13話:続・サテライト大事件
じんじんと腫れた頬に痛みと熱を感じながら月島と萩原は教室移動をする。
次は数学だ。
昨夜から今日にかけて体力的精神的にダメージを受けっぱなしだ。
今日1日でもう笑い方さえ忘れかけていた。
「うわ、ひどい顔」
教室に入ってすぐ聞こえたのは藤井の声だった。
少し心配そうなその声に片手をあげて大丈夫だ、と挨拶をする。
「よう!きたきたー!」
これは大宮の声だ。
ガタガタと机にぶつかりながら、異様なハイテンションで近づいてくる。
何だかすごく関わりたくないので、無視して黒板に張られた席順を見に行く。
早く席に着いて静かに眠りたかった。今日は休み時間もいつもより長い。
「あはは!なにシカトしてるんだよっ!」
月島が、がっしりと腕を捕まれる。
反抗する気力も無い。
だが目の前の萩原だけ良い思いをさせるのは腹が立つので、ガッと腕を確保する。
「離せ俺は寝るんだ」
「一緒にハイテンションを堪能しようよ」
彼らの穏やかな時間はまた奪われるようだ。
「聞いてくれよ!」
「座らせてくれよ」
「よしわかった!座って話そう!」
逃すつもりは無いらしい。
2人の席も把握していたらしく、先導して座らせる。
彼の大きな声はガンガンと疲れた頭に響くので、おちおち寝てもいられない。
興奮した大宮は話したくて仕方ない様子で、鼻息荒く口を開く。
「彼女を求めて昨日発売のエロゲを買ったんだが」
「そいつはよかった。運命の相手には会えた?」
「ははは、イエス!」
聞いてくれて嬉しかったんだろう。パアァという効果音がふさわしい満面の笑みを浮かべる。
とりあえずエロゲにひどくのめり込んでいることがわかった。
「それでだ。……月島葵って名前、エロゲに出てきそうだなって話したことあったよな?」
「あったあった……まさか」
「居たんだよ。俺が買ったやつに」
「うわ……」
「こいつを見てくれ」
そう言って見せてきたのはその件のエロゲの説明書だった。
月島葵と紹介された少女が確かにそこに居た。
水色のショートカットに黄色のヘアピン。つり目でもたれ目でもなく平行に伸びた濃い青の瞳。全体的に涼やかで落ち着いた印象の長身美少女だ。
そして乳の貧しいキャラである。
「どう思う?」
「……」
そのキャラは名前一致の上に、外見もなんとなく月島(本人)のポイントを捕らえていた。
「すごく……似ています」
沈黙する月島に変わり萩原が答える。それだけ言うと気分が悪くなったらしく、青い顔で立ち上がり、逃げるように藤井の元へ向かった。
(なんだこの、妙にそわそわする嫌な空気)
続いて月島も席を立ち上がり、この変な空気から逃れようとする。
「まてまて!まだ用はすんでない!」
まわりこまれてしまった!
がっしと捕まれ席へと戻される。
「ちょっとこれつけてみてくれ!」
笑顔で差し出されたのは黄色のヘアピン。もちろん説明書の美少女が着けていたものとほぼ同じものだ。
(うわ、こいつ完全に面影を重ね合わせてる)
微妙な空気の中逃げ出したい気持ちは山々だったが、手遅れにならないうちに更正しなくてはと、そう感じた。
「冷静になれ大宮。お前の前に居るのは」
パチンッ
説得しようと向き直った月島の髪に、素早くヘアピンがつけられる。
「うわぁぁあん!葵ぃぃい!!うわぁぁあっ!!」
「ゥウワアァァアーーッ!!」
筋張った感触の熱い包容に、腹の底から悲鳴を上げる。
精神的大打撃を受けた男の悲痛な叫びであった。
「骨っぽいよ葵ぃい!貧乳だもんなぁあ!!」
「誰かいっそ……俺を殺してくれぇ!」
「なに、あれ」
少し離れた席でおののいた様子で藤井が呟いた。
「見るな藤井。目が腐る」
瘴気にあてられて逃げてきた萩原が、藤井の斜め後ろの空いていた席でぐったりして言った。最後の力を振り絞り抜け出そうとする月島を大宮がパッと解放する。
「そんなマジ顔で嫌がるなよー。いつものお茶目な大宮ジョークですってば!」
「冗談にしても全力でやりすぎだ大宮氏。月島は心に9999のダメージを受けた」
「はっはっは!俺の愛で回復してやるよっ」
大宮の最後のセリフは予鈴でかき消されて、月島の耳に届かずにすんだ。
日曜日は午前授業のみだ。
昼食を食べてすぐに帰宅した洋館の住人たち。
部屋に着いた途端、靴を脱ぎ捨てて倒れこむ。
西洋式なので靴は常に入り口付近に散乱している。
顔の下のコタツ布団がモサリと顔面を押し返し、疲れた体に気持ちいい。
毎週日曜はバイトを入れていない。今日はもう自由だ。
寝不足の萩原はそのまま眠りにつこうとする。
「いけね」
しかし思い出したようにポケットを漁って携帯電話を取り出すとポチポチとアラームを設定する。
17:30 ON
それで満足したのかペッと携帯を投げ、布団に顔を埋めた。
「うう……」
だいぶ遅れて月島がよろよろと部屋に入る。
体力的精神的に萩原よりも大きなダメージを受けていたようだ。
帰宅する道のりも一苦労だったらしい。
ガスッ
「だはっ!」
部屋を入ってすぐの所に倒れていた萩原につまずいて倒れる。
最後までついていない。
「ってえな」
足の痛みに萩原が起きる。
だがお互いに喧嘩をふっかける体力は残っていない。
のそのそとそれぞれの寝床におさまると大人しく眠りにつくのだった。