15話:母、絵理子
密集した東京の住宅街。
その中の一件に霊媒師家族は住んでいた。
今日は日曜日、家族は全員家から出ていない。おうち大好きインドアファミリーなのだ。
朝十時、末っ子の美也子はリビングのソファーに座ってゆったりとテレビを見ていた。
マイクを持ったサングラスおじさんが画面いっぱいに映っている。
「んー、おはよう美也子」
「おはよお姉ちゃ……」
ソファーの背後からした声に振り向けば、とことことパジャマ姿で現れた香苗が居た。それを見た美也子の表情が目を見開いたまま固まる。
泣き腫らした右目の周りがむくんで、顔がもっさりしてしまったのはまだいい。
本来おでこの中心にあるべきはずの冷えピタが、左目を覆うように額から斜めに、頬へと流れて貼られていた。なんというか、言葉にできない残念感が漂っている。
「ど……どうしたの?冷えピタずれてるよ」
パジャマ姿の香苗が美也子の隣に腰掛けると複雑な面持ちで質問する。
「それがさあ、ちょっとこれ見てよ」
ペローッと粘着力の落ちた冷えピタを外すと、目の周りに痛々しい青アザが広がっていた。
「うわぁっ、痛そう」
「なぐられたのー、すっごい痛かったー!」
「なぐられた?!どうして?……えーっと……痴情のもつれ?」
「痴情のもつれって……美也子!どこでそんな言葉覚えたの!」
「うわ、そんなの中三だもん、常識だもんっ知ってるよっ」
「うわぁーん!知らないうちに美也子が汚れたぁー」
「わわ、落ち着いてっ。昨日の夜お化け退治しに行って……その後のはずだよね?だって幽霊に人は殴れないし」
「むー。私そんな殴られるようなドロドロな関係の人居ないもん。これね、マジに幽霊にやられたの!」
「幽霊って、人のことパンチできたんだ」
「うん、すっごい混乱したー。でもさすがそこは私!何があったかはちゃんと覚えてるの。聞いてくれる?」
「うんっ、聞きたい」
青アザのできた顔は痛々しげだが、大泣きしてスッキリしたのだろう。思い出すのが辛いということも無いようで、飄々としていた。
「暗いなか何か居るのが見えたとき、もう死ぬかと思ったんだけどね、むこうもスッゴい驚いたみたいでいきなり逃げ出したの、2体とも」
「二対一だったんだっ、でもお化けのくせにビビりだねえ。お姉ちゃんのが落ち着いてたりして」
「ねー!お姉ちゃんはいつだってクールだもんね!……そんな微妙な笑顔で見ないでよ、どうせ嘘ですよ。もうキャーキャー言いながらひたすらバットを振り回したよ」
(ゴキブリ退治の時と同じノリかあ。オバケたち怖かっただろうな。お姉ちゃんの悲鳴、すごいから)
「でもあいつらすばしっこくて、ぴょんぴょん跳んで逃げてね。私も頑張ってそれを追いかけてー、がしばらく続いたんだけど。突然幽霊がね……」
冷えピタの貼られていない方の眉をキュッと中央に寄せると、顎を引き上目遣いに美也子を見る。
そんな思わせぶりに間をあける態度に、何があったのだろうと美也子は不安げに姉を見やる。
特に不安になるような展開が待っているわけでは無いのだが。
香苗が続きを話そうと口を開く。
トン……
「「きゃああああッ?!」」
突如、二人の肩に手が置かれる。気配を感じさせないまま、いきなり襲われた肩への衝撃に全身をびくりとさせ悲鳴をあげる。
涙目で二人が固まっていると、スーッと香苗の肩に置かれた手が、なめらかな動きで頭の上へと移動する。冷たい手が一瞬首筋に触れてびくっとなり鳥肌が立つ。
とす、と頭の上に置かれた手がゆるゆると頭を撫でるが、落ち着くことはできなかった。
「香苗……その話、私も聞くわ」
「おお母さんっ」
手の持ち主は二人の母、絵理子だった。