旦那様、照れる(3)
夕夜さんは腐っとるのでござるー
夕食の後夕夜様の部屋、夕夜様と私、二人きりで茶をすする。
「幽玄様はお美しい方でしょう?」
夕夜様のいやらしい笑い顔。
「…………はい」
「私は美しいものが大好きなのです。幽玄様もとても美しい。外見もお美しいですが、内面もお優しく、凛とされ、豊潤、清々しい。素晴らしい殿方でしょう?」
「…………はい」
「あちらの世界の住人ですけど」
「…………はい」
「想像してください。幽玄様と道太郎が一糸纏わぬ姿でヤネを共にしている姿を」
「…………」
月明かりが二人の引き締まった体を照らす。
「美しいとは思いませんか?」
「…………」
幽玄様の太い腕が、真っ白な道太郎様の体を抱き寄せる。
「そのふさわしさ、おさまり様に心が腐りませんか?」
「…………」
胡坐を掻いた幽玄様の体に道太郎様が寄り添い、抱き絆され唇を重ねる。
「心が腐り、甘い蜜を噴きだし、頭の芯が痺れませんか?」
「…………」
道太郎様が甘い声をあげる。
私は夕夜様を見る。
夕夜様も私を見ている。
夕夜様の顔が灯篭の光に浮かぶ。ちりちりと心が焼ける。
「私は何のために居るのでしょうか? 子を成す事も出来るか分かりませんし、そもそも私は美しくありません。夕夜様は美しいものがお好きなのでしょう? 私などと道太郎様を何故夫婦にしたのです?」
夕夜様が私を見る。
私も夕夜様を見ている。
ちりちりと心が焼け、めらめらと心が焼ける。
「貴方が美しいからです」
「私は美しくありません」
「いえ、貴方は美しい」
「いえ、私は美しくありません」
「確かに貴方の美しさは分かりにくいかもしれません。
しかし分かりやすい美しさが一番美しいとは限らないのですよ。
貴方の美しさは変えがききません。
貴方は貴方である事により美しく輝いています。
今、貴方が絶望の中に居る顔。
初めてお会いした時、私に向けられた怒りに震える眼。
貴方の美しさは貴方にしか無く、貴方しか作れず、貴方を特別なものにします。私は貴方を道太郎の嫁にした事、後悔は致しませんし、そもそも後悔をする理由が有りません。
道太郎と貴方が並んでいる姿はとても美しいのですよ。
存在が、あり様が、関係が、そして……」
「そして?」
「そして、信頼と愛情がです」
「…………」
「もう少し道太郎を信頼してみたらどうです?」
「…………」
「道太郎は貴方に信頼される事を望んでいますよ?」
「…………」
「貴方が道太郎を信頼し、より道太郎に寄りかかってくれたらもっと美しくなるのに」
「…………」
「道太郎もそれを望んでいます」
「…………」
「貴方次第です」
梅の花。
大殿様と牛蒡の様にみすぼらしい私。
大きな池、鶯の声が聞こえる。
「暮葉」
大殿様の優しい大きな腕が私の頭に乗る。
「暮葉、鶯の声が聞こえるかい?」
私は頷く。
「鶯はとても美しく鳴く。しかしその姿はあまり美しくはない。暮葉は鶯を見た事が有るかい?」
私は首を振る。
「鶯は美しい、しかし、その姿は美しくない」
大きな手が頭を優しく撫でる。
「美しいとはそうゆう物なのだよ暮葉」
「…………夕夜様」
「何です?」
「…………お願いが有ります」
「何です?」
「……紅を……」
「紅を?」
「紅をお貸しいただけないでしょうか」