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27話:こんにちは非日常

月島は絶句していた。

尻餅をついた体勢のまま硬直していた。

目の前で起きたことに、頭も体も置いてきぼりにされていた。

夜空を見上げていた恵が、ふっと地に視線を落とす。


「よい……っしょ」


小さな唸り声を上げながら恵は、地に伏す光の肩の下へ体を入れると、背負うように立ち上がる。

小さな体にスマートとはいえ光は重いようで、足元はふらふらとしていた。


「あ……代わる?」


その光景に男として放置できないものを感じたのか、月島がやっとのこと言葉を発する。


「わっ!ああなんだ、葵か!大丈夫?」


「……うん」


「顔が死んでるよ」


「俺運ぶよ」


「え、あ、うん。ありがとう」


恵から光を受け取り、背負う。

思っていたより軽い体は動かず、冷えきっていた。

だが零では無い確かな人の体温と、微かに首をくすぐる吐息が、生きているのだと月島を安心させる。


だが言葉に出来ない感情が月島の体のなかを駆け巡っていた。

混乱、恐怖、そういったものがごちゃ混ぜになり、なぜだか少し涙腺が緩んでいた。

何が何だかわからない。


「豊どこかなー」


「……あ、そういえば」


「危ないから待っててほしいって言ってるのに聞かなくて、邪魔だからついてくるなー!ってすごい勢いで拒否しちゃって」


「その程度でよく言うこと聞いたね」


「うーん……ちょっと言い過ぎちゃった……怒ってないといいな」


どうやらしぶとくついて来る萩原を振り切るために、怒鳴り散らしたことを気にしているらしい。

あくまで何事も無かったように、いつも通りのノリで話す恵。

夜の暗い森の身をきるほどの寒さも、意識の無い光も、異常なことなのに微塵も動じず話す彼女の様子に、月島は平静を取り戻しつつあった。


「ゆたかー帰ろー」


犬でも呼ぶように暗闇に呼び掛ける。

もう一度呼ぼうと息を吸い込んだ恵の横顔に、白いライトが当たった。

懐中電灯の光だった。


「……終わったのかよ」


「おまたせしましたー」


「お前さ……」


「説明はあとでするから、早く森出よ?みんな脳がコーフン状態だからだいぶ元気だけど、この気温の中長いこと薄着で居たら危ないよ。……バカ光が一番危ないわけだけど」


「だね。だいぶ冷えきってる」


「だから帰ろっ、あ、私懐中電灯係!」


萩原に走りよると、ヒョイッと手の中から懐中電灯を奪い取る。

そして軽い足取りで雪道を跳ねるように数歩。

だがピタと立ち止まり、さくさくと萩原の前まで戻ると、ぴょっと勢い良く顔を見上げた。


「さっきは言い過ぎました……ぜんぶ、思ってもないことです」


「は?」


「ここに居ろばかー!豊なんか大嫌いだーっ!っていうの、勢いの産物なの。うそです。嫌いじゃないです。本気にしないで」


「別に気にしてすらないんだが」


見上げる恵を見向きもせず、どうでもいいという風に応じる。

恵はそっか、と小さく呟き、もにょもにょとゴメンねのようなことも呟くと、先陣を切って再び歩きだした。

その後を萩原と月島が続く。


「萩原さん、なに言われたんすか。素直に足止めちゃうほどショックなことだったんすよね?」


「っせえな。別になんもねえよ。勝手に謝ってんだよアイツが。……ていうかお前だよ、何があったんだよソレ」


月島の背で意識を失っている光を顎で指す。


「何があったのか正直さっぱり。混乱中。でもトモウトがあんな感じでいつも通りだから、合わせて落ち着いてるだけ」


「俺の方もよくわかんねえこと起きてよ、何がなんだか」


2人が前を見れば、明るい蛍光灯で道を照らす恵の背中。


「あいつ何なんだろ」


「森出たら説明してくれるって」


灯りに導かれて感覚の無い足を進める2人、今は早く森を出ることだけを考えよう、と自分に言い聞かせた。









寮2階、第一会議室。

男女4人が貸し切って座っていた。

言わずもがな、友野姉妹、萩原、月島である。


4人は冷えきった体を風呂で温め、自由に着用可らしい貸し出し浴衣に身を包んでいた。

学生寮だというのに、なぜこんなものがあるのだろうか。実は立派な施設なだけあり、一般開放もしているからだったりする。


「ごめんなさい」


第一声は光の謝罪だった。

意識を失っていた光であったが、森の中で帰路に着く最中に目を覚ました。

起きた瞬間、ごめんなさいと小さく呟き、月島に降ろすように言うと沈黙したまま歩きだした。

足元がおぼつかず、無理しないで頼れと言われても、首を振り俯いたまま歩き続けた。

今も俯いたままで、謝罪を述べたあと再び口をつぐんでしまった。


「光、自己嫌悪モード」


「……説明、してくれるんだよな?」


