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17話:扉を開ければ

バイトを終え屋敷へ帰宅した住人達は中へ入らず、玄関前で立ちすくんでいた。

鬼教師、来館決定!

日程不明の抜き打ち家庭訪問への杞憂で胸が張り裂けそうだった。玄関を開けたらすぐそこで、佐藤先生が笑っている気がして。


「びっくり箱の蓋を開ける気分」


「そんな甘いもんじゃないだろ」


「普通の人にさえ住んでんのバレたらヤバいのに。よりによってあの人だからね」


11月の冷たい風が吹き荒ぶなか、屋敷を見つめる2人。そのうなだれた背中に、シャンと生気が宿る。


「居るとも限らないのにビビってどうすんだ。もし居て見つかっても、暗くて誰かはすぐにバレない」


「もしバレたら素直に事情説明して、お涙頂戴展開に持っていく。鬼の目にも涙を狙うしかない。でもそんな状況になったとしたら……」


「「末代までの恥だ」」


同情されるのはプライドが傷つくようだ。しかも失敗すれば警察に報告されて家なき子コースだ。


そう言いながらも決意したように玄関のドアをそっと開ける。

素早く中に入り、後ろ手でドアが完全に締めきらないように隙間を開けておく。

屋敷内から音がしないことを確認すると、静かにドアを閉め、カンヌキで鍵をした。

映画の潜入シーンさながらの動きだが、散々ドアが軋んで音を立てているのが残念だ。

足音を立てないように玄関ホールすぐそばの自室へ入る。


「ふう。とりあえず開けたらすぐ先生ってのは無かったな」


「どうするよ?もうこの屋敷のどこかに居たら。先生と3人で密室状態だよ」


「そいつは……どっちが先生のお相手をするか決めなきゃな。お前にその権利やるよ。この屋敷に女が突然入り込んでイチャつく妄想、散々してただろ」


「お前だってしてたじゃん妄想。清楚でエロい女の子が雨の日に迷いこんでーって。お前に権利ゆずるよ」


「いやいや、お前年上の女が迷いこんだ妄想もしてただろ?俺よりぴったりだ。お前が先生と一晩熱い夜を過ごすべきだ」


「おい、こんな話を膨らませたらダメだ。先生来てるフラグになったらどうすんの。せっかく『良かったー、先生居なかったぜ!』のがフラグになるだろうと思って避けたのに」


「フラグ?」


「あ、いや、わからないなら良い。……そういやコイツ、何だかんだでサブカルチャー方面は強くないんだったっけ」


「何ぶつぶつ言ってんだ。気持ち悪い」


「………」


「今度は何黙ってんだ。気持ち悪い」


……コツッ


「「………」」


天井から聞こえるはずのない物音。

それは確かに耳に入り、2人を押し黙らせる。

月島は萩原よりも一足早く気付いていたようだ。


コツ……コツ……


ゆっくりと階段を降りる音。

廊下へ繋がる直前の玄関ホール両脇から、螺旋状に伸びた階段が音源だろう。


誰かが一階へ降りてくる。


「……うそだろ」


コツ……コツン


小さく囁いた言葉も掻き消して、石を打つ音はゆっくり近づく。コツンという音が一層大きく聞こえ、一階の床を踏みしめたことを知らせた。

さすがに二人の背中に寒気が走る。

外壁の防音は完璧のくせに、内部での音は丸聞こえなのが判明した。


「………」


だんまりでやり過ごすことにしたのか、恐怖で動けないのかは謎だが、彫像のように二人は固まっていた。

だが音は止まない。


カラ……カラ……


「――!!」


聞き覚えのある、金属が石床をこする音。

脳裏に一昨日の騒動がよぎった。


((居るの、先生じゃなくて――))


カラッ……


音が止まる。

ただ、止まった場所はごく間近。

ドア1枚隔てたすぐそばのようだった。


「隠れるぞ」


萩原がこそりと空気をもらすように囁く。

それを合図にぱっと動き出し、音ひとつ立てずにキッチンへと向かった。

入り口から死角になる、シンクの手前の物置スペース(救難ばしごなど物が高く積み重なってる)の陰へとしゃがみこんだ。


ガチャ

すぐにドアの開く音がする。

カーペットを踏みしめるモゴ、というこもった音が侵入者を知らせた。


「………」


コト、ごそ、と小さな物音がキッチンまで聞こえてくる。散らかった部屋のものを探っているのか、蹴飛ばしているのか。暗闇にくぐもった音が響く。

それは間違いなくキッチンへと近づいていた。


(ヤバい、こっち来る)


(来んな来んな!)


