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14話:お屋敷探検!@1階

日曜学校で力尽きた、萩原と月島が眠りについてしばらく。

部屋にはカチカチと音をたてる時計すら無いので、時折イビキが聞こえる以外はいたって静かだった。


……コトッ


萩原のまぶたがぴくりと動き、うっすら目が開く。

小さな物音が聞こえた気がした。


「……?」


窓際に目をやるが布団をかぶった月島が動いた様子は無い。


(あいつじゃないのか)


コトッ


もう一度確かに小さな音がした。しかしどこから発せられた音なのか萩原にはわからない。

視線を泳がせて天井へと戻す。

ネズミでも這っているのだろうか、そう思った。


ゴトッ


今度は大きな音だった。

耳のすぐそばで硬いものが床を叩いたような。

音の方へゆっくりと視線を向ける。

そこには――



ジャジャジャジャーンッ!!


「っ!?」


突然耳元で交響曲第5番が流れる。

これでもかという大音量で鼓膜を刺激する。

萩原がセットした携帯電話のアラームだった。


ジャジャジャジャーン……


(くそビックリした。だがグッジョブだ。もう少しで夢のオチを見て後悔するところだった)


萩原が目を覚ましたのは今だ。


(リアルな夢だったな。コトコトいいやがって)


あまりに現実的な夢だったのか、そわそわと辺りを見渡す。

何も起きていないのを確認してアラームを止めると、のそっと起き上がる。

ゆらゆらと窓際へ歩いていくと、ドギャと転がる塊を蹴りあげた。


「ぎぇ!」


当たりどころが悪かったらしく、腹の上辺りを押さえてそれは悶絶していた。


「がはっ!てめぇえ!」


「レッツ探検ターイム」


「はあ?」


「これから毎週日曜に1時間、屋敷探険をすることになった」


「いや、なったって……何を突然」


「俺たちはこの部屋とこの先のキッチン、あと隣部屋の風呂トイレのことしか知らないよな」


「うん。そこしか行ったことないし。特に他に必要ないし」


「でもよ、今まではどうでもよかったけど、俺たちはもっとこの屋敷のことを知るべきだと思ったんだ。いろいろとあった今」


「いろいろとあった今?……え、まさか、まだ昨日のこと引きずってんの?あれは噂を聞きつけて脅かしにきた人間だって。屋敷探険したって何も出てこないって」


萩原が沈黙する。言葉を選んでいるようだ。

昨日、突然襲来した謎の金髪女について夜が明けるまで悩んだ萩原は、人間だと暗示し信じこもうとした。

だが結局、身に染みた恐怖感や女の異様さが頭に残り、どうしても人間だと信じきれなかった。


人なのか、幽霊なのか。

白黒はっきりわからないのが気持ち悪くて仕方ないタイプなのだ。

この物騒な屋敷に、霊的な疑いがないかを確認して、やっと晴れて人間だったと思うことができる。

それがわからなければ、これからも恐怖にとりつかれる上に、喉にデカい骨が引っかかったようなもどかしさが残る。

一人ではおっかないので月島を巻き込んで調べようという魂胆だが。


「昨日のが何だったのか、きちんとわからないと気持ち悪いんだよ」


「うわ、物好きなことで」


一方で月島は正直、現実逃避がしたかった。

白黒つけなくていいから人間だと思い込んで居たかった。


(うーん、でも屋敷探険ツアーか……気になるなー)


