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4話:学校新聞

HRの終わった教室から急ぎ足で出ていく生徒がいた。

パジャマ登校という暴挙を遂げた双子の片割れである。


「恵」


その腕を掴まれる。


「光、着替えに行かないと」


「今日は珍しく早めに起きてたのに何でそうなったの」


眉間にシワを寄せて探るように、光は恵のくりっとした黒い瞳を見た。

それを避けるように恵は俯くと視線を足元へと向けた。


「……リムーン」


「え?」


「プリムーンが気になって全部見ちゃったの」


光が呆れ顔になって掴んでいた手をはなすと、恵は口を尖らせて拗ねたように教室から出ていった。


「プリムーンって私らが小学校の時やってたアレだよね?再放送やってるんだあ」


そう言いながら近づいてきたのは、谷の嫁であり二人の親友でもある、藤井さんである。


「そう朝早くにね。まったくあのバカ。あんなことばっかやってたら、このクラスから強制左遷されちゃうのに」


一応、優秀児しか居られないクラスだ。生活態度がペナルティを受ける程になったら即退出である。

ペナルティの定義が怪しく、パジャマ登校は見逃される変態学校ではあるが。


「まあ何だかんだで、遅刻はしてないから平気だと思うよ」


どうやら無断遅刻1回はアウトらしい。


「そうだね何だかんだで大丈夫だもんね、心配する時間がもったいないよね」


とため息をつき苦笑いをして光は言った。

学年トップの座を争う成績を持つしっかり者の光、温和な努力家少女藤井、ギリギリ滑り込み特進クラスの活発少女恵。

そんな双子と藤井は特進クラスで出会って以来、長い付き合いの仲良しトリオである。


「でも前から聞きたかったんだけど……2人の家って神社なんだよね?朝早くに起こされたりしないの?」


「ないない。私たちにはそんな厳しくないから。あれでしょ、掃除とか修行とかあると思ってたでしょ」


「うん思ってた。へー、ないんだ」


「うん。私の朝の仕事は恵を起こすことだけ。あんま意味無いみたいだけど」


この友野姉妹、神社の家の双子の娘というおいしいパーソナリティの持ち主だ。

その情報が広まった当初、どこぞのラッキースターな紫色の髪の姉妹を彷彿させると一部生徒の間で話題になったが、本人たちは知る由もない。


「でも理想的な姉と妹だよねえ、光と恵って」


「え?理想的って何が?私、恵のお姉ちゃんだなんて言ったことあったっけ」


「ええ?!なにを今さらっ!じゃあ恵がお姉ちゃんなの?!」


「さて、どうでしょう」


友野姉でトモネエ、友野妹でトモウト。

もしも姉妹関係が逆ならば、この浸透しているあだ名も逆になり紛らわしいこととなる。

そんなことを考えた藤井は、驚いた顔で光を見る。

見れば目の前、唇に人差し指を当て、にまりと悪戯っぽく笑う光の様子にため息をついた。


「はあ、もう。私が信じやすいのを弄って遊ばないでよ。今さら恵がお姉ちゃんだなんて言っても……」


「あれ?やだな、何勝手に納得してるの?どっちが姉かって、まだ私言ってないよ?」


「もういいの、もう決定なの!私があなたを姉だと認めます」


自棄になったように声を張り上げて藤井がそう言った瞬間、ぴょこんと彼女の脇に何かが現れた。


「あなたを姉だと認めますだって?知らなかったー、りっちゃんが光の妹だったなんて!ようこそ友野家へ!」


着替えを終えて教室へ戻ってきた恵であった。

話の輪に入るなりパジャマを抱えながら素っ頓狂なことを言う。

時間のかかる女子の制服を1分で着替えるという荒業をした彼女は、乱雑に脱いだ上着が引っかかったのか戦国の落ち武者のように髪が荒れていた。


「いやいや、光の妹は恵しかありえませんよ。だから早くお姉さんにブラシを貸してもらいなさい、落ち武者系妹」


「お、落ち武者系妹?!」









昼休み。今日は藤井さんの手作り弁当が振る舞われる『ハッピーフライデー』であった。

本来、谷の為だけに弁当を作ってきていた彼女だったが(ここまでしていて恋人ではない)、萩原と月島の弁当内容を見て開催を決意したようだ。


「そのお弁当、健康状態に影響するよ……」


弁当箱一面に、方やもやし、方や白菜がただただ広がっているのを目撃した藤井は、顔を青くしておかずの提供を提案した。

たとえ憐れみによる親切だろうと、貧乏二人は栄養源を取る貴重なチャンスに、恥じる素振りも無く食い付いた。

むしろ彼女のいない彼らにとっては、谷・藤井カップルの邪魔する事が出来るとご満悦であった。


「誰にも食わせたく無かったのにな」


「はは、ざまあ。そう簡単に幸せを掴ませてたまるか」


といった具合に。

月9や少女漫画で居る二人の恋路を邪魔するライバルキャラを、身近な友人である彼らはまんまと果たしていた。

そんな折で週にこの日だけは、男女混合の6人で弁当を突いていた。

普段は男女バラバラで食べており、女子が友野姉妹と藤井、男子が萩原と月島と谷といったメンバーである。


「おい月島。今日の弁当一段と酷いけど、どうした」


「白米オンリーはいいとして何だよその少なさ」


同情の瞳を向ける谷と、ニヤニヤと月島の弁当を覗き込む萩原。

食堂の喧騒の中、彼らは藤井の弁当の到着を準備をしながら待っていた。


「はっは、谷ー、そんな目で見たってあげないぞ。いや、なんか今日はやたら米の残量が少なくてさ」


