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5話:襲来!学校新聞スクープ隊

「あら、おかえりなさい」


「こんばんわっす」


「どもー」


玄関前、しとやかな笑顔で挨拶をしてきた隣人に、萩原と月島は目を丸くした。

声をかけた老夫人は腕に3つずつスーパーの袋をぶら下げている。それをもろともせず、テキパキと鍵を開けて家に入っていった。


「遠野さんまじすげーな。アレで73って。見えねえ」


「旦那と仲良くやってるからじゃない」


「色んな意味で?」


「色んな意味で」


「73でそれはさすがにないだろ」


カチャリと玄関の鍵が開き、のろのろと家に入る。


バタン


「お前、夜中に窓開けたままAVかなんか見ただろ!だからあんな噂!」


「米入れすぎなんだよ!適当に入れんなよ!お釜の残量の半分までにしろって言ったじゃん!」


ドアを閉めた途端、同時に二人が怒鳴りはじめた。

無機質な15畳の広い空間にわんわんと響き渡る。


「今はそんな話問題じゃねえんだよ!」


「オペラ声で喘ぐAVなんて誰が見んだ!そんなのもうお笑いDVDじゃんか!」


「じゃあなんだってんだ!」


「せめて実物女の子連れ込んだとか……なんかそういう発想は無いんか!」


「1ミリも思いつかなかった」


素早く、きっぱりとしたその言葉は試合終了のゴングだった。


「……女らしい女に知り合い居ないしな」


「週5バイトやめたい。彼女付きの奴の側に居るのも……何か吸い取られてんだ多分」


熱戦は、まさかの引き分けである。諸刃の剣だったようだ。

熱い言い争いから一転、葬式のようなムードにまで落ちる2人だった。


「まあ、今大事なのはそんな話題じゃ無いっしょ」


「ああ。今大事なのは7時対策だ。新聞取材に来る馬鹿たちをどうやり過ごすか、だ」


「今日はバイトも無いし見張ってられるからよかった」


そして疲れた目のまま、気合いの入ったような声をだすのだった。


「と言っても何もしないのが一番の対策だろうな!」


「取材も何もインターホンどころか入り口すら無いしね!」


先に述べた通り、このお屋敷の周辺のみ謎の地盤沈下を起こしているため、正門は周囲の家よりも断然低い所にある。

端から見ても、一面の外壁と生い茂った高い木に囲まれていて、中に入りようも無いのだ。


「はあ……でもめんどくさい噂がたっちまったな、オペラ座の洋館的な」


「いいネタになりそうな物騒屋敷だもんね」


気分の浮かない二人は、静かに暗い階段を降りていった。










19時近く、屋敷外

3人の人影が屋敷を見上げて佇んでいた。


「んー、思ってたよりはちっさい!もっとお城みたいなのかと思ってたのに!」


夜空の下鬱蒼とした屋敷には似つかわしくない明るい声が響いた。

ふわふわとした髪の小柄な少女が、眼鏡の下の気の強そうな目を輝かせている。


「入り口どこだ?」


中肉中背、こちらも眼鏡のインドア系男子がそわそわと首から下げたカメラを弄っている。


「いろいろ見てみればいいでしょ!ほら歩く歩く!」


そう言うと眼鏡の少女は二人の手を引いて歩きだす。

携帯電話を弄っていたもう一人の男子は突然引かれてつんのめっていた。






「入り口ねえってなって、さっさと帰ってくれるよね」


月島は布団の中、光がもれないように携帯を弄りながら呟いた。

外壁と大木ガードがあるにしろ、万が一に備え部屋の電気を消していた。

さらに億が一ガードを突破し、屋敷へ近づいてきたときの足音を聞くため、窓を少しだけ開けていた。


「誰来んだっけ?藤井以外だよな?」


こちらは炬燵から頭だけを出して携帯を弄る萩原だ。

どうやら藤井は恐怖心から取材への参加を辞退したらしい。


