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6話:過剰なウワサ、広がる勘違い

祭日と日曜日の二連休明け、朝のHRまでの時間にクラス中が一つの話題で盛り上がっていた。

【恐怖の洋館、大宮落下事件!】

ホラーとサスペンスの合作のような会話があちらこちらで飛びかっている。


「大宮落ちたらしいよ」


「聞いた!10メートルからでしょ?」


「複雑骨折かもって」


「何かに足引っ張られたんだって」


「うそー!やだ怖い」


話に背ビレ尾ビレが付いて内容は大幅に変化していた。

大宮は高さ10メートルから、何者かに足を引っ張られて落とされ、複雑骨折をしたらしい。


「ねえ磯野は現場に居たんでしょ?大宮のことホントなの?」


クラスで一、二を争う慎重かつ良識人である光は、なんとも胡散臭い噂を前に首を傾げていた。


「んー、結構なオマケが付いてるかな。引っ張られて無かったし、骨折はしてないし」


窓際に寄りかかり、ぼうっとしていた磯野は光の声の方へゆったりと顔を向けると、困り顔で言った。


「最初に大宮のこと話したの私だけど、ここまで大事になるとは思わなかった」


そう言って苦笑いをした磯野を見て、光の隣で真意を聞きに来ていた藤井もつられて苦笑いをする。


「よかった……本当にホラーだったなら、私みんなをもっと必死に止めるべきだったって後悔してた」


「ホラーじゃなくても大宮怪我したけど、それはいいわけ?」


ニッと笑って磯野が言うと、藤井が口を尖らせた。


「まあ、早く治っては欲しいけど、それは大宮が勝手に落ちたからだもん」


真面目な藤井は、不法侵入などという不正に対してはとてもシビアである。


「そいえば、大宮写真撮ったんでしょ?その感じだと心霊写真の心配は無さそうだね」


「今現像中だからわかんないけど、まあ無いでしょうね」


藤井と磯野の会話を聞いて、光はため息をつく。


「あいつの写真家魂は本物だわ。その状態で写真撮るかな、普通」


「ちゃんとフラッシュも忘れなかって言ってた」


「本物ね。将来は戦場カメラマンだきっと」


「うわ、やだ似合うー!無駄にフットワーク良いし!」


「戦地でも無理して特攻して大怪我しそう」


「ふふ、流れ弾とかじゃなくて、高いところから落ちてね!」


「戦場関係ねえー!」


そう窓際で盛り上がる声とは対象的に、廊下側の席で椅子に座った萩原は黙々とクラス日誌を付けていた。

総勢立ち上がり大人数グループになって噂に色めき立つ中、彼は溜め込んだ日誌の処理に追われているのであった。


実際彼は、予想通りホラー的に変化を遂げていく墜落事件のことなど聞きたくなかったので、日誌は丁度良く気を紛らわす道具になったようだ。

そんな折、いつもとは違った空気の騒めきを醸し出すクラスに、教室前方のドアからのろのろと入って来た生徒が立ち止まる。


「なんかあったの」


茶髪の生徒は、ドアから一番近い席にカバンを掛けながら、その後ろの席で必死に日誌を書く萩原に聞いた。


「なんと、新聞取材に行った大宮が壁よじ登って、めちゃくちゃ高い所から落ちたんだってさ」


「なるほど、だから騒ついてんのか」


そう秀才そうな顔をアホっぽく脱力させて、全てを知っている月島は何も知らないふりをした。

屋敷との無関係を装うには周りに誰も居なくてもこういった意識付けが大事になる、と彼らの間で話し合ったのだ。


「おはよー」


挨拶が聞こえると、今度はてけてけと教室に入ってきた生徒が立ち止まる。


「なにかあったの?」


ポニーテールの生徒は、必死に日誌を書く萩原の隣の席にカバンを掛けると、きょとんとした様子でそう聞いた。


「なんと新聞取材にいった大宮が壁よじ登って」


「めちゃくちゃ高い所から落ちたんだってさ」


「なんと!」


そう大きな目も口も鼻の穴も全開にして驚く彼女はまさに衝撃を顔で表していた。


「え、え!それで大宮は?来てるの?学校!」


「なるほど。これが正常な反応か……」


恵が焦った顔をキョロキョロと四方に向けるのを見て、しみじみと月島が呟いた。


「いやこいつは何事もオーバーだから。おい、トモウト、大宮なら大丈夫だ。折れてない。足にヒビ入っただけだ」


「え、それ大丈夫じゃあないよね」


困ったように恵が言った時、朝のHRを告げるチャイムが鳴った。


「席につけ!!」


「席ついて!!」


ガタガタガタッ!


