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旦那様、笑う(2)

三岳先生の奥さまはおおこうさんでござるー


 お七は語り出した。


 うちの亭主八吉は昔はそりゃぁゴンタクレでして、喧嘩、博打に目が無くて仕方のない男だったんです。自分では博徒だなんて言ってましたが、そんなたいしたもんじゃ無く、ただのゴロツキでした。


 八吉には博打の師匠がいまして、まぁ私の父親なんですけれども、これもとんでもない男で、娘の私が働いた金を全部博打に使っちまうろくでなしでした。

 この二人は喧嘩して博打して女買って酒を飲む、そんな生活をずっとしていまして私と結婚しても、お玉が生まれても二人とも全に暮らす気配はありませんでした。


 ある日、八吉が血相を変えて家に飛び込んできました。

 父親が切られたと言うのです。

 八吉を落ち着かせ詳しく話を聞くと父親は遊郭で馴染みの女郎を取り合いお侍様に無礼討ちにされたのです。

 40を越えた孫もいる男が女郎を取り合い無礼討ち、私は情けなくて涙がでました。それも相手は旗本の次男、まだ15歳というではありませんか。15の子供相手に女郎を取り合うなんて屑ですよ屑、恥ずかしい話ですが私の父親は正真正銘の屑なんです。


 八吉は包丁を持ち出し敵討ちに行くなんて言い出しまして、本当にこの男も何て馬鹿なんだと思いましたよ。

 私は必死に止めましたよ。

 どんな屑でもどんな馬鹿でも亭主は亭主、死なれたくはないですから。

 八吉が私を殴りとばして家を出ようとしたとき、四人のお侍が長屋に押し込んで参りまして、八吉を殴り飛ばしこう言いました。


「本日、当家若様に御無礼を働いた屑の家はここだな、その罪は重い。お前達家族も全員当家にて手打ちに致す」


 と。


 お侍達は八吉や私、七つになったばかりのお玉まで殴り飛ばし、蹴り飛ばし、棒で叩き、縄で後ろ手に縛り天下の往来を見せ物のように引きずり歩きました。私は叫びましたよ、願いましたよ、お玉だけはこの子だけは助けてほしいと。


 本当、血の涙がでましたよ。


 その時です。私たちの前に一人の小さな男の子が出てきたのです。

 最初はあまりに可愛くて女の子かと思いましたが、腰に二本差してましたから男の子だと分かりました。


「女のおのこが血だらけだはないか、手当てせねばならぬ」


 可愛い声でおっしゃられました。本当に可愛い声でお玉を助けようとしてくれたのです。


「罪人である! 退けわっぱ!」


 侍の一人が棒で男の子を小突こうとした時、男の子は刀を抜き切っ先を男の鼻先に突きつけました。


「手当せねばならぬ」


 侍達は刀を抜き男の子を取り囲みました。


「わっぱ! 刀を抜いたからにはどうなるか侍として知っておるであろうな!」


 一人の侍が男の子に切りかかりました。

 男の子は軽く刀を振りました。

 侍の刀が真ん中から折れ飛んでいきました。

 

 まるで手妻を見ているようでしたよ。侍達が切りかかると男の子は軽く刀を降るだけ、次々と侍達の刀が折れて行くのですから。


 男の子はお玉に近づき縄を解き優しく抱きしめてくれました。


「怖かったであろう、痛かったであろう、もう大丈夫じゃ」


 それまで呆然としていたお玉が男の子にしがみつきワンワン鳴きました。


 男の子は頭を撫で優しく背中をさすっていました。

 刀を折られた侍達が脇差しを抜いて、男の子を取り囲んでおります。男の子は気づかずお玉の背中を撫でております。私は殺されたと思いました、お玉も男の子も。


 その時です、三岳先生が現れたのは。


「道、何故殺さぬ。刀を抜いたら殺せ、そう教えたはずじゃが」

「先生、刀は武士の魂と言います。それを折れば死んだも同然かと」

「馬鹿かお前は、刀は道具じゃ。こんな物折れたところで人は死なんわ」

「刀は武士の魂、そう教えられたのは先生じゃ」

「嘘も方便じゃ」

「嘘であったのか!?」

「お前が刀を大事にせんから、言ったのじゃ」

「先生だって大事にせんではないか! いつも手入れは奥様任せじゃ」

「儂はよいのじゃ! 口ばっかり立つようになりおって!」

「まぁ儂の刀も奥様に手入れしてもらっているから先生のことはトヤカク言えんが」

「何! 今何と! 道! お前師匠の嫁を何だと思っておる! そうか、それでお高の奴め儂の刀の手入れが雑になっておるのか、どれ! 刀を貸せ!

…………お高何故じゃ~亭主の刀は雑な手入れなのに対し道の刀はこのようにピカピカなのじゃ~」


 そりゃ先生泣いてましたよ、漢泣きでした。


「奥様は先生に嫁いで良いことは一つもなかったけど、儂と出会うための試練と思えば帳消しにして余りあるとおっしゃられていた」


「お~た~か~!!!」


「先生泣いてはならぬ! 人前で男は泣かぬものと教えてくれたのは先生ではないか!」


 侍たちが切りかかりました。余りに馬鹿な会話だったので腹立たしくなったのでしょう。三岳先生は素手で四人の侍を組み伏せました。

 そして、お高! お高! と泣きながら四人の侍の頭を踏みつけていきました。


「先生! そんなに強く踏んだら死んでしまう!」

「うるさい! こんな者共死んでも良いのじゃ! 死んでも! 死んでも! そうかお前が死ねばお高はまた儂のほうを振り向いてくれるかもしれんノ~」

「先生! 刀を抜くときは相手を殺すときと今言っていたではないか!」

「そうじゃ~今から儂はお高を取り戻すため仇敵を打つ!」

「先生! 奥様は儂などいなくても元々先生のほうなど向いてはおらん! これでは儂は打たれ損じゃ!」


「お~た~か~!!!!」


「貴方!」

「お高?」

「奥様!」


 お高様は般若顔でしたね、そりゃぁもう、生まれてきたことを後悔するぐらいの般若顔でしたね。


「貴方! 私の道太郎に何をしようと言うのです! 恥を知りなさい、恥を! 腹を切りなさい、腹を!」

「お高? 今さりげなく儂に腹を切れと」

「腹がイヤなら髷を切りなさい、髷を」

「わ、儂に仏門に入れと…………」

「まぁ可哀想にこんな小さな子供や女まで、我が家はすぐそこです、手当をします。歩けますか?」

「お高……儂と過ごしてきた40年、お前には何じゃったんじゃ……」

「そんなくだらない話しは後にしてください! 貴方はそこに倒れているお侍さん達に事情を聞きお仕えしている主様と話を付けてきてください。全く穀潰しが……」

「お高! 今最後にとんでもなくひどい言葉が聞こえたが!」



「早く行きなさい! この穀潰しが!」

 


「ハッキリ言われた!」


 このようにして私たちは道太郎様と三岳先生に救われたのです。





 え?



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