「もう一人の新聞製作係と、文化委員と、写真部じゃん?」


「写真部ってヤバくねえか。大宮だろ?あの空気読まなさトップクラスの。それに、もう一人の製作係はあれだ、えーっと女子のー……磯野だ」


「あー、あの好奇心の塊。で、文化委員は笹島か」


「笹島に良識があるとは思えない」


「ですよね」






「ダメだ、壁しかない。入り口が無いなんてどうなってんだ。どうする?」


ぐるりと外壁を一周した彼らは隣家との隙間、細い路地で立ち往生していた。

ここが一番近づける良いアングルだと言った大宮が、外壁越しの洋館をカメラでひたすら撮りながらそう聞いた。


「よし、へいを乗り越えるっ」


磯野はふわりと髪を揺らしながら大きく頷くと、真っすぐな瞳でそびえ立つ壁を見た。


「へえ、頑張れ」


携帯を弄る手を止めず他人事のように笹島が言った。洒落のつもりだとしたら酷すぎる切り返しである。


「あんたたちが登んのよ」


「え?」


信じられないことを聞いたかのように、笹島は目を丸くして間抜けな声をあげた。

実際彼にとって信じられないことなのだから仕方ない。


「それしか方法無いもんな……よし!俺から行くよ」


普通なら諦めて帰るところである。

だがしかし大宮はそう言いカメラをブレザーの内側にしまい込むと、意気揚々とした様子で上下に揺れ反動をつける。

そして運動音痴そうな見ためとは裏腹に、マサイ族も吃驚のバネで高く跳びあがった。

壁は大宮の背をゆうに超えているが、軽々と天辺に手をかけてよじ登る。


「おおー」


地上から磯野と笹島の感嘆の声があがる。

始めは冗談のつもりで塀を乗り越えることを提案した磯野であったが、大宮の勇姿に本気にするなというツッコミも忘れて感嘆の声を上げていた。

何を隠そう、大宮はただのインドア写真オタクではなく、隠れマッチョ高校生であったのだ。毎日の筋トレが日課だ。


塀の上の限られた足場で前傾姿勢をとりながら、チャッと片手を挙げる。

地上の二人が片手を挙げかえすのを見てから、忍者のように軽い動きで壁の向こうへと消えた。






ドサッ!!ズザザザザッ!ザザッ……


大きな衝撃音、それから草と何かが擦れる音。

屋敷の中、窓を暗くしていた木の影が大きくゆらりと揺れた。


「なんだ?」


萩原が携帯を弄る手を止めて顔を上げる。

そして様子を伺うために、僅かに開けた窓の隙間に向かってにじり寄る。

月島は布団から出した首を窓に向けて硬直している。


「この前は猫だったよね。猫だきっと猫」


「どんな巨大猫だよ。あんなでっかい音立てて落ちてくるなんてどんな化け猫……」


その時、辺りが一瞬明るく光った。


今度は二人とも硬直して窓の外を見る。

耳をそばだてて小さな音をも聞き逃さんと、表情は強張っている。

しかし耳に入るのは、風でカサカサと小さく揺れる木の葉の音だけだった。


「光る猫だ。新種に違いない」


「萩原氏、現実逃避は止めようか。絶対落ちたよ。とりあえず上に行ってみよう。ジャンケンで、負けた方が」


「くそ。面倒くさいことになったな。あとの一人はこっち待機だな。よしいくぞ」


「「最初はグッ!ジャンケン……」」






屋敷の外では、大宮が降りた先から思わぬ音が聞こえてきたことに驚いていた。

無事に着地したとは思えない衝撃音であった。


「やだっ、大宮!大丈夫?!」


外壁越しに磯野が跳ねながら焦った声をあげる。


「わっ、何も見えない……大宮!大丈夫か!」


何とか高い塀によじ登って身を乗り出しながら、笹島も必死に声をあげた。


「「大宮!」」


二人の焦った声が塀の下の暗闇に消えていく。

生い茂った木の葉がざわざわと音を立てて、二人の不安を煽る。


「だいじょぶだー……」


