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21話:勉強会スタート

日が暮れ外はすっかり暗くなった午後六時、合宿所は自習の時間だった。

部屋は、自習室とグループ学習室の二つが用意されていた。

机の間に敷居が置かれていて、プライベートな空間で集中して勉強に取り組める、自習室。

わからないことはすぐに相談でき、リラックスした空間で弱点克服がスムーズに進むグループ学習室。


六人組はグループ学習室で固まって、学校配布の冊子教材を科目はバラバラだがひたすら解いていた。


「誰かー、問十ヘルプ!」


「ツバでもつけときゃ解けるだろ」


「それじゃ紙は溶けるが問題は解けんよ」


谷と萩原の漫才をわき目に、谷の前から教材を覗きこんでいた藤井が唸る。


「うーん……本当に難しい」


「めんどいし答え見ちゃいなよ」


「月島は黙って染色体と向き合ってろ」


「もう染色体とは別れましたぁー、今は神経ちゃんですぅー」


「浮気性なやつめ」


「バカ野郎。恋には一途、それが月島」


隣同士で言い合いになる彼らの背後に、ぬっと人影が立った。


「おい、何騒いでるんだ?」


「「すいません」」


学習から脱線した会話に鋭く反応した見回り教師が、ドスのきいた低い声で脅しかけてきた。

一気にしん、と静まった六人の間にカリカリとペンの走る音が響く。

だがすぐにカリ、と動いていた光のペンが止まる。そして数秒、恵のノートの上をカリカリと走るペン先をジトリと見つめる。


――何してるの


止めたシャープペンを動かし、恵のノートの上部にそう書く。顔を上げた恵は、光の怪訝な顔を一瞥すると、カリカリと返事を光のノートに書き始める。


――もう勉強するのガマンの限界だけど、やんなきゃダメだから最終手段にでたの!


そう書ききり、ニッと笑顔をつくって光を見る。光はその笑顔をジトリと見据えると、ノートを取り上げパラパラと前のページをめくる。


数ページにわたり、それは最早お絵かき帳と化していた。

歴史上の出来事をポップなキャラクターが吹き出しでしゃべっている。

キャラクターは歴史上の人物を元にしたようで、炎の中舞を踊る猫などが描かれていた。

他にも犬やウサギなど可愛らしい動物の絵柄が多いなか、光の目に異質な物が映る。


『イチゴパンツ(1582)で太閤検地!』

その語呂合わせタイトルの下には、精密に模写された豊臣秀吉がイチゴ模様のブリーフで田に立つ、あられもない姿があった。


「くっ……!くふぅっ!」


ノートを投げ捨て慌ててパチンと手のひらで口元を押さえる。


「あはは光、沸点低ーい」


顔を赤くしてふるふると震えて笑いをこらえる光を見て、恵も笑いだす。


「なにしてるんだお前ら」


少し離れた所に居た、先ほどのガテン系教師が目ざとく見つけ、ドスのきいた声を発しながら近づく。

ホント何してんだという四人分の視線も浴びながら、友野姉妹は笑みを引っ込める。


「……教科書の写真が面白くて」


「真面目にやれ。女子はもうすぐ休憩に入る。時間を無駄にするな」


休憩という言葉にぴくっと恵が反応するが、すぐにバトル入浴タイムのことだと気付き落胆する。


「「はい……」」


教師が離れてるのを見計らって二人がため息をつく。それで気を取り直したように再びペンをとり、黙々とテキストに取り組む。

程よく緊張した空気が流れ、全員が真剣な表情となる。バカをやるだけでない彼らの底力と言いたいところだが、役一名はお絵かきに夢中になっているだけのようだ。


沈黙の時間が数十分ほど続いた頃、入り口付近に現れた佐藤先生の声がそれを破る。


「女子は入浴時間です。仮眠室で荷物を取って、移動してください」


ガタン、と一斉に女子が立ち上がると一目散で仮眠室へのスタートダッシュをきる。

シャワー争奪戦はもう、始まっているのだ。


「こえぇ……」


横切る女子たちの据わった目を見て谷が呟く。だがその声はバタバタという足音にかき消された。


「あははっ!みんな遅い遅い!」


ビュンと風をきって圧倒的な速さで走る恵。成績はA組のビリを争う彼女だが、スポーツに関しては体育会系顔負けの運動神経の持ち主だった。

階段の手すりに手をつき、華麗なターンと共に階段を3歩で降りきる。


「ヒャーハッハー!」


追随を許さない速さで、一階の玄関ロビーを駆け抜け、流れるようなターンを再び披露する。長めの捻れた階段を牛若のように身軽に跳ねて着地する。

そのまま真っ直ぐ進み、分岐した廊下を右に曲がる。


(一番いいシャワーをゲットだ!でも……光が遅いのはおかしいな)