壮絶な着席風景が終わり、鬼軍曹もとい、鬼教師が静かに入る。

教壇に立つといつも通り穏やかな顔で出席簿を開く。

しかしちらりと廊下側の遅刻コンビを見て、息も荒れずに大人しく座っているのを確認すると小さくあら、と呟いた。

その後遅刻コンビが何事もなく点呼に参加していることに気付いた生徒が、休み時間に第二のホラー現象だと指摘し恐怖を誘ったことは言うまでも無い。


「さて皆さん、金曜日に事故があったようですね」


点呼が終わると、教師は微笑を崩さずにそう切り出した。


「学校新聞取材へ行った際、撮影のため高い所へと登り落下。大宮は足にヒビが入りました。今日は治療のため、欠席するそうです」


不法侵入したというと、おそらく100%このクラスから除名されるので、大宮はそう伝えたようだ。


「取材地となったのはここから少し離れた所にある洋館です。話題となるでしょうが、今回のように様々な危険が考えられるので近づいてはいけません。……いいですね?」


これで少なくとも、このクラスの生徒が屋敷に近づくことは絶対に無くなった。

この女教師に逆らうと無事では居られないからだ。


かつて彼女の絶対的な圧力に不快の念を抱き、反抗的な態度をとった生徒が居た。彼女の授業を抜け出して隠れてトイレで煙草を吸っていたのだ。

授業終わり近くになって教室へ戻ってきた生徒は体調が悪かったと一言いい席に着いた。彼の体からは煙草の匂いも消えていたという。

反抗的な態度を隠れてとることで満足していたのだろう。特進クラスの生徒らしい行動だ。

しかし授業が終わった後、彼は穏やかな声で名前を呼ばれると教員室へと消えた。


それ以来、彼をこのクラスで見ることは無かった。

停学ののち、彼はB組の生徒として過ごすことになった、とその翌日に担任は言った。

いつも通りの穏やかな声と表情で、当然の事務連絡のように詳細を話す様子は恐怖であった。

流石に授業を体調不良で休んだことだけでクラス左遷の刑を受けるはずはない。

しっかりと喫煙がバレたのだ。

なぜバレるはずの無い喫煙がバレたのか、それは誰にもわからない。

ある意味彼女は、今話題のホラー洋館よりも注目されるべき存在であろう。


「「はい」」


生徒たちの従順な返事を受けて、彼女はいつもの事務連絡へと移った。










放課後。週に1回ある委員会が終わり、光は書類を届けるため教員室へ向かっていた。

学校が定めた完全下校時間である午後7時が近い廊下は人も疎らである。


(もうちょっと早く終わるはずだったんだけどなあ)


先週終わったばかりの学園祭以来、初めての全学年参加の学級委員会だったため長丁場となってしまったのだ。

学年間では高校2年生がリーダーということもあり、何度か集まっていたのだが。

教室片付けは他の委員に任せ、どっしりと重い紙の束を抱えて担任の元へと向かっていた。

A組の担任は学級委員会のトップも担当していた。


(家着くの、9時コースじゃない……おなかへった)