微かに聞こえた声に笹島が気付きハッとした。

地上にいた磯野には聞こえていないらしくまだ騒ぎ続けている。


「磯野、静かに!大宮?ホントか?!動けるか!」


「何とか動く……折れては無いっぽ……」


「わかった!そこで待ってろ!何か、何とかするから!」


そう言って塀の上から戻ってきた笹島を磯野は心配そうな面持ちで見つめる。


「何とか動けるって」


「良かった……じゃあ梯子か何か持ってこないと!」


「結構長くないと足りなそうだけど、そんな梯子どこに」


「……警察になら、きっと」


磯野は真剣な顔で言い放った。

それは現状を警察に話し、大宮を救出してもらうべきだという提案であった。

賛同すれば大ごとになること必至のその提案に笹島は一瞬目を丸くするが、決意したように口を引き結ぶと頷いた。


「笹島は壁登って大宮のこと見てあげてて?私が梯子貰いに行ってくる」


「そうだな。何かあったら連絡するから磯野の携番教えて」


そうして強張った顔つきのまま、鞄から携帯電話を引っ張り出す。

男女のメアド交換にしてはなかなかシュールな例である。


「何してんの?おまえら」


だからこれは当然の疑問だ。

路地から漏れた光を辿って見れば、照らされて浮かび上がっていたのは知り合い。

それが恐ろしく神妙な顔で携帯電話をくっつけ合っている。

思いがけない光景を前にして、通りすがった萩原は心からの質問をした。


「萩原?!え、なんで」


「え、うん萩原。この近所に俺のバイト先あんだけど、行ったら今日シフトチェンジした日だったんだよ。お二人は何?こんな夜に……やだわあ」


即席の嘘をかましつつ二人に近づく。緊迫した空気を感じながらもふざけた口調で対応する。


「違うちがう!このお屋敷に取材しに来たんだけどねっ」


「あー、何か藤井に聞いたな。ん?3人じゃなかったか?」


「そうなの!あと大宮も居たの!そう、でもっ、大宮がここよじ登って落ちちゃったの」


「……マジ?」


「マジ!だから早く梯子取りに行かなきゃ!助けなきゃ!萩原この辺で一番近い交番知らない?!」


「交番こっからだと結構遠いぞ。長めの梯子があればいいんだろ?交番よか俺のバイト先のが近いから取りにいってやるよ。待ってろ」


そう言い残して走りだした萩原は、路地を出るとバイト先方面とは違う道を曲がる。

バイト先に救難梯子があるなどと嘘であった。ただ別の場所に確実に梯子があることを知っていた。

だが彼らに言えるはずもない。彼が目指したのは目の前の洋館、すなわち現場の本当の入り口なのであった。






「あれ?早かったな」


そう寝転がりながら言った月島を見向きもせず、大股でキッチンの方へと向かう。

月島が頭の上に疑問符を浮かべていると、ジャラジャラと音を立てて萩原が戻ってくる。


「取材に来たやつが落ちやがった」


眉間にシワを寄せて不機嫌そうに言い放つ。腕には『救難ばしご』と書かれた銀色の箱を抱えている。


「やっぱり。けど高校の新聞で普通そこまでするか。結構高さあるけど大丈夫かな」


「死にはしないだろ」


苛々としたまま立ち去る萩原を見送り、月島は考えた。


(新聞記事が面倒くさいことになるのが腹立つんだろうな。次は不幸の館とか言われんのかな。はあ……それより俺は、ここに住んでんのがバレて家追い出されんのが怖い)


月島はのそりと立ち上がり天を向き指を組むと、


(家なき子になりたくない、新聞記事でゴタゴタしてお屋敷無断居住がバレませんように!一生のお願い!)


と波乱じみた願望を心から祈った。

なんとこれはれっきとした、彼にとって初めての一生のお願いであった。

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