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8話:大宮、冬の日に散る

昼休み、程なくして公開告白事件の少女が現れた。


「失礼します。あの、大宮先輩はいらっしゃいますか」


「はいはあい!」


大宮が席を立ち目を輝かせて少女に近づいていく様子を、多くの生徒がチラチラと横目で見送る。

前方ドア付近で起こりかけている事件詳細を聞き逃さんと、ドアから席の一番近い月島は弁当も出さずに座り込んで耳を澄ましていた。


「おい、聞いたか今日……」


「静かに」


近づいて来た萩原のよく響く声を小声で鋭く遮り、月島は無言で目の前を視線で示す。


「てかお前は気になんないの?これからの状況によっては大宮にすら先を越されるんだぞ?そんなことになったら俺もう、仏門に入って修行僧になるわ」


「いや俺別に、あの子がコクりに来たと思ってねえし」


「は?あの状況を見ておいて?……あ、話しはじめた」


大宮がドアの前に立つと、少女は話を切り出した。

月島は眉間にしわを寄せ、身を乗り出して聞き耳を立てる。


「それであの、大宮先輩……聞きたいことがあって」


「何なに?」


大宮と月島がごくりと唾を飲む。

大宮の声は浮つき、表情は気持ち悪いほど爛々としている。

少女もまた高揚とした面持ちで口を開いた。


「ホラーの館の詳細についてなんですけれど!」


ズルッ

肘をつき、身を乗り出して聞いていた月島が思わずバランスを崩して机に突っ伏す。


「ほらな。アガリ症なだけなんだよあの子。さっきは俺が、あと3分でホームルームだって言ったら焦っただけだったんだって」


「ホラーマニアの子かよ。ああでも安心したわ。ははは、ざまあ見ろ大宮」


「それはそうだな。期待して損だったな大宮。ざまあ見やがれ」


そんな人の不幸を喜ぶ彼らに、苦笑いをした谷が惣菜パンを持って二人のそばに立つ。


「お前ら本当に性格歪んでんな」


「「うるさい所帯持ち。お前にはこの気持ちわからんよ」」


声をそろえてこちらを睨む二人に対し、所帯とかそんなんじゃねえしと顔を赤らめて否定する谷の態度は、さらなる怒りを買ったらしい。

モテない男たちの殴る蹴るの猛攻に谷は惣菜パンを取り落とした。

すかさず月島がそれを拾い上げむしゃりと一瞬で食べきった。

昼ごはんを一瞬にして奪われた谷であったが、袋からもう一つ取り出してドヤ顔を披露する。

そんな攻防をしばらくしている内に大宮と少女の会話が終わったようだった。

大宮が教室内へ引き返すと、集まってきた数人の生徒に囲まれた。


「おいこら大宮。何の用だったんだよあの子?」


威圧的な態度でにじり寄り、何人もの生徒がひ弱そうな眼鏡ボーイの大宮を取り囲む様子は、リンチかカツアゲのようであった。

その輪にニヤニヤと笑う学級委員長の姿も加わったので、傍から見れば学級崩壊現場である。


「俺の武勇伝を聞きに来たんだよ、俺が退院したことを知って。たぶんあの子俺のファ」


「おい認めろよ。ただのホラー好きな子だったんだろ?わざわざあんな武勇伝、聞きに来るんだもんなあ」


「ちょ、萩原!ちょっとくらい夢見せてくれよ!いつもお前は容赦が無さすぎるんだよ!」


あごをいじりながらニヤニヤと見下ろしてくる萩原に、夢を壊された大宮が悔しさに叫ぶ。

それは彼の青春が散った音だった。

そう言いがっくりとうなだれる大宮を中心に笑いが起こるが、それは馬鹿にしたものではなく同情にあふれていた。


「そっかそっか。一緒にがんばろうぜ、また」


隣に立っていた仲間などはポンポンと肩をたたいて勇気付けようとさえしていた。

そう、大宮を囲んだ彼らは『まだ知らないどこかにあるはずの恋を求める、探求者たち』 であった。


「ちょっと期待しちゃった理由、聞いてくれよ。あの子美也子ちゃんっていうんだけどさ、ホラーが好きってわけでも無さそうだったんだよ」


「わざわざメモまで持参して聞きに来たのに?」


月島は美也子が持つメモ帳を見落としてはいなかった。


「聞いてるとき、滅茶苦茶怯えてた。ホラーに全然耐性無さそうな反応だったんだよ」


「怖いもの見たさみたいな感じじゃん?」


「いやいや彼とのデートの下調べに違いない。お化け屋敷感覚で行く気だろう」


「それは妬ましい……俺が生霊となっておどかしてやろうか」


「まあ冷静になって考えれば、それでも終始聞くことはホラー屋敷のことばっか。俺のことなんかちっとも興味なかったんだな」


ふっ、と大宮が口の端を上げ、ニヒルに笑う。目を閉じ全てを悟ったようなその表情に、仲間たちは沈黙した。


「俺決めたよ。迷ってたんだが、今日のことが背中を押してくれた」


「お前、まさか……」


全員が息を呑む。彼のその表情はかつての仲間の内でも見たことがあるものだったから。


「画面の向こうの世界に……俺を待ってる女の子がきっと居る」


彼らの杞憂はあたってしまった。

それは新しい世界のはじまりの言葉であり、同時にこの世界との別れの言葉。


「早計すぎるぞ大宮!マジで現実を捨てちゃうのか?!さっきのが原因でだなんて、お前そんなに弱いヤツじゃないだろ。……あ、そうか、両立の道なんだろ?美也子ちゃんのことだって実はまだ諦めてないんだろ?はは、お前らしい」


「いや、俺は現実を捨てるよ。もう高2の冬が来た。来年は受験だ。潮時なんだよ」


「……選択肢でしか伝えられない思い、どんなに愛しても手を繋ぐことさえできない。そんな状況に耐えられるの?」


「それでもいいんだ。それに諦めたわけじゃない。大学デビューするころには現実にもどってみせる」


そういって柔らかく笑う姿は決意に満ちている。もう何を言っても無駄だということをその場の全員が悟った。


「それに今日は俺の17歳の誕生日なんだ。門出にはぴったりの日だろ?祝ってくれよ」


そういえばそうだったと再び仲間たちに活気が戻る。

もう誰もが彼を見送る準備ができていた。


「ハッピーバースデー大宮。大事な今日という記念日に運命の人に出会えることを祈ってるぜ」


それから大宮を囲んでいた集団は、静かにとうとうとハッピーバースデーを歌った。

こうして二次元に救いを求めた少年がまた一人、本日発売の恋愛シミュレーションゲーム『ラブミストラル』と運命的な出会いを果たし新たな境地へと向かうのである。


「ないわ……」


「あんなんやってるから女子が引いちゃうのにね……」


遠くから冷ややかな視線を送る女子全員のそんな声は、モテない彼らに届くことはなかった。

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