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旦那様、笑う(3)

お七はおしちでござるー


お高様と道太郎様は,お屋敷で私たち三人の傷の手当てをしてくれました。

私はお二人に土下座しお礼を言いましたよ。

 命を助けて頂いた上傷の手当てまで、ご恩は一生かけてもお返ししますと頭を畳に擦り付けお礼申し上げました。


「良いのです。道太郎にも良い経験になったでしょう。少し可愛い女の子がいてもフラフラ近づくと痛い目に遭うと」

「奥様! 儂はこの子が可愛いから助けたわけではないです! そんな先生みたいなことはしません!」

「良いのですよ道太郎、男とはそのような馬鹿な生き物と私は重々承知していますから」

「奥様! 儂は大人になると先生のような生き物になってしまうのか?」

「そうです。男は大人になるに連れドンドン醜く、馬鹿になっていく生き物なのです。道太郎、悔しいですが貴方とて例外ではありません」


「奥様、儂は、儂は……わぁ~~ん!わぁ~~ん!」


「これ道太郎、泣くでは有りません」


「先生みたいになりたくないよ~~わぁ~~ん!わぁ~~ん! あんな馬鹿になりたくないよ~~~」


「道太郎、私は貴方がどんな馬鹿になろうとも、貴方を愛し続けますよ」

「お~ぐ~ざ~ま~」

「よしよし道太郎、ギュッとして頭を撫で撫でしてあげましょう」

「お~ぐ~ざ~ま~」

「まぁ何て良い匂いなんでしょう道太郎は」

「帰ったぞー、道! 何故お前はお高の膝の上でギュッとされながら頭の匂いをクンクンされているのじゃ!」

「黙りなさい! 私の下らなかった人生で最も至福の時を貴方の汚い声で汚さないで!」

「お高~儂との40年は何だったのか~!」

「そんなどうでも良い話より、あの侍たちから話しは聞けたのですか?」



「大した話ではない、おい! お前、そうだお前だ、お前一人殺したな」


 三岳先生は布団に寝かされた八吉の前にしゃがみ頭を扇子でポンポン叩きました。


「コイツ、自分が逃げるとき旗本の家臣一人刺し殺してるのよ。そりぁ相手も一家全員殺したくもなるわけじゃ」


「あんた!」

「ちげぇ! そいつはちげぇよ! 俺はお侍を殺してなんかいねぇ! 俺が刺しちまったのはただのゴロツキだ! よくお侍に遊女を面倒見てる三助てぇたちの悪いゴロツキだ!」

「あんた刺しちまったのかい……」

「……すまねぇ……アイツが俺に向かってアイクチ出しやがったから、おれ……無我夢中で……もみ合ってる内に……」

「刺しちまったのかい?」

「……すまねぇ」



「お主何故謝るのじゃ?」



 道太郎様が八吉の前に立ち、不思議そうに八吉の顔を覗き込まれました。


「相手は抜刀していたのであろう? 刀を抜いた時は相手に切られても文句は言えぬ。それが決まりじゃ。のぅ先生?」


「その通りじゃ道」

「ならば良く相手討ち取った。天晴れじゃ」


「へぇ……」


 八吉はかなり困った顔してましたよ。


「道、相手屋敷で儂が聞いた話とこの八吉が話す話、だいぶ違いがある、何故じゃ?」

「簡単な話じゃ、八吉か相手方どちらかが嘘を言っているのじゃ」

「そうじゃ、よく分かったのう、道。誰かが儂に嘘をついたのじゃ。この三岳岳三に嘘をついたのじゃ、これは許されることか?」

「先生に嘘をつくことは大罪じゃ。先生はいつも儂に嘘をつくと殺すと死罪とおっしゃられておる」

「そうじゃ。儂に嘘をつくと死罪じゃ。のぅ八吉お前は死罪か?」

「俺は嘘はついちゃいねぇ!」

「となると」

「死罪はアチラ方じゃ」

「そうなるのぅ。道、お前いくつになる?」

「十じゃ」

「そろそろかのぅ、道、今日からお前は人を切っても良い。佐治道太郎今より三岳流当主三岳岳三の名によりお前にひときりを許そう」

「謹んでお受けいたします」

「道太郎、立派ですよ、私泣いてしまいます」

「道、鬼退治じゃ! 共をせい!」

「儂は何じゃ、犬か? キジか? 猿はイヤじゃ……」

「何を言う道! お前は桃太郎じゃ!」

「ならば先生は?」

「もう登場人物は鬼しかおるまい儂は鬼じゃ!」

「やっぱり馬鹿じゃ~~」


 お七は困惑顔の私の手を取ったままにっこりと笑う。


「お七やっぱりその、何て言えばよいか、あの……」



「そうですよ、三岳先生は馬鹿です」



 私の中で三岳先生は穀潰しから馬鹿に変わった。

 

 ここから先の話は私も分からないんですが、三岳先生が相手側とお話し合いになり、私たち家族と相手方とは今後一切関わらないと言うお約束を取り付けてきてくれたのです。

 ほんとに三岳先生と道太郎様にはいくら頭を下げても足りませんし、一生かかってもご恩は返し切れません。


 その後です。


「八吉、お前は今日から儂の家来じゃ、つくせよ」

「な、何を言っているんですか? 俺は人を刺した罪人ですぜ」

「そうせねば話が纏まらんかった。儂の家来は嫌か?」

「俺は人殺しですぜ」

「嫌か八吉?」

「お家の名前に傷が……」

「お前が嫌かどうかじゃ八吉」

「…………」


「嫌ならば仕方があるまい」


 道太郎様は脇差しを抜きご自分の腹に押しつけました。

 

「先生介錯を」

「うむ!」

 

 三岳先生は刀を抜きました。


「な、何をしているんです! なぜ坊ちゃんが腹を切るのです!」

「そう相手方に約束したのじゃ。儂とて嫌がる者を家来にはできん、約束違えたとすれば腹切りお詫びするしかあるまい」

「家来になります! 家来にしてください! お願いします!」

「そうか! 八吉お前は今日から儂の一の家来じゃ。つくせよ」

「家来にしていただき有り難うございます!」


 それ以来私たち家族はこのお家に奉公させていただいています。

 八吉はあの時から博打も、酒も、喧嘩もしていません。

 道太郎様にご恩を帰すため一生懸命働いております。私もお玉も道太郎様にご恩を帰すためなら何でもいたします。


 八吉は若奥様が思うとおりの罪人です。

 三岳先生はただの馬鹿です。

 どうか昨日の態度などお気になさいますな、二人とも気にしていないどころか気づいてもいないでしょう。

 お高様はとてもお優しい方です。お話になればそのお優しさが必ず分かると思います。

 道太郎様は自分の大切な玩具を軽く見られ駄々をコネているだけでございます。あの方は剣術以外はまるで子供ですから。

 腹が減りうまいものでもたんと食べればすぐ機嫌を直します。

 お七にお任せください。必ず仲直りさせて見せます。



 お七はもう一度、優しい笑顔で私の手を強く握りしめてくれた。


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