「うん。説明しても納得してくれるか微妙なんだけど………冗談のつもり無いから、怒らないでね」


そう何やら必死の前置きをすると、恵は腹を括ったような顔をして、いきなり質問を投げ掛けた。


「――2人は幽霊って、信じてる?」


とんでもない質問だった。


「「……は?」」


「わ、思った通りの反応。居るって信じてくれないと、話が進まないんですよ」


「そういやさっきも言ってたね。取り憑いてるだの取り憑かれてるだの」


「うん。光に幽霊がとり憑いてたの。うう……この発言、電波ちゃんだと引かれても仕方ないだろうな」


「真面目に言ってるんだろ?なら引かねえよ」


「……よかった」


二人は恵の言葉を素直に受け入れようと努力していた。


「実はこの森ね、幽霊がたくさん居て、知られざる心霊スポット!みたいな感じなの」


「富士の樹海みたいなもんか」


「うんうん。えっとそれで……私たちいわゆる霊感があるタイプでして。森から少し離れてても霊の気配やら声が、テレパシーみたいに伝わっちゃってて。それがすっごい体に悪影響で」


「体に悪影響?頭痛?吐き気?」


「そういうんじゃなくて、なんというか、メンタルにくるの。幽霊の声が頭に響いて……」


説明がうまくいかず、眉間にしわを寄せて恵は困った表情を作る。

と、ここまで無言であった光がわずかに顔をあげる。恵がちら、と顔を窺うと、引き継いで話しはじめた。


「頭に響く霊の声に耳傾けて同調しちゃうと、霊に取り憑かれるの」


「そう。催眠術と同じ手口ってかんじ。光は疲れてメンタル弱ってたから影響受けやすくなってて。典型的な朝方人間で夜めっちゃ弱いし。それで取り憑かれた光は森に行っちゃった。……死んだことに気付かないで、一緒に死んでくれる人を探してる霊だったみたいだね?」


「うんそう。……弱いけど完全に悪霊だった。人間を動けなくさせる力があった。動けなくさせて水のなかに引き込むの」


「憑かれてた時のことって覚えてる?」


「なんとなく……ちゃんとは覚えてないけど」


「そっか。光が森に居たワケはそんな感じ。……2人とも、大丈夫?」


萩原と月島の難しい表情を見て、心配そうな声色で恵が問う。


「ああ。理解できてないわけじゃない……はず。ただ飲みこむのに時間がかかってるだけだ」


次元が違う話すぎて、飲みこめるわけがない。


「そりゃそうだよね。信じれなかったら夢ってことにしておいて」


「夢にはできそうにないから、その調子でトモウトが……色々やってたことについてもくわしく」


「おけ」


と言ったものの抵抗があるのか、一度静かに深呼吸する恵。


「私たちが神社の子って知ってるよね?たまに私たち、バイトでお祓いとかやってるの」


「お祓い……除霊?」


「そうそう。で、さっき私が使ったのはその仕事道具。除霊の力を込めた短剣。人に霊がとり憑いた場合は、斬りつけても霊だけにダメージを与えられる除霊道具。何かあったら困るからいつも携帯してるんだ、一応」


「アレ、豊も見たの?」


「なんか光ってるヤツだろ?ああ。お前がずっこけてたときにな」


「もう一体お化けが居たんだよー。光が擦り傷作った木の枝に血がついたらしくて、それぱくぱく食べてたお化け。豊の前ではその除霊に使ったんだよね。その幽霊、光の気配がまざっちゃってて、本物と迷っちゃったんだ」


そこまで言うと、改めて月島と萩原の顔を交互に見る恵。


「説明こんな感じで大丈夫?もう誤魔化しようがないから、素直に言ったんだけど。豊も葵も、見えちゃったわけだし」


「見えちゃった?」


「豊が見た女の人、幽霊だったんだよ。葵が見た剣の青い光は霊能力だし。普通じゃ見えないはずのものなのに……2人はそれが見えちゃったんだよ」


「それってつまり……」


「2人には霊感があるってこと」


萩原と月島が呆然とした表情になる。

自分たちに見えざるものが見えてしまっていた。

森の中に1人ぽつんと居た、斬られて消えた女。青く発光する短剣。


「へへ、でも怖がらなくて平気だよ。今までだってお化け見たって気付かなかったでしょ?普通にしてれば問題なしだよ」


「でもお前ら、声が聞こえるとか言ってたけど。俺別に聞こえたことねえし」


「私たちは霊能力マスターだからね。霊媒体質ってのもあるし」


そう言ってにっと明るい笑顔を浮かべる。


「へへっ、説明しろーっていうから包み隠さず喋っちゃったけど、聞くだけ損だったでしょ?やーい、2人ともビビってるー。もうお開きでいい?時間けっこうヤバいし」


全員が時計に目をやると、たしかに就寝時間が近づいていた。

11時に布団に入っていなければ、ここに来てまたも極寒3分間閉め出しの刑だ。

そんなもの彼らは反吐が出るほど味わっているというのに。

帰らなくてはと全員が立ち上がった。

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