だがそれよりも目先の楽しさを優先する奴だった。

そんな考えから興味を持ち賛同すると思いきや、ふと思い出したことを口にする。


「でも確か俺たち、“屋敷散策は禁止”って決まり作ってたけど。……てかあれって何で作ったんだっけ?」


「もし金目のモン見つけたら、欲に目が眩むからっつう理由だったな。屋根があるとこに住めりゃ十分だから、余計な欲張りしないようにっていう」


値打ち物に目が眩んでこの屋敷の物を勝手に売りさばいたら、立派な犯罪だ。

すでに今勝手に住んでいる時点で、バレればギリギリアウトっぽいグレーゾーンである。

はっきりと黒である行動、しかもただの高校生が高額取引をするなんて、疑われて当然の行動をするべきではない。足がついたら大変だ。

高望み、ダメ絶対!の精神を保つためである。


「でもまあ今回は仕方ないだろ。それに今はもう貯金もできたし、我慢のできる17歳でいられるだろ」


「ははは、そうだ。あのころの俺たちは若かった。欲望のままに動いちまうくらいにな」


よく寝て疲労心労がとれたらしい。探索に好奇心がくすぐられる元気が出たらしく、子どもの感性丸出しで意気込む。


「じゃあ今日はこの階コンプリートな」


「全部で6部屋か。よし行くぞー」


こうして探索隊が調査をスタートした。



――1階第1の部屋、バストイレの隣


開けた途端、ホコリ臭さが鼻を突く。長い間閉められたままであることを感じさせた。


「カーテン閉まってんね、何も見えない」


「電気どこだ電気」


部屋の中はほぼ確認不可能なほど暗い。壁沿いにスイッチがないか確かめる。

実はこの屋敷、中世レトロで外装はボロクソのくせに、妙に近代的な装置が揃っている。


自室のシャンデリアも、壁に付いたスイッチをひねることで電気を点けられる。

カラオケによくある、ひねって明るさ調整チューナー式なのだ。

そんなナウいシステムのくせに、スイッチは木製という中途半端なレトロの取り込み方をしている。

そう、この外観おんぼろ屋敷、内装は結構最近のものなのだ。


「あった。電気マーックス」


月島がスイッチをひねるが、反応がない。


「あ?点かない」


「マジかよ。仕方ねえ、懐中電灯だ」


一旦キッチンへ引き返し、懐中電灯を手に入れる。


「点灯ー」


かちっと灯りがつくと、二つ分の懐中電灯が部屋を照らす。

パワーは申し分ない。


「「うわっ!」」


光に照らされ真っ先に目に入ったのは、重厚感たっぷりの甲冑だった。

銀の鎧が閉められたカーテンの脇に2体立っている。


「うはー、生鎧だ。高そう」


「ああ、相当な値打ちモノに違いない」


早速金に目が眩む貧乏人たち。

だがさすがに気を紛らわす冗談だったようで、四方へライトを向けて窺う。

壁にかけられた自然画、机、机を囲むように設置されたいくつかの椅子。


「……会議室か?」


一応二人が中に入って確認しても、めぼしいものはそれくらいだった。

机に椅子があるだけの、ただの会議室らしい。まあカッチュウがある時点でただの会議室とは言えないかもしれないが。


「たいしたもんは無いし、次の部屋行こうや」



――1階第2の部屋、会議室の隣


「1部屋につき20分探索の予定だったんだが、さっきみたいのだと調べることがないな。残りの部屋も入れて20分で終わっちまいそう」


萩原がそう言う後ろで月島が壁のスイッチをくるくると回すが、この部屋の電気も点かないようだ。


「タララタッタターン♪懐中電灯~」


月島が定番の道具出し効果音を口ずさみながら点灯する。

照らされた中にパッと目を引くものがり、眩しそうに目を細めながら萩原が聞く。


「おいドラえもん、あれはなんだ」


「大きなノッポの古時計だよジャイアン!」


非常に上機嫌なようだ。

探険をしているだけで楽しくなってしまうのだから、やはり心は永遠の小学生なのだろう。

ホコリまみれの中、早足で時計に近づく。


「動いてやがる」


百年はゆうに越えていると思われるノッポな古時計は、カッカッと元気に時を刻んでいた。


「でも九時差してるからやっぱ狂ってるよ。てかボンボン鳴りそうなのに、鳴らないタイプなんだね。聞こえたことないし」


「さすがに壊れてんのかもな。何年製とか書いてないのか」


明かりで照らして詳しく調べるが、焦げ茶の木目に手がかりは無いようだった。

時計に萩原が気をとられている間に月島は辺りを見渡す。

