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19話:地獄の一泊二日合宿

12月初頭、HR。

『ステップアップ!受験合宿』そう表紙に書かれたしおりをクラス全員が読んでいた。

人里離れた森の中、学校持ちの施設でひたすら勉強するという特進クラス特製合宿だ。

身の凍る寒さの12月、心をも凍らせる2日間だと代々先輩から伝説が受け継がれている。


「睡眠時間は2時間30分です。各自学習進行ペースに合わせて必ずとってください。当日は大部屋にふとんが敷き詰めてあります。出席番号順に人数分並んでいます。一応オリエンテーリングで場所の確認をしますね。目覚まし時計の使用はできません。先生方が何人か配置されているので、今から寝るという旨を伝えてください。しっかりカウントしているので。なお、2日目は7時完全起床ですから、それまでに忘れず睡眠をとってください」


部屋など無い。なぜならひたすら勉強したあげく、先生の監視下雑魚寝だから。

休憩を授業の合間に十分挟む設定なので、そこで睡眠時間を稼ぐのが手だろう。


(1日目お風呂、15分しかない……)


シャワーが人数分あるわけではない。スケジュールを見た女子たちは争奪戦を覚悟し、静かな闘志を燃やした。

2階にある学習室から地下1階にある風呂場への大人数徒競走、そして覗きがいの無い熱闘入浴タイムが期待できそうだ。

ちなみに男子は1日目入浴時間は無い。


「何か質問はありますか」


「2日目は入浴後自由時間となっていますが、この時点でも各自に部屋は用意されていないんですか?」


手を挙げ、指された女子が怪訝な声で尋ねる。

確かにきちんとした部屋が無ければ、談笑したくてもプライバシーの無い、先生や男子混合の雑魚寝部屋でするはめになる。


「用意されてません。ロビーや食堂を使ってくつろいでください。ロビーにはソファもたくさんありますよ」


「はい……」


うわあ、という声が音にはならずもクラス中にこだまする。

救いの無い自由時間だ。隠れてやりたいあれやこれやが完全に不可能な仕様だった。


「マンガやゲームは不用品に入りますか?」


「入ります」


「……ですよねー」


一瞬にして月島はじめ数人の希望は崩れ去った。


「バナナはおやつに……」


「入ります。ただしおやつの持参不可」


そんな恵と萩原の小声の問答が、聞こえた生徒の心をさらにむなしくさせた。









合宿当日の朝は早い。まだ夜が明けたばかりの早朝、校舎前に人だかりができていた。


「さむいよう…ねむいよう……」


「うー…あー……」


あちらこちらから幽鬼のような声があがる。昇りたての朝日の中、多くの生徒が眠気と眩しさに目をしばつかせていた。


「おはよう」


太陽光を浴びながら、朝に強いらしい光が爽やかな挨拶で登場する。


「はあ、重かった」


そう言う彼女の後ろにはズルズルと引き摺られた、ほとんど意識のない恵が居た。


「恵起きなさい。着いた」


「おふぁにょおぉ」


もごもごと口が動き鳴き声を出すが目は閉じたままで、もはや寝言だ。光と登校できなければ遅刻は確実だっただろう。


「ひーかりっ!」


ボストンバッグを地面に置いた光の背中に突然、がばっと何かが飛び付く。


「え、愛理?!なんで……」


飛び掛かってきたのはB組副学級委員、関原愛理だった。恋バナが大好物のハイテンション少女である。


「全クラス学級委員は強制参加だぞ。知らなかった?」


「よろしく、光ちゃん」


「玲奈…彰子……」


抱きつかれたまま振り返った先、小さく手を振りながら近寄る二人が目に入る。

C組学級委員の眼鏡ボーイッシュ少女、田島玲奈と、D組副学級委員の小動物系女子、神谷彰子がそこにいた。

他クラスの学級委員が参加することを聞いていなかった光はポカンとして驚いた。


「なにその顔!光、もっと喜びなさいっ!このこのっ」


「わひゃっ!くひゃひゃひゃっ!やめっ!ひー!あはははっ」


ぺたっと張りついたままだった愛理が、光の脇腹をくすぐる。

常人のくすぐりなら我慢できる光を一瞬で悶えさせる彼女は、学年一のゴットハンドの持ち主だった。

また関原という苗字をもじり、セクハラという不名誉なあだ名がつくスキンシップ大好き少女だった。


「うわ、朝からテンション高えな。トモネエ、時間だからバス誘導はじめろって」


「わ、わかったきゃふははっ!ひゃうーっ!」


「お!彰子、チャンスチャンス!萩原くんだ!いっちょパンくわえてぶつかって来い!」

「ふぇっ?!パン?!ぶつかる?!」


(ホント、なんでこんなテンション高いんだこいつら……修学旅行じゃねえぞ)