光はそんなことを考えながら、不機嫌そうな顔をして早足で廊下を歩いていた。

重い書類の持ち運びにも慣れているようで、早足ながらバランスを崩すことはない。

教員室前に着くとぶすっとしていた表情が、リーダーとして見せる時の表情に自然と戻るのは流石である。


「失礼します」


ガラリと肘でドアを開けて中の様子を伺う。大勢の先生がパソコンと向き合っている中、探し人の姿は見当たらなかった。


「あれ」


キョロキョロと見渡し、小さく戸惑いの声を出す。


「友野、どうしたんですか?」


すると背後にコーヒーカップを携えた担任が、気配を感じさせないまま話しかけてきた。


「あ、佐藤先生、よかった。委員会で回収した学年アンケートを届けにきました」


「ずいぶんあるわね。片手じゃ持ちきれないから、机まで運んでください」


A組主任の彼女の席は窓際で、入り口から離れた場所にあった。

コーヒーの香りを漂わせて歩く先生に付いて行きながら、光は違和感を感じていた。

机の上に書類を静かに下ろすと思わず疑問を口にした。


「先生、コーヒーは飲まれないイメージでした」


「そうですね、普段はあまり飲みません」


相変わらず微笑を浮かべながら、ピリピリとした空気を出すという器用な印象は変わらない。

しかし、どこか心此処にあらずといった様子に光は気がついた。


「……友野はあの洋館のこと、どう感じますか?」


役目も終わったし、先生も疲れてるみたいだし帰ろうと思った矢先、そんな質問を投げ掛けられた。


「あの洋館、と言うと大宮が落ちた洋館ですよね?どう、と言われても……私はこれ以上大事にならなければいいと」


「そうではなくて。どうと言うのは幽霊のことよ。居ると思う?」


キョトンとして目の前の顔に視線を合わせると、思いがけず真剣な表情が見返していた。


(まさか先生まで噂を信じてるの?)


あの厳格で、非現実的なものを一切排除していそうな佐藤先生が。


「私は噂を信じていませんし、霊的なものは関係無いと思います」


戸惑いながらも光も真剣な表情でそう返した。彼女は洋館事件のホラー的関連性を、本心から信じていなかった。

今朝の磯野の話が肥大化したように、何か小さな原因が悪い方向へ大きくなっただけだと考えていた。


「そう。つまらないことを聞いたわね。代表格の生徒が今回の件をどう考えているか知りたかったの」


「先生は信じていらっしゃるんですか?」


「少し気になっただけよ。思ってもみない事件だったから」


質問の答えになっていないのだが、彼女はそれ以上の問いを防ぐようにゆっくりとコーヒーをすすった。


「さ、早く帰りなさい。下校時間ですよ」


用件は済んだからさっさと帰れ、という遠回しの合図をいつも通りの微笑で送られる。

光もさっさと撤退したいので、失礼しますと一礼して足早に立ち去った。


(あの先生が生徒に意見を求めるなんて余程のことだし……実は先生幽霊信じててビビりまくっているのかな。意外に人間らしい所あるんだなあ)