「あわれすぎて貰えるわけがない。特に今日は……」


やけくそ気味の笑みを浮かべる月島に谷がそう呟くと、混みあう通路を抜けてこちらに人が向かってきた。


「ごめん、萩原と月島。朝寝坊してお弁当作って来れなかった」


集合場所に着くなり、申し訳なさそうに藤井は言った。


「そっか、だから朝来るの、割とギリギリだったんだ」


藤井の隣で、弁当を包みからだしている光が納得している。


「えー、りっちゃんが寝坊とか!今日何か悪いことあるんじゃないの!」


さらにその隣に腰掛けながら恵が目を丸くした。

悪いことならもうあっただろと小さく呟き、月島がため息をついた。


「何か悪いことって、不吉なこと言わないでよ……あ!」


藤井はピタと表情を固めてから、ハッと息をのんだ。


「新聞制作会議!忘れてた!もう少ししたらミーティングルーム行かなきゃ」


珍しく慌てた様子で口元を押さえる藤井を見て、谷が気持ちの悪いニヤリとした笑顔を浮かべる。

普段おっとりにこにこした想い人の焦った表情に辛抱堪らんという状態である。

彼は惣菜パンを袋から出し、ニヤニヤとしたまま口を開いた。


「おお頑張れ。今回の新聞ネタ、夏に向けたホラー特集らしいじゃん」

「……え?」


聞いてない、といった風に藤井は顔を青ざめさせた。


「え?藤井が知らないの?ちょ、月島全部は持ってくな、俺のメシ」


話を聞いちゃいない月島が、谷の手にある惣菜パンをがっつりむしりとっていた。

おそらく二人のイチャついたオーラの腹いせも混じっているのだろう。


「ホラー……なの?」


「ああそうだ。こんな噂があるらしいんだが、知ってるか」


怯えた様子の藤井に気持ちの悪いニヤケ笑いが治まらない谷が、どこから仕入れたのか、新聞制作委員の藤井自身すら知らない新聞ネタのタネを話し出す。


「謎の洋館の噂。学校から少し行った所に無人のお屋敷があるんだと」


玉葱丼を咀嚼していた萩原と、谷から奪ったパンを手にした月島が、一瞬視線を交錯させる。


「そこで生幽霊をうちの学校の生徒が見ちゃったんだってさ。前から噂はあったみたいだけど、生で!」


「そんな噂あったのか?知らなかった」


萩原の発言に谷以外の全員が頷く。


「どんなん?」


「萩原も月島もこの辺住んでるのに知らないのかよ。何かその無人屋敷、夜中にオペラ歌ってる髪の長い女の霊が出るんだとさ」


「はーん、ありがちだな」


「絶対やだ……みんなに話してそんな特集やめさせてくる!」


そういうと、食堂から脱兎のごとく藤井は走り去っていった。


「藤井はホラー全然駄目なんだねありゃ。友野姉妹は?」


月島が視線を向けると、双子はケロリとしていた。


「完璧作り話でしょ、ありえない」


「あんまりっちゃん怖がらしちゃダメだよ」


100パーセント信じていないようで、黙々と食事を続けている。


「ずいぶんバッサリだな。神社の娘なのに超常現象信じてないのか」


「いや誰だって信じないだろ、そんな空気読んだような、都合のいいお化けの話」


「いやわかんないよ豊。この双子実際見ちゃったりすると発狂するタイプかもしんない」


そんな話をしながら、萩原と月島はホラーとは別の意味で内心困惑していた。

2人はもちろん、その話題の洋館に無断で居候していることを誰にも言ってなかった。

無断居住がバレたら多分、警察沙汰になるだろうと考えていた。

信頼できる仲間内には言ってもいいだろうに、と思うところだが、言ったところで自分達にとって損でしかないと考えていた。

気兼ねなく話せる相手に親が居ないのを心配され、同情的な目で見られることなんて考えるだけで寒気がした。

そんな情けない思いをしたくないという、プライドの壁が何よりも大きいようだ。


(面倒なことになったな。謎のお屋敷に噂は付き物だもんな)


(オペラ女って……まあ、住んでるのが、まさかこんな高校生だとは思わないよな)


困惑のポイントがずれている奴が約一名。




昼休みギリギリになって教室に帰ってきた藤井は疲れきった顔で席についた。

それを見た隣の席の谷と、前の席の恵が哀れみの視線を送る。


「どうだったりっちゃん?やっぱりホラー特集だった?」


「うん……。そんなんやっても楽しくないからやめようって言ったのに、全く聞く耳持たない」


「他の新聞制作担当、そういうの好きそうな奴多いもんな」


はあ、と藤井がため息を吐いていると、外に設置されたロッカーへ荷物を取りに行っていた光が戻ってきた。


「あ、お帰り律子!お疲れー……顔が疲労感で大変なことに」


「ただいま光……それであの人ら、すごいこと言いだしたの」


いつの間にやら萩原と月島も藤井の席に集まり、興味深げな顔で話を聞く。


「今日の夜、屋敷にお邪魔するって」


「へえ。俺らバイト行くのにその屋敷のあたり通るから会うかもな。何時って言ってた?」


「夜のがいいからって7時とか言ってたから、多分会わないんじゃない?」


「無駄な努力するなー。万が一会ったら、お前ら早く帰って勉強しろって言っとくよ」


「「お前にだけは言われたくないと思う」」


全員から鋭い視線を浴びせられた月島は、チャイムと共に逃げるように集団から離れた。





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