だがひじ掛け椅子やセッティ、小机がいくつかあるだけで、この部屋もまた大したものは無いようだ。

しいて言えば、


「おわっ?!……ああ、なんだ」


「どうした?」


「絵があった。なかなかのボンキュッボン」


壁にかかったプラチナブロンドの天使の絵が、スタイル抜群美女であることが見物であった。


おわかりの通り、大したハプニングもなく埃っぽい部屋の探索が続く。

内装は廃墟とは言えない整いようで、電気を通して掃除をすれば観光地になりそうな様子であった。


銀の鎧に大きなノッポの古時計、宗教画。西洋趣味を持った以前の住人が集めたインテリアといった物しか見当たらず、この屋敷の異常さを語るものは特に見当たらない。

むしろ外観の雰囲気に沿った中身といえるものばかりだ。



――1階第6の部屋、廊下の突き当たり


「本日のメインディッシュ。期待がかかりますねー」


「これでこの階ラストですしね、徹底的に調べてやりましょう」


観音開きの大きなドアを前に目の前に、本来の目的を忘れたように楽しそうな声で実況をする。

軋むドアを開けて一歩足を踏み入れるとコツ、と部屋に反響する。


「広いな」


そう言って懐中電灯で中を照らす。相変わらずカーテンは閉まっていて真っ暗だ。どうせ点かないだろうと、もう壁のスイッチをいじる気にはならなかった。

デン、と縦に長い机が3つあるが、目を引くのは奥の壁際だ。


「あ?でっかい……箱?」


素材は木製のごく普通の古びた箱だ。

だがそれは部屋一辺に広く伸びており、その大きさに圧倒される。


表面には幾何学図形の紋様が均等に並べて彫られている。

雪の結晶のようなものや、祭りの景品でよく見る、くるくる回すと模様のできる定規でかかれたようなもの。

それは意匠の凝った美しいものに思えた。


「うーん、いい仕事してますねえ」


近づくほどによく見えてくるその彫刻に鑑定士さながら唸る。


「こんなでかい箱、何に使ってんだ」


部屋の一辺とほぼ同じ大きさの箱なんて使いづらく大抵邪魔になるだろう。小さくポンポンと作って小回りが利くほうがいいに決まっている。

オシャレ目的なら役目を果たしているが。


「まあいいや、開けてみるよ」


月島が躊躇いなく木箱に手を掛ける。


「……?」


触れた瞬間、幾何学の紋様たちが波打ったように感じた。


「うわっ?!」


手を置いた周辺から、サァァッと色が広がっていく。

まるで上流から下流へ水が伝わるように、幾何学模様の溝に沿って色が流れ込んでいく。

赤白黄色、緑青紫

暗闇のなかで薄く発光し広がるカラフルな色の伝播は、夢の国の夜のパレード、あるいはクリスマスのイルミネーションのように美しかった。

瞳にキラキラとした光を映して、目の前の光景に二人は圧倒される。


「……」


またも襲いくる、これでもかという非現実な状況に、ただただ言葉を失う。

見守るなか紋様は隅々まで色に覆われた。

ふわりと光を強めたと思えば瞬いて消えかかる。

カチッ

そして突然、鍵が開いた音がした。


「……?!」


パア、と箱の隙間から光が漏れた。隙間はどんどん広がっていく。機械的な小さな音を立てて箱の蓋が開いていく。

カタン…

開ききった蓋が壁に当たる。


箱の中は光に溢れ、暗闇に慣れた2人の目にしみた。あまりの眩しさに目を逸らす。

だが目が見えないと悶絶している場合ではない。

薄目を開けて、目をしばつかせながら必死に箱の中を確かめようとする。


「これは……」


光の中真っ先に目に入ったのは


「スプーン?」


スプーンにフォーク、ナイフといった食器類だった。

これだけ大それた箱に入っているのだから、相当な値打ちモノに違いない。


月島が恐る恐るスプーンを手にとる。

何の変哲もない銀のスプーンだ。なんとなくマジシャンの真似をするように、さきっちょを上に縦に持つと、くいっと曲がるか試してみる。

曲がるわけがなかった。

首を傾げながらブンブンとスプーンを左右に振ってみる。


「うわ」


揺れるスプーンは視界に定まらないが、月島は見逃さなかった。

スプーンの皿部分を数字の羅列のようなものがスーッと横切ったことを。

メタリックな銀の肌に浮き出し流れていった光の数字は、屋敷のレトロな雰囲気とは似つかない近代的なものを感じさせた。


「あ?」


呆然と箱の中身を眺めていた萩原が月島の声に怪訝な顔を向ける。


「いやなんかこれ、光ったんだけど」


萩原へスプーンを向けて見せる。