友野姉妹の走行速度は、恵に軍配が上がるにしろ、光も遅れをとるほどでは無い。

それを知っている恵は、ふと不安を覚え、ちらりと後ろを振り向く。


「なぁっ?!」


見えたのは背中、反対方向へと走っていく光と藤井の姿だった。


「あの子が一人で迷わずに行けるわけ無いもん。泳がせて正解だった。これで一つシャワーが開く!」


「いきいきしてるね、光……」


恵のバカを利用した光の作戦勝ちのようだ。合宿所に来るのはこれが初めてではないのに、情けない体たらくである。

光は座敷の仮眠部屋で着替えを取り出し、トップで部屋を飛び出す。風呂場はもう目前だ。


「待てえー!光ぃー!」


部屋を飛び出したところで追い付いてきた恵が背後に迫る。


「追い付いたか……思ったより早く方向転換したしね」


余裕を残して走っていたらしい光が、ぐんとスピードを上げて最後のスパートをかける。

ワンツートップで脱衣場に駆け込み、浴室に一番近い籠へ荷物をダンクシュートする。


「うらうらうらぁーッ!!」


「ほぁぁぁあーッ!!」


「きぇぇぇえーッ!!」


二人が着いて少したつと、言葉をなくしたような奇声をあげながら、次々に女子たちが脱衣場に駆け込んでくる。

シャワーの為というか、負けず嫌いの多いこのクラスの闘争心が、彼女達を駆り立てているようだった。男子陣が見たら驚愕するであろう、阿鼻叫喚の図であった。


「ミニタオルミニタオル……」


がさがさと荷物の一番下になっていたタオルを取ろうとした、恵の手がピタと止まる。


「あ、ぱんつ忘れた」


「あら残念、取ってらっしゃい!じゃあお先」


「別に……無くてもいいか……」


「取ってきなさい。シャワー一緒に使わせてあげるから」


道を踏み外そうとした恵を阻止する光の表情と声は、真剣そのものだった。

そもそも最初からシャワーを一緒に使うという考えが、このクラスには何故浮かばないのか。

こういったヘマをした生徒が、黙っていながらもあと何人かは居る。

今ここは、おそろしい無法地帯だ。


「だりゃあぁあーーッ!!」


予想どおり、タオル一枚の女子が居ながら色気の無い風呂シーンとなってしまった。湯気の立ち込める風呂場へと、戦士たちが次々と叫び、駆けていく。カランカランと桶が転がる音が反響し、壮絶さを煽る。

滑って転ばないことを祈ろう。



その頃残った男子たちは、女子の変貌ぶりなど露知らず、静かな時間を過ごしていた。


「食事配給当番は移動の時間だ。エプロン取って食堂行けー」


その声に数人の生徒がペンを置き、立ち上がる。

今日の夕飯準備は女子の入浴時間と被ってしまっているので、担当は全員男子だった。月島と谷もその中の一人で、気だるそうな足取りで部屋を出て行く。

ちなみに学習室に一人残った萩原は、学級委員特典で食事当番免除だったりする。今回の場合あまり喜ばしくない特典だが。

外に出た彼らは沈黙から解放され、与太話を始める。


「俺の家エプロン使わないから持ってなくてさ。昨日の夜、準備始めてから必要だって気付いてマジ焦ったぜ」


「え、じゃあどうしたの?ノーエプロン?」


「まず借りようと思って何人かに電話したんだよ。夜中にかけても怒られなそうな奴に。でも居てもレースのフリル付きしかないとかで、誰も予備エプロン持ってなくてさ。てか一応お前にも電話したけど出なかったんですけど」


「あ、そうなの?多分寝てたわ。夜は電話コールごときじゃ起きないからね」


「うわ、でたよ月島。で結局誰からも借りらんなくてさ。泣く泣くこないだ妹が、家庭科で作ったエプロン持ってきた」


「フリル借りるよりはマシだったんだ妹のエプロン。柄は?」


「リラックマ。チョー可愛いだろ」


「うわ、いいじゃん幼稚園の先生みたいで。子供に大人気じゃん」


「ふみかってピンクのアップリケで名前付いてんだぞ」


「いいじゃん新婚みたいで。嫁さんの名前入りエプロンみたいじゃん」


「いねえよそんな新婚さん!しかも妹とそんな気分味わえても嬉しくないし!お前ホント適当っすね」


そんなエプロントークをしているうちに仮眠室の近くに着く。無意識に前方にある女風呂をチラリと見てから座敷部屋へと入る。男のサガなのだから仕方ない。


「うわ、お前のヤツ穴空いてんじゃん。歴戦のエプロンだな」


「毎日使ってるからね。俺の愛が凝縮されたエプロンさっ」


「そんなお前の得意料理は?」


「カップラーメンと肉じゃが」


「ニートとお袋さんの味の両方だと……」


「ちなみに肉抜き肉じゃがね」


「じゃがじゃねえか」


それから料理トークとなり、女子顔負けの家庭的な様子を見せて歩く彼ら。

ちなみに近くの女湯では、男子顔負けの戦いが繰り広げられている。

荒々しく風呂場で戦う少女らと、料理話に花を咲かせる少年らのこの姿。

女が戦うというのは自然界でも多く見られる、おかしくない姿なのだが、近年で日本人の性の在り方も変わったものだ。

一つ言えることは、やっぱ女って怖えなあ、ということである。

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