表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/32

23話:勉強会後のバイキング

『ステップアップ!受験合宿』二日目、午後6時。

学習時間全行程を終え、夕飯の時間だった。

ご褒美らしく、バイキング形式の料理がずらりと囲む中、生徒達は和気あいあい食事をしていた。


山盛りに揚げ物や肉類を乗っけた、全体的に茶色い皿の者。

食欲がどこかへ行ってしまったのか、野菜がちらほら乗っただけの草食動物のような皿の者。

スイーツパラダイスを気取った、デザートしか乗ってない皿の女子。


「この日のために私は生まれてきたのだ……」


「ふふ、こういうお皿のデコレーションって、性格でるよねー」


恵の皿はカレーにグラタン、プリンといった、子どもの夢を叶えたようなメニューだった。

野菜中心の藤井の皿の上はバランスよくヘルシーにまとまっていた。

実に性格が出た皿である。


「うひゃー、りっちゃんってこんなときでも栄養バランス考えるんだね」


「このあとヨーグルト取ってくると完璧」


「乳製品いっつも食べてるよね。りっちゃんヨーグル党?」


「そうだね。毎日必ず朝夕2回食べる習慣だから、立派なヨーグル党かもね」


「……ふうむ、なるほど」


「へ?なにがなるほどなの恵?」


「ううん別に」


藤井律子のFカップはヨーグルトでできています。

みんなもレッツ乳製品!

恵が話を切り上げると、左を向いた藤井が心配そうな面持ちで口を開ける。


「光、ずいぶん静かだけど大丈夫?」


「え……?うんちょっとボーっとしてただけ」


食事の時間がはじまってから一言も言葉を発していないが、光は居たのだ。

話にも参加せず箸を握り締めたまま宙を見つめる彼女は、どうやら心ここにあらずのようだった。


「光、今は食べることだけ考えなよ。ボーっとしちゃだめ。意識をしっかりここに向けて。お箸しっかり握って」


「わあ。どうしたの恵?光のお母さんになったみたいな発言しちゃって」


「だらしない光を恵ママは許しませんからねっ」


「なに偉そうに……ちょっとボーっとしてただけじゃない」


「ふふふ、反抗期の娘と親子の会話」


我を忘れかけていた学習時間から一転、和やかな時間が流れる。

先ほどまでの、血走った目をした若者達がペンを持ち「う~、あ~……」と唸るだけの絵面はまるでゾンビの集会のような壮絶さであった。

それを知っている教師たちは疲れを労うためか、食事中の粗相をある程度、黙認していた。


「おまえら……」


「ん?」


呆れた様子の谷の視線の先には、ぎゅうぎゅうに食料の詰め込まれた、タッパーと弁当箱があった。


「気持ちはわかるが、みっともない、みっとも無さすぎる」


「うるせえな。食料確保のチャンスなんだ、今やらなきゃ後で後悔する」


いわゆるお持ち帰りタッパーの持ち主は言わずもがな、萩原と月島だ。

バイキング形式を良いことに、日持ちしそうなものを中心に、詰め込み作業を行っているのだ。


「肉野菜……ああ肉野菜……肉野菜」


「一句詠むなよ……」


感極まって松島の芭蕉状態になった月島。

弁当箱の他に、彼のパーカー前ポケットには、はみ出るほどのふりかけが収まっていた。

置かれていたものを全て持ってきたのであろう。


「やべ、紅茶取り忘れた」


「もうやめとけって!見てらんねえっ」


食事時間も終盤にさしかかり談笑に移りはじめた雰囲気の中、バイキングコーナーでハイエナのように貪る友人の姿など、谷は見たくなかった。


「お坊っちゃんだねーお前はー。仕方ない。意地汚く見えないように、バレないようにやれば文句ないんでしょ?」


「いやいや、もう取りに行かないっていう選択肢を選びなさい!」


「先生だって黙認してるし、もう怖いもんなんてねーよ。いいだろ別に」


「その考え方が怖えよ!特にお前は学級委員の体裁とか気にしてみよう!」


「日々の生活の糧を得るチャンスに比べれば、そんなもの1ミリの価値にも満たない」


「なんだ。そういう外聞のこと気にしてたの?なら俺は失うモノないし、別にいいじゃん」


止める間もなく、月島がバイキングコーナーへと再び向かう。気を取られている隙に萩原も消えていた。


「もうあいつら……スラムの子供みたいなたくましさで……ついてけない」


「普段どういう生活なんだろうね。あれもモテない原因の1つだよねあの人ら。ケチそうで……」


隣で一部始終を見ていたらしい女子が、苦笑いで谷の呟きに応じる。

外聞や体裁を気にして育った、高層マンション39階住みの谷にとって、彼らのハングリー精神を理解するのは難しいようだ。

言葉通り、食に対するものだけに発揮される精神だが。


バイキング先で萩原が教師に呼び止められる。

ついにお咎めを受けたのかと思いきや、そうではなかった。

学級委員の仕事を命ぜられたらしく、マイクへと向かい司会業をはじめる。


「静かにしてください、連絡します」


ポケットに入りきらなかったコーヒーミルクを両手からはみ出させながら、平然と仕事をまっとうする。

A組のハリボテカリスマ人間とは彼のことだ。


「――11時が就寝時間で、それまでは自由時間です。ただしもちろん、鍵は開いていますが外出だけはしないでください。以上です」


ハリボテカリスマの連絡が終わり食事時間が終了する。

バラバラと食堂から出ていく生徒たち。

萩原もその流れに乗り、マイクから離れ出入口へと向かう。


「はーぎわーらくんっ」


明るい声で呼び止められ萩原が振り替えると、満面の笑みとクールな微笑を携えたB組C組の女子委員ズが立っていた。


「あ?なに?」


「ちょっとさー、このあと時間くれない?」


「どうした?ミーティングでもしたいのか?」


「そうそう!合宿のことでさー、ちょっと思うことがあって」


「ふーん。他の奴らには……」


「もう私らが連絡しといたから平気。8時に会議室に来てくれ」


「会議室って1と2あるけど」


「1でお願い」


「わかった」


萩原の了解を受けると、クスクス笑いながら萩原の脇を通り抜ける関原と田島。

女子が腕を取りあってそういう笑い声を上げるのは、大抵イタズラを仕掛けた時だ。

萩原は何か面倒なことを仕組まれていることに、気付いているのだろうか。


「やべ、タッパ忘れてた」


気付いていないようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