息をも止める勢いで黙りこむ2人の心の中は、台風上陸中のように荒れていた。


カラ……


室内のカーペットを外れ、無情にもキッチンの石床が音を立てる。

静まりかえる空間を切り裂くようにカラカラと鳴らし、何かが物陰へと近づく。

気付かれないことを願い、隠れた2人は唇を噛みしめて物陰の隙間から侵入者を窺っていた。


カラ……カラ……


暗闇に突如変化が現れる。

2人の目に飛び込んだその変化は、背筋を凍らせ息を詰まらせる。


「――っ?!」


小さな赤い点が二つ不自然に空中に浮いていた。


「………」


息を飲む音に反応したそれは、隠れた2人の方へ真っ直ぐに向けられた。

目のように、いや実際目に違いない。暗闇にぼんやりと人のかたちが浮かんでいて、そのちょうど目の位置で鮮やかに光っていたから。

赤い光点は、みるみるうちに近づいてくる。


そんな獲物を捕えた捕食者に、怯んでいた被食者が抵抗を思い出す。

危険となった隠れ蓑から水中でもがくように腕をばたつかせ、情けない様子で飛び出す。

このキッチンは簡易的な物で、屋敷の物としてはそこまで広くない。

倉庫も兼ねて物が散乱していることもあり、足場の横幅は人4人分程度だ。


そんな狭い空間で出口は一つ。

赤い光を放つ異物の方へと逃げなければいけないことに、混乱した彼らは飛び出してから気付く。


「ううっ」


うめき声をあげながらそれでも出口へと走る。それしか逃げきる方法は無いのだから。

全速力で走り、赤い点の左右を抜け出口へ向かおうとする。


「かはっ!」


ゴスという鈍い音の後、ジュッと焼ける音が響く。

苦しげに息を詰まらせた萩原が、鳩尾を押さえよろよろと後ずさる。


上半身を折り曲げたことで、お辞儀をするように突き出された後頭部に、躊躇いのない動きで追撃が入る。

素早く振り下ろされた鈍器が頭蓋に命中し、萩原の視界がスパークする。

ふらふらとよろめく萩原にさらに追い討ちをかけようと、細長い鈍器がヒュッと風をきる。


ガンッ!