頭に疑問符を浮かべながらスプーンの皿部分を掴んで萩原が受け取る。


「あっつ熱!」


悲鳴を上げて萩原がスプーンを取り落とす。

反射的に耳たぶに指先を当てて冷やす萩原の指は、確かに赤くなっていた。


「は?熱い?」


床に落ちたスプーンの柄の部分を取り上げ、一瞬だけ熱いと言われた皿部分に触れてみる。


「本当だ」


一瞬でもわかる熱を感じた。

とりあえず危険なのでスプーンを一旦箱へ戻す。

それでも恐れることなくカチャカチャと他の食器も手に持つ。


「フォークはー……」


とりあえずブンブンと左右に振ってみる。

数字が流れるのを確認して、萩原へ話しかける。


「おい」


ペペーーッ


フォークを持たせようと話しかける以前に、三つ又の先から出た赤い熱線が萩原に当たった。


「あぢち熱ッ!てめぇぇ!」


さすがに二度目がわざとであることに混乱していた萩原でも気付く。

頭にきたのか、手にもっていた銀のナイフをチンピラよろしく月島へ向けて横凪ぎに振る。

危なげなく後ろへ下がってかわすと、熱線フォークを萩原へ構えて不敵に笑う。


「へへっ、近づくと撃つぞ。さっきの鳩尾パンチを俺はゆるしていないっ」


「てかお前この状況下でなにテンション上がってんだ」


思わず萩原がツッコミを入れる。

混乱するだろう場面で、万博に遊びに来た子どものように遊ぶ月島が信じられないようだ。

月島は時に好奇心が何よりも優先される恐ろしい奴なのだが、萩原にその心中がわかるはずもない。


「いやだってさ、何が何やらわかんないから、もはや面白くて」


「トチ狂ったってわけか」


「だっておもしろくない?なにこのよくわかんないビームフォークとか!それに昨日の女の武器さ、激熱バットだったじゃん。ここにある熱グッズと共通してない?」


「あの女はこの部屋からバットを持ち出したってことか?」


「そうじゃないかなー、と」


「もしかしてあの女コソコソここに出入りして、開発活動してた奴とかだったり」


「マッドサイエンティスト的な?うーん、この開発グッズを狙った泥棒のがあり得そうだけど」


なんだかサイエンスな香りが漂ってきた。

『国で内密にすすめる開発プロジェクトがこの屋敷を隠れ蓑に行われていて、研究者の女が部外者の俺らを殺そうとした』とか。

『今まで俺たちに気付かなかったってのはおかしいから、打ち棄てられた研究所と聞きつけて忍びこんだ、ただの泥棒っしょ』だとか。


突然ナゾの技術を目撃してしまった彼らが冗談混じりとはいえ、子どもの妄想のような考察をするのは仕方ないことだ。

現実味を帯びないことが続き、少なからず思考が斜め上へ飛んでしまっている。

だがそれを見たことにより幽霊の仕業という考えは薄れていた。

彼らの中の脅威は今、ホラーからサイエンスへとなりかけていた。


怪奇現象と言われる、静かな部屋で突然バシッ!などと音が聞こえるラップ音。それは建材が外気と内気の温度差で立てる音だと言われている。

夜中目が覚めてるのに動けなくなっちゃう金縛り。あれは脳が起きているのに体が寝ている状態、という人体の不思議現象だ。

そんなことを聞いていた彼らにとって、理性的な知識の産物と幽霊は反するものに思えたのだ。


「またあの女、来んのかね」


「どうだかな。泥棒説ならもう来ねえだろうけど。あんだけ殴られたら」


「でもそうじゃなかったら、この屋敷危ないんじゃないんすかね」


「そう思うなら貯金出来てきたんだし出てけや。へへ、そしたら晴れて俺の城だ」


「あれ?お前は出ていく気ないんだ。あんなビビってたのに」


「何かいったか?出ていく気なんて最初からさらさらないぞ」


「まあなんか、あの女なら戻ってきてもなんとか撃退できそうだしね」


ざっと見たかぎりでも、箱の中にはハイテクグッズがまだまだ山ほど見えた。

なかなか把握するのに時間がかかりそうなので、ゆっくり調べていくことにしたようだ。

今の彼らには、『幽霊じゃないし人間の女なら別に怖くなくね?』という心理があった。

徒党を組んで敵が現れたとしても『最先端道具のこともわかったし何とかなるんじゃね?』という根拠の無いナメたスタンスになっていた。


度重なるイレギュラーの猛攻を受け、彼らの感覚はだんだんマヒしていた。

適応力が懸命に働いているのだろうか。

2人は屋敷の住人にふさわしい精神面を身につけはじめていた。


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