「ずいぶん長かったね、大丈夫?佐藤先生に怒られたとか?」


先生考察をしながら玄関まで歩いてくると、心配そうな声に迎えられる。

顔を上げて声のほうを見ると、同じ学年で他のクラスの女子委員数人が靴を履いて待っていた。


「ううん、違う違う。ていうかみんな、帰ってて良かったのに」


「そういうのいいから急がないと!あと3分でこのドア閉まっちゃうよ!」


彼女らの背後の自動ドアを見る。外はもう真っ暗だ。


「寒そう……」


早く帰りたいだろうに自分を待っていてくれた彼女らに、心が暖まりながら光は言った。

靴箱へ行こうとした光を邪魔するように何かが投げつけられる。

ローファーだった。


「寒そうじゃないよ!さぶいんだよっ!マジもう時間無いから靴取っといたよ、いそげ!上履きはお持ち帰りで」


「はいはいどーも。でも投げることないでしょ可哀想な私のローファー」


時間ピッタリに容赦なく停止する自動ドアに急かされて、外へ走り出る。

下校時間を過ぎると生徒たち個人で学校を出る術は無く、先生に泣きつくこととなり、あえ無く罰を受けるはめになるのだ。

11月の半ばになると日はあっという間に落ちる上に、寒波が流れ込んだ影響で気温がガクンと落ちた。

通路沿いの木も枯れたものが多く冬であることを痛く感じさせた。


「突き刺すような風が足に!ううー、生足は辛いぃ」


「男子のブレザーが憎い……あ、男子と言えば」


恨みがましくブツブツと言っていたC組の学級委員がふ、と光の方を向く。


「萩原君、教室片付け終わったらさっさと帰っちゃったな」


「へえそうなの?まあ遅いし、そりゃ帰るでしょ」


「意外に酷いやつだ萩原君!光を置いて先に帰っちゃうなんて!彼氏なのに!」


「は……は?!かれし?!ああああありえない!」


思わぬ発言に光はバッと発言者の方へ顔を向け素っ頓狂な声を上げる。


「何でそう思ったの?」


混乱を落ち着かせるように歯を食いしばってから、搾り出すような低い声で尋ねた。

顔が紅潮しているのは、運よく外灯に当たらず暗がりに居たおかげで見えなかった。


「うわっ!なんか光が怖い!」


「えー!あたしも付き合ってるのかと思ってた!だって一緒に居ること多いしさ!」


B組の副学級委員が驚いて興奮した声をあげる。

否定を聞いてなお好奇の目を向ける彼女に光はますます必死になり、勘違いを引き起こしかねないつっけんどんな態度で否定を続ける。


「男女はこれだから面倒くさい!友達だから一緒に居るけど好きとか無理!バカだしやる気ないしっ!」


「バカ?!学年トップじゃない!」


「頭がバカなんじゃなくて、性格がバカなの!ねえ、その勘違いって広まっちゃってるの?」


「そりゃまあ、私はともかく噂に疎い彰子も知ってるわけだし、かなり浸透してんじゃね?」


「あちゃー」


「私ウワサに疎いかな?でもバカだなんて信じられないな。頭良いし、委員会のリーダーもしっかりしてるし、運動神経もいいし」


D組の副学級委員が小さな声で光を向いて囁くように言った。


「ま、まあその3つは事実ね確かに……そうだ、今度話しかけてみたら?あいつ絶対喜ぶよ?」


「え?ムリムリムリ!だってあの萩原くんだよ?仕事じゃなきゃ話せないよ!」


と焦って首をブンブン振って否定する。

実際彼女は委員会の仕事で萩原に話しかけるときでさえオドオドとしている。


「彰子かーわいー!」


恥ずかしさで俯いた少女はB組の委員にむぎゅっと絞められ、目を白黒させていた。


「あー、でも彰子の言いたいこと分かるな。萩原君……いやむしろA組の男子って何か近づき難い。エリートオーラがあって」


「ね!ていうかA組が怖い。光のことも最初怖かったもん」


特進クラスであるA組は国立大学を目指す学年屈指の実力者が揃うクラスだ。

他クラスの生徒から見れば頭の固い勉強ばかりのエリート集団、もっと悪く言えば頭だけの偉そうな鼻持ちならない奴ら、という印象だろう。

光はその印象を覆すため、恋バナに積極的に参加したりあえてふざけたフランクな態度をとったりと、小さな努力を重ねたようだ。

しかし光は普段、双子の恵とも、話に上がったA組の友人達とも恋愛話などすることはない。


そのため彼女には年頃の女子が好んでする恋バナに対して、全く耐性が無かった。

どんな場面でも落ち着いた態度で対応する彼女だが(恵との喧嘩時を除く)、自分に対して恋愛の話題が降りかかると、どうすればいいのかわからなくなる。


そのため先ほど光が、萩原との噂を聞いたときに赤面したのは混乱からであり、決して彼への好意からではない。

果てしなく誤解を生む状態であったが。


「話戻るけどさ、じゃあ付き合ってんのって月島君の方?」


「ばかっ!もういい加減にして。あんなバカでアホなやつ!ていうか、玲奈詳しいねA組のこと。萩原はともかく月島まで」


「ああまあ。顔はちゃんと見たこと無いんだけどね。成績優秀者の常連だからさ、名前覚えやすいし。カワイイ名前だよな、月島葵って」


「え、でも月島君は恵ちゃんと付き合ってるって噂聞いたな」


どんな噂だろうか。お熱い二人は仲良く遅刻といった内容であろうか。

そんなことを考える以前に、二人の恋愛とは程遠い衝突劇を思い出した光は、赤くなった顔を少し落ち着かせ困り顔でくすりと笑った。


「困ったことに、恵は恋愛感性の欠片すら目覚めてないの。恋でもしてくれたら少しは大人っぽくなるだろうに。それより私、彰子がいつ萩原に告白するか気になるなー」


「しししないよ!憧れって言っちぇうっしょ!」


光に向いた矛先を流された哀れな彰子は顔を赤くして舌をかむ。

冗談に対しても真剣に対応してしまう彰子は、女子委員の中でのいじられキャラだった。


「どうだかー」


目をジトッとさせて光が笑うと、他の委員たちもクスクスと笑って彰子を小突いて囃す。うまい具合に光は自分に降りかかった恋バナ火の粉を払ったようだ。


(……あ。もしかして月島と萩原がモテないのってこの迷惑な噂のせいなんじゃ?)


成績優秀、運動神経も顔も悪くないはずの彼らだが高校1年からの付き合いも関わらず、光は彼女と居るところを見たことがなかった。

交友関係が広くない上に、バイトばかりで用さえなければさっさと帰宅してしまうのも原因であろうが。

彼らの青春のためにもこの誤解を解くべきだと、光は密かに思い立ったのであった。



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