崩し胡座をかく。
「そうすれば乱心し、御家臣を切った御子息も腹を切らずにすむであろう?」
最低の笑い顔で三岳岳三は笑う。