「っ!!」


激しい衝撃音。だがそれは萩原へのとどめの一撃ではなかった。


「にげろっ」


手近にあったのか、まな板を携えた月島が襲撃者の首あたりを殴打した音だった。

赤い光がビュンビュンと錯乱したように飛び、辺りを照らす。痛みに悶絶しているようだ。

後頭部を押さえた萩原がよろりと揺らめきながら必死に足を進める。

頭痛と吐き気を感じながら、それでもしっかりとした足取りで走りだした。


先行して走っていた月島が、向かったのは廊下の突き当たり、最先端技術部屋だった。

観音開きのドアを開け放ち、そのまま部屋の奥の箱へと飛びついた。

たす、と冷たい箱にしがみつくように触れると、先日と同じようにふわりと箱が輝きだす。

バタンとドアが閉まる音に驚き、月島が振り返る。入ってきたのは、うつむきながら辛そうに歩く萩原だった。

部屋の真ん中ほどまで足を進めると、力尽きたようにしゃがみこんだ。


「頭やられたの?」


「……ああ」


やっとのこと苦しげな声を出した萩原が戦力にならないことを悟り、月島は複雑な表情で箱へと向き直る。

何か使えるものはないか。

長く伸びた箱にそって横ばいに歩き中を窺う。


……カラカラカラッ


「くそっ」


ドアの向こうから金属音が耳に届いたと思えば、急激に音量を増していく。真っ直ぐにこちらへ近づくその音に、広い部屋が窮屈に感じるような圧迫感を受ける。

焦り震える手で、目に入るイマイチ武器にならない食器や家具を、ガサッと持てるだけ左腕に抱えこむ。


バンと強く壁に打ち付けられドアが開く。その音に月島は振り返ると、腕のなかからナイフを取り出しダーツのように素早く投げた。

キンッと弾かれる音が聞こえ、奇襲の失敗が伝わる。

冷や汗をかき追い詰められた表情を、2つの赤い光はしっかりと捉えているようだった。

月島は腕のなかの小物を次々と放るが、ことごとくカキンと虚しく金属音が返る。

暗闇のなかでも素早く冷静な態度をとる襲撃者は、凶器を弾き返しながらもじりじりと歩み寄る。


ピタリと赤い光の動きが止まる。

座り込んでいた萩原が、視界にぼんやりと映った靴を見てしがみ付いたのだ。

足元にまとわりついたそれを、煩わしそうに赤い光は捉えると、抉るように足を前へ出し萩原の指を踏みつけた。


「でぇ!」


痛みに手を離した萩原へ、素早く踵落としが炸裂する。

それは再び脳天に命中し、彼はとうとう意識を手放し気絶した。

自分から注意が逸れた――そう月島は感じとる。今の一瞬を無駄にするわけにはいかない。

左腕に残ったあとわずかの発熱グッズから、ブン、と細長い棒を投げようと前へ構える。


「……!」


構えた瞬間、棒の先からバシッ!と赤い光線が放たれた。

フォークと同じ、熱線放出式だったようだ。しかも鮮やかな赤い光線は花火のように強く、勢いよく前へ噴射した。


「っ!!」


まばゆい赤が襲い、襲撃者がわずかに悲鳴をもらした。咄嗟にかばうように腕を体の前に出したが、威力に耐えられないのか後退って逃れようとする。

思いがけないことに驚いた月島だったが、現状を把握し、しっかりと手のなかの金属の棒を持ち直す。

強力な遠距離武器の登場に完全な形勢逆転が目にとれた。

前を睨むように見据えると、火花を散らしながらじりじりと敵に歩み寄る。


「……」


手元の武器では火花の範囲内に入らなければ攻撃できず、迫る赤に押されながらただ後退する襲撃者。

月島は赤光に照らしだされたその顔を凝視する。

金属マスクで顔上部を隠し無機質に、表情を窺えないままこちらを見返していた。人工的なレンズが瞳の位置で赤く光っている。

攻守逆転に冷静な判断ができるようになった月島は、機械マスクを見て目を細めた。


(やっぱり人だった)


ふ、とそんなことを思った瞬間、その顔がぐっと近づく。


「……?!」


半瞬して喉元に突き刺すような痛みが走り、かはっと衝撃に咳き込んだ。

躊躇していたはずが突然、火花を恐れず身を乗り出した襲撃者の持つ武器が突き出され、喉元に命中したのだ。

からん、と緩んだ手から光線棒を取り落としゲホゲホと咳き込む。

痛む場所を押さえようとして、動かした腕が止まる。

喉元にはすでに自分の物ではない指が絡み付いていた。


「がっ」


指に力を込められ、すさまじい力で締められる。それは冷たく細長い指に似つかわしくない威力でミシミシと首を圧迫する。

月島は懸命に腕と足を前へ出し、離そうともがき対抗するが、締める力は変わらない。激痛が続き圧迫でろくに空気を吸うことも出来ない。


(昨日もこんなことなかったっけ)


いよいよ走馬灯を見だしたらしく、手足の抵抗が収まっていく。光に殴られ首をしめられたことが脳裏をよぎっていた。

月島の視界はぼんやりと白みを帯びて、苦しいと感じながらも意識は朦朧としていた。


(あ、これ俺、死ぬ……)


最期の抵抗を、という思いからか月島の腕が持ち上がる。

そして自分の首を締める腕に指先で触れる。

彼自身そんな小さな反抗で何とかなるとは思ってもいないだろう。


「……」


だが触れた瞬間ぴく、と締めていた腕が揺れ、ふと力が弱まった。

喉を潰さんと力を込めていた指が、僅かな力しか入っていない指を恐れたようだった。

そしてついには喉元から離れた。

月島は急激に酸素を取り込み苦しげに咳き込み、呼吸する。


「う……」


突如解放した襲撃者は小さく唸り、怯えたように後退る。そして赤い光を散らしザッと背を向け走りだした。

玄関へ外へ、まっすぐに走る。何かしらに恐怖を感じたらしく、そわそわと腕を不安げにさすりながら。

からくも二人目の来訪者を追い返すことに成功した屋敷の住人は、冷たい床の上で意識を失った。

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