座席順はなく、バスに入った順から適当に座ることとなる。誘導をする委員2人は最後の乗車が確実だが。


「ふぃー、間に合った!一番乗りぃ!」


流星のごとく時間ぎりぎりに登場した月島が、走ってきた勢いのままバスの中へ乗り込む。

佐藤先生はチラリと腕時計を見たが、とくに咎めもしなかった。

1番後ろの長い座席を2人分占領し、のびのびとする月島の隣に重い足取りの大宮が続いた。


着席した大宮はシートベルトを締めると、足を持ち上げ体育座りになった。いきなりの引きこもり態勢に月島が驚いて見ると、大宮は盛大なため息を吐いた。


「ハアァ……」


「うわ、どしたの?こんなテンション低い大宮見たことない」


「そりゃそうだろ。葵とずっと一緒だって昨日の夜約束したのに、起きたら地獄合宿とか、ハア……」


「は?ああ……まだやってたんだあのゲーム」


「あたりまえだろ。はあもう3次元の月島葵で脳内補完しよう。昨日の夜は熱かったなあ、葵」


「気持ちわるっ」


「そうそう、その冷めた感じそっくり!もっと言ってくれ」


「うわあ……なあ、もうその二次元の葵ちゃんルートはクリアしたの?クリアしたならその余韻を楽しみなよ」


「クリアはしてない。けどいい所までいったんだ……18禁的な意味で」


「はは、うわあ、なるほどなー。そっか、勉強で煩悩消さないとね」


そう、話を切り上げようとした月島の思惑もむなしく、大宮はキラリと眼鏡を反射させると突拍子もない発言をする。


「なあ葵、俺……今日1日お前のこと葵だと思っても……いいか?」


「うおおおい!」


(だめだ。どう話を逸らそうとしても大宮の近くに居るかぎり、ピンクな方向に軌道修正しちゃう!)


「なんか車酔いしてきた。座席、前のが酔いにくいんだよなあ。前行こっと」


「え、まだバス動いてすらないぞ」


月島は逃げ出した。素早い動きで長椅子から抜け出すと、乗り込んできている生徒に「後ろ行って」と伝え、空いている席に着く。


「うぎゅ……」


「あ、ごめん」


どかっと乱暴に席についた勢いで、先に窓際に座っていた生徒にぶつかった。妙な鳴き声をあげて眉間にシワを寄せた生徒が、目をうっすらと開ける。


「うわ、トモウト酷い顔。どんだけ朝弱いの」


「葵……?」


寝起きのためか恵の表情には血の気がない。いつもの健康的な雰囲気はなく蒼白な表情に月島が驚く。


「なに、トモウト風邪?」


「はあ……今ね、もうそれはそれは恐ろしい夢を見たんですよ」


「なんだ悪夢か。どんなん?」


「葵を皮切りにみんながバッタバッタと倒れて行く夢だよ……血まみれで。うう、壮絶だった……」


「そりゃ確かに恐ろしい。そういう夢見るのって、何か意味ありなのかもよ。トモウト悩みでもあるんじゃない?」


「ううん、むしろこっちが心配になったよ。倒れる前にみんなが苦しみながら、何か伝えようとしてくるの。でも全然聞こえなくて……葵こそ何か嫌なこととかあったりしない?」


心配を心配で返し、お互いの表情を窺う様子を見て、二人がぷっと吹き出す。


「何この心理カウンセリング対決!どっちかが悩み相談しなきゃ始まらないじゃん!」


「だめだねえ、似た者同士だからなあ」


「俺らにはマイナス方面の話は出来ないんですよ」


「あらら……人一倍マイナス思考なのにね」


「うわ、それ言っちゃう?トモウトまだ眠いんじゃないの。そんなこと言うなんてボロ出まくりじゃん。二度寝、いや三度寝しなよ」


「うん……すごい眠い」


寝起きから続き、恵は血の気のない顔のままだ。のろのろと左へ傾むけていた頭を正面へ戻し、目を閉じる。すぐに背もたれに全体重をあずけ眠る体勢に入った。


「ホントに辛かったら言ってよね……豊と二人とも最近……なんか変」


語尾はもはや消え入るように呟き静かになる。だがしっかりと月島に伝わっていた。


(トモウトにはなんか隠してること気付かれたか。さすがに精神的にキテるからなあ、最近)


バスが動き出しガイドが「おはようございます」と快活に話しはじめる。ロングの茶髪を巻いた若く美人な彼女に、主に男子から大きな拍手が起きる。

だが普段なら同じように歓喜するはずの月島は一瞥もくれずに目を閉じた。


(こんな合宿が嬉しく感じるなんておかしいよね)


屋敷の住人たちは家から離れられることに喜びを感じていた。

彼らは二度目の来訪者にコテンパンにされたが、戸惑いながらも住み続けていたのだ。

どうして彼らは出ていかないのか。寒いなかでの公園生活や、誰かの家を転々と借りる綱渡り生活が耐えられないのだと、口では言う。


(合宿に来れて嬉しいなんて思うくらいに、あの家に居たら危ないってことはわかってる。でもなぜか……出ていく気になれない)


一時的でも離れることに喜びを感じながら、どうしても屋敷から出て行き、住み替えをするという気が湧かない。

長年暮らした愛着からなのか。

寒空の下過ごしたあと、屋敷が与えた暖かさを絶対の安全地帯と、本能が刷り込んだからなのかもしれない。


(離れたいけど離れたくないなんて、あの家に恋でもしてんのかな俺。どんな月9だよ……家がヒロインって斬新かも)


合宿内容への配慮からか、バスガイドの挨拶もすぐに終わった。

走行音とクラクションが窓ガラスごしに聞こえるだけで、バス内は話し声一つしない。

睡眠タイムと化したそんな空間で、エンジンの小さな振動を感じながら、月島もまた眠りについた。


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