23話:勉強会後のバイキング
『ステップアップ!受験合宿』二日目、午後6時。
学習時間全行程を終え、夕飯の時間だった。
ご褒美らしく、バイキング形式の料理がずらりと囲む中、生徒達は和気あいあい食事をしていた。
山盛りに揚げ物や肉類を乗っけた、全体的に茶色い皿の者。
食欲がどこかへ行ってしまったのか、野菜がちらほら乗っただけの草食動物のような皿の者。
スイーツパラダイスを気取った、デザートしか乗ってない皿の女子。
「この日のために私は生まれてきたのだ……」
「ふふ、こういうお皿のデコレーションって、性格でるよねー」
恵の皿はカレーにグラタン、プリンといった、子どもの夢を叶えたようなメニューだった。
野菜中心の藤井の皿の上はバランスよくヘルシーにまとまっていた。
実に性格が出た皿である。
「うひゃー、りっちゃんってこんなときでも栄養バランス考えるんだね」
「このあとヨーグルト取ってくると完璧」
「乳製品いっつも食べてるよね。りっちゃんヨーグル党?」
「そうだね。毎日必ず朝夕2回食べる習慣だから、立派なヨーグル党かもね」
「……ふうむ、なるほど」
「へ?なにがなるほどなの恵?」
「ううん別に」
藤井律子のFカップはヨーグルトでできています。
みんなもレッツ乳製品!
恵が話を切り上げると、左を向いた藤井が心配そうな面持ちで口を開ける。
「光、ずいぶん静かだけど大丈夫?」
「え……?うんちょっとボーっとしてただけ」
食事の時間がはじまってから一言も言葉を発していないが、光は居たのだ。
話にも参加せず箸を握り締めたまま宙を見つめる彼女は、どうやら心ここにあらずのようだった。
「光、今は食べることだけ考えなよ。ボーっとしちゃだめ。意識をしっかりここに向けて。お箸しっかり握って」
「わあ。どうしたの恵?光のお母さんになったみたいな発言しちゃって」
「だらしない光を恵ママは許しませんからねっ」
「なに偉そうに……ちょっとボーっとしてただけじゃない」
「ふふふ、反抗期の娘と親子の会話」
我を忘れかけていた学習時間から一転、和やかな時間が流れる。
先ほどまでの、血走った目をした若者達がペンを持ち「う~、あ~……」と唸るだけの絵面はまるでゾンビの集会のような壮絶さであった。
それを知っている教師たちは疲れを労うためか、食事中の粗相をある程度、黙認していた。
「おまえら……」
「ん?」
呆れた様子の谷の視線の先には、ぎゅうぎゅうに食料の詰め込まれた、タッパーと弁当箱があった。
「気持ちはわかるが、みっともない、みっとも無さすぎる」
「うるせえな。食料確保のチャンスなんだ、今やらなきゃ後で後悔する」
いわゆるお持ち帰りタッパーの持ち主は言わずもがな、萩原と月島だ。
バイキング形式を良いことに、日持ちしそうなものを中心に、詰め込み作業を行っているのだ。
「肉野菜……ああ肉野菜……肉野菜」
「一句詠むなよ……」
感極まって松島の芭蕉状態になった月島。
弁当箱の他に、彼のパーカー前ポケットには、はみ出るほどのふりかけが収まっていた。
置かれていたものを全て持ってきたのであろう。
「やべ、紅茶取り忘れた」
「もうやめとけって!見てらんねえっ」
食事時間も終盤にさしかかり談笑に移りはじめた雰囲気の中、バイキングコーナーでハイエナのように貪る友人の姿など、谷は見たくなかった。
「お坊っちゃんだねーお前はー。仕方ない。意地汚く見えないように、バレないようにやれば文句ないんでしょ?」
「いやいや、もう取りに行かないっていう選択肢を選びなさい!」
「先生だって黙認してるし、もう怖いもんなんてねーよ。いいだろ別に」
「その考え方が怖えよ!特にお前は学級委員の体裁とか気にしてみよう!」
「日々の生活の糧を得るチャンスに比べれば、そんなもの1ミリの価値にも満たない」
「なんだ。そういう外聞のこと気にしてたの?なら俺は失うモノないし、別にいいじゃん」
止める間もなく、月島がバイキングコーナーへと再び向かう。気を取られている隙に萩原も消えていた。
「もうあいつら……スラムの子供みたいなたくましさで……ついてけない」
「普段どういう生活なんだろうね。あれもモテない原因の1つだよねあの人ら。ケチそうで……」
隣で一部始終を見ていたらしい女子が、苦笑いで谷の呟きに応じる。
外聞や体裁を気にして育った、高層マンション39階住みの谷にとって、彼らのハングリー精神を理解するのは難しいようだ。
言葉通り、食に対するものだけに発揮される精神だが。
バイキング先で萩原が教師に呼び止められる。
ついにお咎めを受けたのかと思いきや、そうではなかった。
学級委員の仕事を命ぜられたらしく、マイクへと向かい司会業をはじめる。
「静かにしてください、連絡します」
ポケットに入りきらなかったコーヒーミルクを両手からはみ出させながら、平然と仕事をまっとうする。
A組のハリボテカリスマ人間とは彼のことだ。
「――11時が就寝時間で、それまでは自由時間です。ただしもちろん、鍵は開いていますが外出だけはしないでください。以上です」
ハリボテカリスマの連絡が終わり食事時間が終了する。
バラバラと食堂から出ていく生徒たち。
萩原もその流れに乗り、マイクから離れ出入口へと向かう。
「はーぎわーらくんっ」
明るい声で呼び止められ萩原が振り替えると、満面の笑みとクールな微笑を携えたB組C組の女子委員ズが立っていた。
「あ?なに?」
「ちょっとさー、このあと時間くれない?」
「どうした?ミーティングでもしたいのか?」
「そうそう!合宿のことでさー、ちょっと思うことがあって」
「ふーん。他の奴らには……」
「もう私らが連絡しといたから平気。8時に会議室に来てくれ」
「会議室って1と2あるけど」
「1でお願い」
「わかった」
萩原の了解を受けると、クスクス笑いながら萩原の脇を通り抜ける関原と田島。
女子が腕を取りあってそういう笑い声を上げるのは、大抵イタズラを仕掛けた時だ。
萩原は何か面倒なことを仕組まれていることに、気付いているのだろうか。
「やべ、タッパ忘れてた」
気付いていないようだ。