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悪老日記 Withお玉

お玉視点の閑話でござる―

「お玉! お玉はいますか!?」


 庭で草花に水をあげていると、大奥様の声が聞こえます。


「はい! 今行きます!」


 私は柄杓と桶を近くにいたお父さんにわたし、頭にかぶっていた手拭いをとると母屋にかけていきます。

 うん、今日もお日様キラキラ。温かくて気持ちいい! 今日も楽しい一日になる予感がする!

 

 私はお玉、八吉と七の娘で佐治家で奉公させてもらってる下働きです。

 お父さんもいて、お母さんもいて、奥様は優しいし、道太郎様のことは大好きだし、新しくいらっしゃった道太郎様のお嫁さまも凛としたかたなのに、いきなりふにゃっとしたり、落ち込んだり、と思ったら真っ赤になって怒ったりと楽しいかたで、毎日とっても楽しいです。 

 

 私はこのおうちが大好きです。

 

 なのでもっと頑張って働いて、もっとみんなの役に立ちたいとかって思っています。


 私が奥様の部屋に行くと、奥様は朱色の着物を畳んでいいらっしゃいました。


「お玉いきなり呼びつけてしまい申し訳ありませんが、この着物を道太郎まで届けてほしいのです」


 奥様はそう言うと、着物を風呂敷に包まれました。


「お届けする先は三岳先生の道場でよろしいですね!」


「はい、そこに」


「わっかりました!」 


 私は奥様から風呂敷を受け取ると、おじぎをして、庭にいるお父さんに声をかけ、駆け足でお屋敷を飛び出します。

 

 お使いに行かせてもらえるなんて、今日はなんて楽しい日なんでしょう! 

 弾む気分のまま、私は神田にある三岳先生の道場前まで駆けてきてしまいました。


 もう何遍もお使いや、道太郎様のお供で道場に来させてもらっていますが、いつ見てもおっきいです。

 黒い立派な門構えと、焦がした檜の板で囲まれた塀も真っ黒で、すごい威圧感です。さすが『悪鬼王』と恐れられる三岳先生の道場です。魔王の城のようです。


 門をくぐると、道場中から「えい!」「や!」の掛け声とともに木剣をぶつけ合う音がします。それもいっぱいです。

 活気があって、私まで楽しい気分になってきます。


「もうしわけありませんー!」


 道場の玄関から中に向かい叫びます。道場の中は稽古中で、これくらい大きな声で叫ばないと、誰にも聞こえないのです。


「おお、これはお玉ではないか」


 住み込みの門下のかたが出てくるものかと思っていたら、のっそり三岳先生が現れました。

 真っ白な御髪はぼっさぼさで、よれよれの浴衣姿で頭を掻いています。

 完全に寝起きです。

 

「三岳先生、道場でご指導とかいいんですか?」


 私が呆れ気味にそうきくと、


「あ? いいの、いいの、あいつら、儂のいうことなんて一つも理解できないから」


 とおっしゃって、ぼりぼりお腹をかきます。

 

 三岳先生は江戸で三本の指に入る大道場『神田の三岳』の当主です。私にはダメダメなおじいちゃんにしか見えませんが、門下生のみなさんもすごい尊敬しているみたいなので、きっと私のような凡人にはわからないすごさがあるのだと思います。あってほしいと思います。あればいいな、と思います。

 おっとそうだ、三岳先生に気をとられ、本来の目的を忘れていました。私はお使いに来たのでした。

 

 三岳先生に「道太郎様を呼んでいただけますか?」と、いおうとして、それは失礼か、思い直し、でも目の前のよれよれ寝起きの三岳先生を見ると、なんか失礼とか関係ないなこの人にと、思い、


「三岳先生、道太郎様を呼んできてもらえますか?」


 と、おねがいすると、


「ん? 道に用か? こりゃ残念じゃったなお玉、道は儂のお使いで出かけたわい」


 と、いわれてしまいます。


 むー、お使いできたら、道太郎様もお使いに出ていらっしゃった。これはこまりました。


「秘剣、お使い返しじゃな」


 なんですかそれ? 面白くないです。って目で睨むと、三岳先生は「にやー」っていやらしい笑いを浮かべ、私が抱えている風呂敷包みを見ます。


「な、なんですか? これは道太郎様にわたすようにいわれてきた物です。あげませんよ」


 私は風呂敷包みをギュッと抱きかかえ、一歩後ずさります。

 三岳先生は一歩前に出ます。


「食い物か?」

「食べ物じゃないです!」

 もう一歩後ずさります。三岳先生が土間に素足で降りてきます。

 

「おはぎか?」

「だから食べ物じゃないです!」


 さらに一歩後ずさります。三岳先生が両手を広げ、腰を少し落とし、いやらしい笑顔のままジリジリ摺り足で私に近づいてきます。


「道の物は儂の物、儂の物は儂の物じゃ!」

「何いってるんですか! ボケ散らかしたのですか! 道太郎様のものは道太郎様のものです!」


 さらに、さらに一歩後ずさります。

 とん、ん? いけない! 背中が壁についてしまいました! 追い込まれました!


「むひょー!」

 

 三岳先生が怪鳥のように、私の身の丈より高く飛びあがり、飛び掛かっきて、私を取り押さえ、風呂敷包みを奪い、乱暴に開きます。

 

「なんじゃこれか」


 中身が朱色の着物だと分かると、つまらなそうな顔をしました。だから食べ物じゃないっていったじゃないですか! 飛び上がった三岳先生すごく怖かったです! 絶対にお高様にちくります! 絶対にです!

 睨みつける私の視線など、どこ吹く風で三岳先生はつまらなそうに風呂敷を投げ捨て、着物も投げ捨てそうになったところで、何か思いついたのでしょう、すごく悪い顔で笑うと、いきなり浴衣の帯をほどきました。


「きゃー! ちょっとなにしてるんですか先生!」

「ん? 儂、下着はつけん主義」

「知りませんよそんなこと! なんでこっちに向けるんですか!」

「ん? 見たいかと思って」

「きゃー! ブルンブルンしないでください!」

「ほれほれ」

「きゃー!」


 ブルンブルンさせながら私に近づいてくるブルンブルンから逃げるため、玄関から飛び出したところでハッっと気がつきます。着物。道太郎様にわたさなければならない朱色の着物はあのブルンブルンがもったままです。このままではお使い失敗です。


 着物を取り戻さなければ!


 何かあのブルンブルンに対抗する武器はないかとキョロキョロすると、玄関横に木刀が一本立てかけてありました。


 木刀を持ち、両手でぎゅっと握りしめます。

 あのブルンブルンを切る!

 決死の覚悟で、玄関に飛び込みます。


「やー! ブルンブルンお覚悟ー!」

「もうブルンブルンしとらんわい」

 

 振り下ろした木刀を軽く奪い取られ、玄関の板間の上に転がされます。

 打ちつけた腰を摩りながら見上げると、そこにはたしかにブルンブルンはおらず、ゆきと丈の短い朱色の着物を着て浴衣の帯を締めたつんつるてんの三岳先生が立っていました。


「どうじゃ? 似合うかの?」




 いえ全然。


この話は続くのでござるー

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